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◆ 小竜景光 「幻影の灯と、切なる祈り」
(刀剣乱舞夢 「華ノ嘔戀 外界ノ章 藍姫譚」 より)
―――深夜・丑三つ時 “本丸”
「うう……」
短刀達の手を引いて、審神者は厠へ向かっていた。短刀達が言うには、どうしても厠に行きたいが今日に限って、彼らの兄の一期一振が遠征で留守だという。
彼らの話を聞くと、なんでも、この時間厠へ向かう途中にある“ある場所”を通ると、必ずと言っていい程“のうめき声”が聞こえるそうだ。そして、この“本丸”にいる女性は“審神者”である自分しかいない。
なので、最初は審神者が何か怪しいものにでもハマって、何かしていると思われていたらしのだが……残念な事に審神者にその記憶はなく、怪しいものにもハマっていない。つまり、その声の主は審神者ではないのだ。
という事が判明した途端、
「“本丸”内に、おばけがいる!!」
という噂が一気に広まった。その為、皆その時間帯にその場所に近寄りたがらないのだ。しかし、厠へ行くにはその場所を通らなくてはいかないので、仕方なく怯える短刀達をなだめながら、兄である一期一振が同行していた。
しかし、本日彼はおらず、そこで短刀達は部屋の近かった“審神者”である自分の元へ来たそうだ。厠へ一緒に行ってもらう為に――。
正直な話、この手の話はあまり得意ではない。役に立てる気もしない。果たして、審神者が同行する事に意味があるのか? とさえ、思ってしまう。
いっその事、実はお化けの正体は鶴丸国永でした。とかだったら、あっさり皆納得するかもしれないのに残念ながら、鶴丸は違うと完全否定しており……。そこは、空気を読んで自分だと言って欲しかった――気もするのだが、違うのに責任を押し付ける訳にはいかない。
ならばと、にっかり青江にも聞いてみたが、彼は何故か不敵な笑みを浮かべながら、笑っていた。違うのか、違わないのかはっきりして欲しい所だった。
そうこうしている内に、例の場所に差し掛かった。全員がごくりと息を呑む。審神者は、そっと短刀達の背を押して、
「ほら、早く行ってらっしゃい。ここからなら行けるでしょう?」
そう言って、彼らをここで待つことにした。
**** ****
ひゅ――がたがたがた
風の音と、雨戸の音が廊下に響いていた。審神者は少し辺りを見回したが、怪しい場所はない。やはり、噂の“お化け”は単なる気のせいではないのだろうか? とさえ、思ってしまう。そもそも今は、もう夏も過ぎ季節は秋。“お化け”のシーズンは終わっている筈である。きっと、風の音とかそういうのが“女のうめき声”に聞こえたとか、そういうオチではないだろうか……。
そんな事をふと考えている時だった。突然、背筋がぞくっとする感覚に襲われた。
「……っ」
な、に……?
慌てて両の手で腕を摩ると、辺りを見渡した。しかし、誰もいない。まさか、本当に噂のお化――。
「主? こんな時間にこんな場所でなにして――「きゃああああああ!!」
突然、誰かに肩を叩かれて思わず叫び声が出た。しかし、驚いたのは審神者だけでは無かった様で――はっとして、振り返ると、手を宙にしたまま驚いた顔をした小竜景光がそこにいた。
「こ、ここ、こ、りゅう、さ、ま……?」
「あ、ああ、うん。そう――だ、けど?」
小竜もきっと突然叫んだ審神者に驚いたのか、その返事はたどたどしかった。だが、審神者はそれ所ではなかった。小竜を見た瞬間、安心感からかその場にへなへな……と崩れ落ちてしまったのだ。
その瞳には、じわりと涙が浮かんでいるのが自分でも分かった。それを見た小竜が何かに気付いたかのように、そっと目線を合わせる様にしゃがむと、
「……もしかして、噂のお化けかと思った?」
「そっ……! それは、その……」
ここで、認めてしまうのは悔しい。ほんの少しだけ残っていた自制心が働く。審神者は、慌ててた口調で――、
「ち、ちち違います! 私は――、そ、そう! 短刀さん達が厠へ行くのが怖いと仰られるので、同行してきただけで――、そ、そもそもお化けなんてこんな時期にいる筈が――」
と、そこまで言った時だった。不意に小竜の手が伸びてきたかと思うと、突然ぐいっと抱き寄せられた。え……? 一瞬、何が起きたのか理解出来ず、審神者が顔を赤くしながら抗議しようとすると、小竜が小さな声で、
「駄目だよ、この子は“げられないから”。ほら、行った行った」
と、誰かに語りかけるかの様にそう言うと、そのままぐいっと審神者を横抱きに抱き上げた。
「あ、あの……っ」
小竜の突然の行為に審神者が慌てふためいていると、彼は何でもない事の様に、審神者の頭を撫でながら、
「キミは、少し危なっかしいから。この時間にこんな所、頼まれても来たら駄目だよ」
「え……? あの、それはどういう――」
いまいち自体が掴めていない審神者とは裏腹に、小竜は“何か”に気付いたのか、その紫水晶の瞳を鋭くさせて、
「駄目だ。何度お願いされても、その願いは叶えてあげられないよ。それもうちの主に――なんて、俺が許すと思う?」
「?」
彼の視線の先を見るが誰もいない。彼は一体、誰と話しているのだろうか……?
ま、まさか、例のお化――と、そこまで考えた時だった。
「主さま~~~」
厠に行っていた短刀達が戻って来た。ふと、小竜に抱きかかえられている審神者を見て、短刀達が首を傾げている。それはそうだろう。彼らと分かれた時、小竜はいなかったのだから。すると、短刀達が恐る恐る……、
「あの、主さま……もしかして、出たんですか?」
「あ、その、それは……」
思わず、返答に困り小竜を見る。すると、小竜は何でもない事の様に にこっと笑うと、
「大丈夫だよ、ここにはもう何もいないよ。だから、早く部屋に戻って眠りな」
小竜の言葉に安心したのか、短刀達が「はい!」と返事をして、自室へと走っていく。その様子を最後まで見届けた後、審神者は〝ある事”に気付いてしまった。
彼は今何と言ったか。
『大丈夫だよ、ここには〝もう”何もいないよ。』
確かに、そう言った。“もう”いない――と。それはつまり、先程までは……。そこまで考えていたら、また背筋がぞくっとした。慌てて小竜を見ると、なんだか険しい顔をしていた。
「あ、の……、小竜、さ、ま……?」
恐る恐るそう声を掛けると、小竜がはっとしてこちらを見た。それから、いつもの様に笑うと、
「じゃぁ、俺達も行こうか。もう“ここ”には用はないよね?」
「あ、はい……」
何だか釈然としない小竜の態度に、違和感を覚えながらこくりと頷く。てっきり降ろしてくれると思ったのに、何故か小竜はそのまますたすたと歩き始めた。
「あ、あの……っ、自分で歩けますので――」
と、言うが、小竜は気にした様子もなく、そのまま審神者の部屋まで連れて行ってくれたのだった。
**** ****
―――翌日 “本丸・審神者”の部屋
「ん……」
何故だろうか……なんだか凄く身体が重い。まるで自分の身体ではない様な感じだった。それでも、もう起きなければと、審神者は重い身体を何とか起こした――瞬間、ぞくりっと背筋が凍りそうな、気配がした。慌ててばっと後ろを見るが……。
「……」
そこには“何も”無かった。――そう“何も”無いように見えた。見慣れた部屋の調度品と、執務室へ続く衝立が見えるだけだ。
気のせい、よ、ね……?
そう自分に言い聞かせて、ゆっくりと傍にあった肩掛けを羽織ると、寝台から起き上がる。そして、衝立の方に向かうと、微かだが“何か”の気配を感じる気がした。
「……」
瞬間、昨夜の件が頭を過ぎる。短刀達は何と言っていたか――“女のうめき声”確かそう言っていなかっただろうか。ごくりと息を呑むのが自分でも分かった。
だ、大丈夫……。私は“審神者”だもの。不思議な気配を感じてもおかしくはない。
そう自分に言い聞かせて、衝立に手を掛けた。意を決して一気に衝立を引っ張る。
「ど、どなたかいらっしゃるのですか!?」
ぎゅっと目を瞑りそう叫んだ。だが、返って来たのはし―んと、静まり返った静寂で、誰もいなかったのだ。瞬間、身体の緊張が解けて、その場にへなへなと座り込んでしまった。
「……」
誰も、いな、い……。
「……気にし過ぎよね……、私……」
昨夜の小竜が誰かに語りかけていた言葉を思い出す。彼は何と言っていたか……。
『駄目だ。何度お願いされても、その願いは叶えてあげられないよ。それもうちの主に――なんて、俺が許すと思う?』
あれは、“誰”に向けた言葉だったのか……。
そこまで考えたら、また背筋がぞくりとした。審神者は気を紛らわすかの様に首を横に振ると、衝立を支えによろよろと、立ち上がった。
「……支度、しな、きゃ……」
そうだ、今日は月に一回ある“審神者会合”の日だ。雑面の用意と、会合用の巫女装束と千早を用意しなくては――。
そう思って、私室に戻ろうとしたが……足が何か重しを付けられたかの様に上手く動かせない。まっすぐ歩こうとして思わず、衝立に寄りかかった瞬間――衝立が支えきれなかったのか、ばたーん!と、大きな音を立てて倒れた。それと同時に辺りの装飾品が、がしゃーん と、盛大な音を立てて落ちて割れる。
「……ぁ……」
駄目……、意識が――。
視界がぼやけて、頭がくらくらする。焦点が合わない。息をしようとしても、上手く呼吸が出来ない。
「……うっ……」
吐き気が一気に上がってきて、審神者は思わず口元を抑えた。ああ、駄目だ、このまま、で、は――意識が……。そう思った時だった。
「――主!!」
誰かの声が聞こえた――気がした。でも、それが誰なのか確認する事も出来ず、審神者はそのまま意識を手放したのだった――。
**** ****
鳥の囀りが聞こえる。審神者がゆっくりと目を開けると、視界に見た事の無い部屋が見えた。ずっと遥か昔の――そう、平安時代の頃の様な部屋。
「ここは、何処……なのかしら……」
虚ろな眼のまま辺りを見回す、そしてゆっくりと身体を起こした。瞬間、さらっと長い黒い髪が落ちてきた。
「え……?」
それに違和感を覚え、慌てて近くにあった姿見を見ると――そこには、自分が知っている審神者ではない、少女が映っていた。
え……? な、に……?
長い漆黒の髪に、緋色の瞳。そして、十二単まではいかないとしても、何重にも重ね着させられた着物姿の十六か七ぐらいの年の頃の少女だった。
「……」
だ、誰……?
倒れた拍子に頭を打っておかしくなってしまったのだろうか。それとも、まだ夢を見ているのだろうか……。そんな事を考えていた時だった。
「まぁ、姫様! こんな所でうたた寝していたら風邪を召されますよ。ほら、黒寿も暴れないの」
そう言って、女房風の一人の女性が部屋に入って来て、散らばっている絵巻物を片付けていく。見ると、審神者の周りは色々な絵巻物でいっぱいだった。
「あ、あの……」
思わず、そう声をあげた時だった。
『――主!! 駄目だよ!!』
不意に、何処からか声が聞こえたかと思った瞬間――意識が何かに引っ張られた。視界が、ぐにゃっと歪む。
「あ……」
思わず手を伸ばした瞬間、誰かが審神者の手を掴んだ。
「主!!」
その声に、はっと意識が覚醒する。すると、見覚えのある紫水晶の瞳と、金糸の髪が視界に入った。小竜景光だ。
「こ、こりゅ、う、さ、ま……?」
思考が追い付かない。今の今まで何が起きていて、自分はどうなっていたのか。それすらも分からなかった。だが、ひとつだけ鮮明に覚えているのは――。
と、その時だった。突然、小竜がぐいっと審神者の手を引っ張ったかと思うとそのままぎゅっと抱きしめられた。
「えっ……!? あ、あの……っ」
突然の抱擁に、動揺してしまう。身体が熱を帯びていくのが分かった。が――同時に、小竜の審神者を抱きしめる手が震えているのも分かった。
「あ、の……」
振り払う事も、拒絶する事も出来ずに困惑していると、小竜が抱きしめる手に力を籠めてきた。
「よかった……、あのまま主が戻ってこなかったらどうしようかと――」
“戻って”。
彼は今、そう言った。それはどういう意味なのだろうか。審神者がそう思っている時だった、不意に小竜がぐっと審神者の抱きしめながら“何か”を睨む様に、その紫水晶の瞳を鋭くした。
「俺、言ったよね? 昨夜――“その願いは叶えてあげられない”って」
「え……?」
小竜が話しかけている方を見る。しかしそこには誰もいなかった。でも――昨夜の時よりもはっきりと“何か”の気配を感じた。彼は“それ”に向かって話しかけている様だった。思わず、小竜の外套を握る。
「あ、の、小竜……? やはり、“何か”いるのでしょうか?」
ごくりと息を呑み、小竜にそう尋ねる。すると、彼は小さく息を吐くと前髪をかき上げながら、
「いるよ。昨夜の子がね“ここ”に」
そう言って、審神者の目の前を指さす。そして、
「俺には見えてるし、姿を消しても意味ないよ。さっさと姿を現した方が身の為だと思うけど?」
そう言って、小竜が腰に履いている「小竜景光」に手を掛けた。瞬間、審神者の目の前にいる“何か”がびくっとするのを感じた。怯えているのだ。審神者の中に、その“何か”の心が伝わってくる――。
哀しい
苦しい
誰か、助けて…… と。
審神者は慌てて小竜を止める様に、その刀を持つ手に自身の手を重ねた。
「お待ちください、小竜。その様にしては、可哀想です」
審神者のその言葉に、一瞬小竜が驚いたかの様にその紫水晶の瞳を瞬かせた後、はぁ……と、溜息を洩らし、
「……まったく、うちの主はお人よしだね。たった今、取り込まれそうになっていたって言うのにさ」
「それは――」
そうなのだが……。でも、今自分の目の前にいる“何か”というものが“悪いもの”には感じなかったのだ。そう――先ほど感じたあの感覚……、あれは――。
「あの……、姿を見せてくださいませんか?」
審神者は、そっと優しく“それ”に話しかけた。すると、その気配が小さく頷いた気がした。瞬間――光がきらきらと集まったかと思うと、小さな黒い猫が現れたのだ。
「え……?」
ね、こ……?
思わず自分の目を疑った。しかし、目の前にいるのはどう見ても黒い猫だった。
「えっと、小竜……? これは――」
審神者がそう言い掛けた時だった。小竜の審神者を抱きしめる力が強くなる。
「よく見なよ、主。こいつは妖だ」
「妖……ですか?」
まじっとその黒い猫をじっと見るが、大きな金色のくりっとした目が可愛い猫にしか見えなかったのだが――言われてみれば、確かに“普通の猫”の気配とは違っている気がした。
「ほら、尻尾が2つあるだろう? こいつは、猫又さ。前の主にきっと長い年月大切に飼われていたんだろうね。でも、人間はすぐ死んでしまうから――」
「あ……」
そういえば、何かの書物で読んだことがある。人に飼われていた猫は大切にされればされるほど、月日が経つにつれて妖怪化していくのだと。
「……あの、この子は何故ここに来たと言っているのでしょうか?」
「ん? ああ、主の気に呼ばれたんだろうね。猫又として生き続けるのは、もうこいつは寿命なのさ。だから、主の霊力に惹かれたのさ」
「え……?」
寿命……。それはつまり、死んでしまうという事だろうか……。だから、この子から“哀しみ”を感じるのだろうか。
その時だった。ふと、先程の夢が脳裏を過ぎった。そうだ、あの中で確か女房風の女性が――。
「黒寿……?」
「――っ! 駄目だ主!! 名前を呼んだら――」
瞬間、その黒い猫が「にゃーん」と鳴いたかと思うと、一気に審神者の身体の中から力が抜けていく感じがした。
「う……っ」
な、に……? 身体が……っ。
ぐらりと、視界が揺れる。
「主!!」
慌てて小竜が審神者の身体を支える様に手を伸ばしてきた。そして、片手で器用に「小竜景光」を抜き切ると、そのまま目の前にいる黒い猫――黒寿に突き付ける。
斬る気なのだ。そうすれば奪われた霊力がこちらへ戻ってくるから――そう思った瞬間、審神者は慌てて小竜の腕にしがみ付いた。
「だ、だめで、す……っ。殺して、は――」
「今、キミは自分が何を言っているのか分かっているのか!? このまま吸われ続けたらキミが死ぬんだぞ!?」
「それでも――! それでも……、この子は、この子、は……」
そう言って、目の前の黒寿を見る。その金の瞳には微かに戸惑いの色が浮かんでいた。
「この子は、きっと……最初のご主人様の、こ、とを、忘れられ、なく、て……。ずっと、ずっと探していて……いま、も……、き、っと……」
ああ、駄目だ……。これ以上は――。
「――主!!」
意識が……。
「…………、こ、りゅ、……」
遠くで、小竜が審神者の名を呼ぶ声が聞こえた―――気がした。
**** ****
かちかちかちと、時計の針を刻む音が聞こえてくる。おぼろげな意識を覚醒させようと、ゆっくりと審神者は目を開けた。視界に入るのは見慣れたいつもの天井。
あの時――確かに審神者は黒寿に霊力を吸われ過ぎてそのまま……。
「……」
生きて、いる、の……?
そんな事を、ぼんやりと考えている時だった。ほのかに、誰かが手を握っている感触がした。はっきりしない意識の中、その主を探そうと視界をそちらに向ける。すると、そこには審神者の手をぎゅっと握ったまま顔を伏せている小竜がいた。
「……こ、りゅう、さ、ま?」
そっと開いている手で小竜の手に自身の手を重ねる。瞬間、小竜がはっとした様に顔を上げた。
「主!? 気が付いて――っ」
そこまで言いかけて、小竜が「はぁ~~~」と大きな溜息を洩らした。
「あの、小竜……、私は――」
そこまで言いかけた時だった、突然 小竜は審神者を睨みつけると、怒ったかのように、
「キミは一体何を考えているんだ!! たかだか、猫又助ける為に死ぬかもしれなかったんだぞ!? それなのに――っ、それなのに……」
瞬間、小竜の美しい紫水晶の瞳から涙が零れ落ちた。審神者の手を握る手が微かに震えている。
「キミは……、この三日間ずっと眠ったままで、生きているのか、死んでいるのかすら、分からなくて……、俺は、俺はキミを失ってしまうのかと――っ」
「……小竜様……」
「キミは、馬鹿だ……」
「……すみません」
「ほんと、大馬鹿だよ!!」
そう叫ぶ、小竜の肩は震えていた。ああ、自分はこんなにもこの方に心配を掛けてしまったのかと、心が締め付けられた。
審神者は、そっと小竜の涙をぬぐう様に手を伸ばすと、
「泣かないでください、小竜様……。私は、生きています、か、ら……」
でも、不思議だ。黒寿に霊力を吸われて自分はこのまま死ぬのだとあの瞬間思っていた。なのに、こうして生きている。黒寿が途中で止めてくれたのだろうか? それとも、もっと別の――。
「……あの……、黒寿、は……?」
審神者の言葉に、小竜がぴくりと眉を寄せた。それから、ぐいっと審神者の手を引っ張ったかと思うと、そのままどさっと寝台に押し付けられた。
「キミは、今は自分の事だけを考えるべきだ!! あんな猫又――っ。」
そこまで言いかけて小竜が言葉を呑み込んだ。そして、舌打ちして不機嫌そうに視線を逸らすと、
「……あっちの部屋ですやすやお休み中だよ。キミの霊力をたらふく食ってご満悦そうにね!」
そう言いながら、小竜はぐっと審神者に触れている手に力を籠めた。
「……」
なんと言葉を掛けたらいいのか。あの時――小竜は黒寿に吸われ続ける審神者の霊力を危惧して、黒寿を斬ろうとしていた。でも、それを審神者が止めた。
それが“正しい”行いだったのかは正直、分からない。けれど、小さな命が消えてしまうのがどうしても耐えられなかった。だから、受け入れる事にした。
――でも、それは“審神者”としては間違いだったのかもしれない。現にこうして、未だも戻らない霊力が事実を物語っている。
「……私は、“審神者”の任を、解かれるのでしょうか……?」
きっと、霊力を持たない“審神者”は時の政府にとっては不要のものでしかないだろう。除名されても何も言い返す術がない。そうしたら、この“本丸”の刀剣男士かれらはどうなるのだろうか?
他の“本丸”へ下賜されるか――政府預かり、もしくは――“刀解”。
「……」
そんなの……、私の所為でそんな目に合わせたくはない。せめて、最後は笑って自ら退き、後任に託したい。
でも――本当は……。
「……主」
小竜に呼ばれてはっと気づいた。審神者の瞳から一滴の涙が零れ落ちていた。思わずその姿を隠す様に両手で顔を覆う。
「……分かっているのです。霊力の乏しい現状で、このまま“審神者”の任は全うできない。本当なら今すぐにでも上層部に報告申し上げて、解任してもらうべきだと――でも……」
そうしたら、もう、小竜や他のもの達とも――会えなくなる。それがたまらなく、哀しい。
でも――そんなものは審神者のエゴでしかない。審神者は彼らの“審神者”であり、彼らの力を借りて今までずっとここまでやってきたのだ。皆には返しても返しきれない恩がある。だから、彼らの今後を思うのならば、今、この場で身を引くべきだ。
そう――分かっている。分かっている、のに……。
「私、は……」
その一言が、言えない――。本当は……。
「……っ、や、めたく、ない……」
今までも、これからも、ずっと……ずっと一緒に――。
「……貴方達と……貴方と、一緒にいたいの、で、す……小竜様……」
言葉にした瞬間、我慢していた涙がぽろぽろと零れ落ちた。
離れたくない。ずっと一緒にいたい……。彼らの――小竜の傍にいたい。一度関を切った涙が止まらない。次から次へと溢れ出てきて、零れてゆく――。
ああ、私は何をしているのだろうか。こんな事を言ったら、困るのは小竜なのは分かっているのに、でも……それでも――。
「……すき……」
小さな声で呟く。
「……好き、なの……です」
そう――ずっと、きっと貴方が顕現した瞬間から――私は心を奪われた。こんな気持ち許される筈がないと何度も自分に言い聞かせた。けれど。
自分で、自分の気持ちを否定する度に、苦しかった。切なかった。彼が審神者を見ていない事も分かっている、それなのに、気持ちを止められなかった。
「……」
しん……と、部屋の中が静まり返る。それはほんの数秒だったかもしれない。でも、審神者にはその静寂の時間が酷く長く感じた。
きっと小竜は困っているのだ。それはそうだろう。突然のこんな告白――聞かされた方は、対応に困るだろう。だからずっと言えなかった……言う、つもりもなかった。でも、もう最後だと思うと、どうしても口にせずにはいられなかった。
ああ、私は最低だ。“審神者”としても、“主”としても、失格だ。
私は――もう、ここにいるべきではない。
「……すみません、小竜様。今のは……聞かなかった事、に――」
そう言いながら、小竜の方を見ずに寝台から起き上がろうとした時だった。
「……主、それ……って……」
瞬間、小竜の声が部屋の中に響いた。どきっと自分の心臓が跳ねるのが分かった。だから、審神者は慌てて口を開くと、
「あ、あのっ、今のは本当になんでもないのです。深い意味は無くて、その……き、聞かなかった事にして頂けると……。ですので、小竜も忘れてくださ――」
そこまで言いかけた時だった。突然伸びてきた小竜の手が審神者の腕を掴んだ。あまりにも突然だった為に、一瞬反応に遅れた。
「あ、あの……、小竜様、手、を――」
「離して」と言おうとした時だった。その時初めて小竜の顔が視界に入った。その小竜を見た瞬間、審神者はその瞳を大きく見開いた。そこには、片手で口元を押さえて、顔どころか耳まで真っ赤にしている小竜がいたのだ。
「……こ、りゅう、様……?」
え……?
審神者は自分の目を疑った。あのいつも飄々と余裕そうにしている小竜が、今はその余裕すら感じられない。それどころか、まるで審神者の言葉に動揺しているかのようにすら見える。すると、小竜はその紫水晶の瞳を揺らしながら、
「あ、いや、その……何って言うか……」
そう言葉を洩らしながら小竜がこちらを見た。瞬間、再び審神者の心臓が跳ねた。なんだか、こっちも恥ずかしくなり、どんどん顔が上気していくのが分かる。
だ、駄目……っ!!
審神者は慌ててその場から逃れようと、その手を振りほどこうとした。だが――小竜の手を振りほどけるほどの力はなく、そのままなし崩しのまま引き寄せられる。
「きゃっ……」
その力は強く、気が付けば目の前に小竜がいた。
「あ……」
無意識に顔が赤くなるのが分かる。恥ずかしさのあまり、審神者は視線を逸らした。すると、小竜が息を呑む気配がした。
「キミ、さ、その……今の言葉……、俺を好きって……」
「……っ」
その言葉に、審神者の顔がますます赤くなる。だから、審神者は慌てて口を開くと、
「あ、の……っ、そ、その件は、その……わ、忘れて下さいと――」
「……ごめん、もう無理」
そう言われたかと思うと、そのまま抱きしめられた。突然の抱擁に、審神者の顔がますます朱を帯びていくのが自分でも分かった。どうしていいのか分からず、肩がぴくんっと揺れる。
「あ、あの……、小竜様、離し――」
「……ひとつだけ、キミの霊力値を元に戻す方法があると、こんのすけから聞いたんだ」
「え……?」
今、なん、て……? 失った霊力を“戻す”……?
「でも、キミがどう思うか分からないから言い出せなかった」
「あ、の……?」
瞬間、視界が揺れた。気が付けば審神者は寝台の上に小竜の手で押し倒されていた。さらりと、小竜の金糸の髪が落ちてくる。真っ直ぐ彼の美しい紫水晶の瞳が審神者を捉えていた。
「……」
彼の瞳に自分が映っている。その瞬間、審神者は発する言葉を失ってしまった。すると、小竜の手がすっと伸びてきたかと思うと、優しく頬を撫でられた。
「こ、りゅう……」
「キミが――嫌がるような事はしたくなかった。だって、好きでもない野郎にされたくないだろう?」
「え……?」
彼は何の話をしているのだろうか?
「でも、キミが俺を好きだと言うなら話は別だ」
そう言いながら、ゆっくりとした動作で顔が近づいて来る。こつんっと、額と額が当たった。
「――それならば、俺も……遠慮はしない」
そう言われたかと思うと、そのまま唇を重ねられた。
「……っ、こ、りゅ……、さ、ま……」
最初は優しく触れる程度。それが二度三度と繰り返され、どんどん熱を帯びていく。
「……ぁ……」
なに、が……。
今、自分の身に何が起きているのか理解すら出来なかった。だが、小竜は審神者の髪を優しく撫でながら、何度も口付けを繰り返してくる――。それが余りにも気持ち良くて、次第に頭がぼんやりしてくる。が、審神者は慌てて我に返ると、ぐいっと小竜の胸元を押した。
「ま……待って下さいっ。あの……、話が見えなくて――」
何故急にこんな事をしてくるのか……。審神者には小竜の考えがまったく分からなかった。すると、小竜は優しげに微笑むと、
「……俺にこうされるのは、嫌?」
「……っ、……あ、いえ、そう言う意味ではなく……私は……」
「だったら、もっと気持ちよくしてあげられるけど?」
「え……」
小竜のその言葉に、審神者の顔がかぁっと朱に染まる。審神者の反応を見た小竜が嬉しそうにくすりと笑った。そして、すっともう一度顔を近づけてくると、耳元で囁く様に、
「何を想像したのかな?」
「……っ」
耳元で甘くささやかれて、審神者の身体がぴくんっと跳ねる。
駄目……流されては……っ。
「こ、小竜様……冗談はお止めになってください……っ。私を……私の事を好きな訳でもないのに、この様な事――」
そうだ。小竜が自分を好きな筈がない。それなのに……それなのに、こんな“哀れみ”みたいな事――余計に、辛くなるだけだ。それとも、自分はそんな軽い女に見えるのだろうか……。
自分でそう考えて、哀しくなった。その時だった、突然小竜が審神者の耳を甘噛みした。
「……っん」
思わず身体が反応してしまう。
「――まだ、本当に分からない?」
「え……?」
なに、を……?
「俺が、ずっとキミをどう想っていたか……。本当に分からない?」
小竜の言葉に、審神者はその瞳を瞬かせた。
小竜様が……私を、どう想っていた、か……?
唐突に突き付けられた問い。だが、審神者がそれに答えられずにいると、小竜はくすっと優しく微笑み、
「キミのそういう所はすごく可愛いと思うし、魅力的だよ。――でも……俺が、何とも想っていない女の子相手に、こんな事するやつだと思われてたのは、心外だな」
「そ、れは……」
彼は魅力的だ。万屋がある、政府が“審神者”や刀剣男士の為に用意した街でも、いつも綺麗な女性の方々が彼に声を掛けていた。審神者は――そんな彼をただ見ているだけしか出来なかった。
「悪いけど、俺もそんなに暇な訳じゃないし、面倒事はごめんだからね。なんとも想ってない子相手に、夜中に様子見に行ったり、ずっと三日間も付き添ったりしないよ」
「え……」
「つまり、あ――こう言うのは察して欲しいとこなんだけどね」
そう言って、小竜が少し頬を赤らめ前髪をかき上げる。そして、
「だから、その……キミがいつから俺の事を想ってくれていたのかは知らないけれど……、俺は、ずっと最初からキミが――」
小竜の美しい紫水晶の瞳と目が合う。
「ずっと、こうして触れたかったし、口付けもしたかった。キミの全てが俺のものになればいいのにって、ずっと……思ってた」
「小竜さ――っん」
不意に、小竜からの口付けが降って来た。それから小さな声で、
「……つまり、最初に逢った時からずっと、キミに惚れてたんだ。キミ以外なんて興味ない。キミが望むならなんだってしてやりたい。叶えてやりたいと思ってた。――キミが俺以外の“誰かのもの”になる前に――こうやって……ずっと触れたかったんだ」
「……」
小竜様が、わた、し、を……?
審神者が反応に困っていると、小竜が少しむっとして、
「なに? まだ信じられない? 俺の事」
「あ、いえ、そういう訳ではなく、その……」
「その?」
「……その……、私で、良いので、す、か?」
小竜なら、きっと自分よりもずっともっと綺麗な人が相応しい。そう――ずっと、思っていたから、この気持ちを押し殺してきた。それなのに――小竜はそんな審神者が良いと言う。そんな都合のいい話ある筈が――。
審神者がそんな風に思っていると、まるで審神者の心を読んだかの様に、
「ああ、その顔。どうせ、また下らない事あれこれ考えている時の顔だ。考えるだけ無駄だからやめた方がいいよ。俺はもうキミを手放す気もないし? この気持ち隠す気もないから」
そう言って、ちゅっと審神者の首筋に口付けを落とす。
「……ぁっ……こ、小竜様、ま、待っ――」
「待たないよ。もう俺は十分待ったから。もう待たない」
そう言って、再び口付けを落としていく。
「……ぁ、ンンっ、こ、こりゅ、さ……」
ど、どうすれば……このままじゃ――私……。
流石にこれ以上は駄目だと、審神者は慌てて小竜を止めようとした。だが、小竜の手が優しく審神者の手を絡め取ると寝台へと押し付ける。そして、そのまま顔を近づけてくると、
「――キミが好きだよ」
と、彼の声が甘く囁いた。
その瞬間、審神者は息をするのを忘れてしまった。それぐらい、彼からの告白は審神者には驚き以外の何者でもなかったのだ。
小竜が審神者の唇に触れるだけの優しい口付けを繰り返す。やがて、ゆっくりと顔を離すと、愛おしむ様に審神者の頭を撫で、額をくっつけてきた。そして、審神者の目を見つめると、
「――好きだよ」
もう一度そう優しく囁くと、審神者を強く抱きしめた。
小竜の腕の中は温かくて、心地よかった。彼の胸に耳を当てると心臓の鼓動が聞こえてくる。それが嬉しくて、幸せで……審神者は彼の背に手を回すと静かに目を閉じた。
――夢、なのかしら。そんな風にすら思ってしまう。
先程まであんなに辛かった気持ちがすべて和らいでゆく――。こんなにも幸せな事が現実にあるのだろうか? 審神者は彼がずっと好きだった。でも、それは叶わぬ想いなのだと思っていた。だからこそ、自分の気持ちに蓋をして、見ない様にしていたのだ。けれど今、審神者は彼の腕の中にいる。こうやって、優しく包み込んでくれる。
それが私にとってどれほど価値のあるものか……。貴方は分かりますか……?
でも――。
“夢”はいつか覚めるもの。そう――私はもう少ししたらきっと“審神者”ではなくなる。霊力の無いものを“審神者”に就かせたままにする程政府は甘くない。
そうなれば彼とはもう――。
「……小竜様。ありがとう、ございました」
「主?」
審神者は、今できる精一杯の笑顔を作って、
「一瞬でも、貴方と想いが通じ合えて嬉しかったです」
自分でも分かる、自分の中の霊力が尽きようとしているのが――微かに残る残像の様なこの霊力も、きっともう少ししたら――。そうなれば、私の“審神者”としての任は解かれる。そして、二度とこの“本丸”に足を踏み入れる事も――。
そんな事を考えて哀しみに打ちひしがれていると、小竜が審神者の顎を持ち上げた。「え?」と思っている間に、彼が審神者の口を塞ぐ様に口付ける。
「ンン……っ、ぁ……は、ぁ……こ、りゅ……さ……っ」
突然の事に驚いて身を引こうとするも、いつの間にか頭の後ろに回されていた手がそれを許さなかった。小竜は何度も角度を変えながら、深い口付けを繰り返していく。
「ねぇ、俺の事好きなんだよね? だったら――」
そう言いながら、そのままぐいっと後ろ頭を押し上げられた。無意識に上を向かされ口が開く。すると小竜が口の中に舌を入れてきて、口内を蹂躙し始めた。
「ふ、ぁ……んんっ、……っ、ぁ……は、ぁ」
小竜の長くて熱い舌が審神者の口内で暴れ回り、逃げようとする審神者の舌を捕まえて絡ませて吸う。歯列をなぞり上顎を擦られ、また舌を甘噛みされて吸い上げられる。
初めての感覚に戸惑って身体を震わせていると、いつの間にか小竜が覆い被さる様にして体重を掛けてきた。その重みに耐えきれずに寝台に倒れ込むと、小竜が逃さないと言わんばかりに強く抱き締めて更に深く口付けてくる。
「こりゅ、さ……ぁ、んん……くる、し……っ」
そう思って小竜の胸を叩いて抗議するも、小竜は一向に止めようとしてくれなかった。それどころか、片手で審神者の両手を掴むと頭の上で押さえ付けて動きを封じてしまう。
そうして、漸く解放された時には、すっかり息が上がってしまっていた。小竜は少し意地悪な笑みを浮かべると、
「そろそろ俺の方も限界なんだけど?」
と言った。小竜は息を整える暇も与えず、今度は審神者の首筋に顔を埋めて強く吸い付いてきた。
「んっ……ぁ……」
ちくりとした痛みを感じて、思わず声を上げてしまう。そのまま、小竜の唇は徐々に下に降りていき、首筋から鎖骨へと口付けを落としていく。小竜の指先が夜着の上から胸に触れ、やんわりと揉んでいったのだ。
「……ぁ……っ、ンン……はぁ、ん」
時折、敏感な部分を掠めていく度に甘い吐息が漏れた。たまらず小竜の袖を掴むと、それに気分を良くしたのか、小竜の唇はそのまま下へ下へと降りていく。
腰紐を解かれ、合わせで隠れていた胸元が露になる。
「あっ……」
審神者が慌てて夜着を手繰り寄せようとしたが、それよりも早く小竜の手が伸びてきた。そして、やわやわと乳房を揉まれ、先端を摘まれた。
「あぁ……っ、ん、は……こりゅ、さ、ま……っ、ンンっ」
小竜は片方の手で審神者の手首を掴んでいるため、審神者はその手を払い除ける事も出来ずに、されるがままになっているしかなかった。やがて、小竜のもう片方の手が腰紐を完全に解いてしまう。恥ずかしくて抵抗したいのに――上手く力が入らない。
すると、小竜がもう片方の胸に顔を寄せたかと思うと、口に含んできたのだ。生暖かい感触に背中がぞくりと粟立つ。それから、舌先で転がす様に弄ばれると、今まで感じた事のない快感が押し寄せてきて、自然と身体が跳ね上がった。
「あ、ああ……っ!」
瞬間、強く胸の頂を吸われて、びくんっと身体が再度 跳ね上がった。
「ああ――。ここ、弱いんだね」
小竜はそう言うと、もう一度同じ場所を強く吸い上げる。同時に、空いている方の胸の先端を指で捏ねる様に撫でられた。両方の胸を同時に責められて、審神者の頭が真っ白になりそうになる。
「ん、ああっ……はぁ、んっ……やっ、だ、めぇっ!」
駄目――これ以上は、もう……っ!
審神者は必死に首を振って訴えた。しかし、小竜は止める素振りを見せてはくれなかった。それどころか、更に執拗に攻め立ててくる。
次第に、下半身の奥が疼き出して、じわじわと熱を帯び始めるのが自分でも分かった。無意識のうちに太腿を擦り合わせてしまう。それを目敏く見つけた小竜は、 胸への愛撫を止めて審神者の両脚を割り開くとその間に自分の身体を入れて閉じられない様に割り込ませた。
何が起こるのか、審神者が気づき慌てて脚を閉じようとするが、小竜の身体が邪魔をしていて閉じられない。
すると、ゆっくりと小竜が審神者の秘所に手を伸ばしてきた。下着越しに割れ目をなぞられ、一番感じる突起を探り当てられる。
「ぁ、ああ……やっ、んんっ」
優しく円を描く様に刺激されると、どんどん蜜液が溢れ出してくる。その濡れ具合を確かめる様に何度か往復させると、小竜は審神者の脚を抱え上げて、一気に下着を脱がせた。
「……っ、小竜さ……っ」
審神者が、たまらず声を上げようとすると、小竜はしーと人差し指を口元に当ててみせた。
「……?」
な、に……?
そう思っていると、部屋の向こうの方から扉を叩く音が聞こえてきた。誰かが、来た証だ。そう思うも、部屋の外からは何度となく叩く音が続いている。小竜はと言うと全く気にしていない様子で、審神者の脚を大きく開かせると、満足げな表情を浮かべ、既に充分潤っているそこにそのまま顔を近づけてきた。
まさか、と思った時には、既に遅くて。小竜は躊躇うことなく、その長い舌を這わせてきたのだ。
「――ぁっ! ……んぁ、ああ、は、ぁ……や、ンン、そこ、は……っ」
そして、舌先で何度も敏感な蕾を舐められ、その度に身体が震える。そのまま、小竜の舌は花弁をなぞりながら徐々に奥の方へと侵入してきた。その度に、ぴちゃりという水音が部屋に響き渡る。
暫くして、小竜の様舌が完全に中に入り込むと、今度は内壁を擦るようにして出し入れを繰り返したり、ぐるりと舌を回転させて押し広げたりして、膣内に唾液を流し込んできた。
「あぁ――っ、はぁ、ぁ……やんん、ま、待っ……、ひと、が――」
部屋の前に誰かがいるのに。
だが、小竜は一切待ってはくれなかった。審神者が抵抗しようと小竜の頭を押さえるが、全然びくともしない。
「――っ、ぁ……っ」
審神者が声を出さない様に必死に両手で口元を押さていると、小竜はくすっと笑みを浮かべ、
「大丈夫だよ。ここは続き部屋だし、それにキミの許可なしには誰も勝手に扉を開けたりしないさ。だから――ねぇ、もっと声聞かせて?」
そう言って、小竜の両手は休む事無く審神者の胸を刺激し続ける。時折、強く乳首を引っ張ったり、爪を立てて弾いたりして緩急をつけてくるものだから、余計に堪らない気持ちになってくる。
その度に、思わず声が出そうになるが、審神者は必至に堪えた。そうしている内に、扉を叩く音は聞こえなくなっていた。きっと、いないのだと思って去ったのだろう。その事にほっとしていると、今度は小竜が「言った通りだろう?」と零しながら、審神者の耳を甘噛みした。
そして、小竜は審神者の片脚を持ち上げると、大きく開かせて再び舌を差し込んで来た。
「……ぁ、ああんっ……は、ぁ……や、ンン……だ、めえぇっ」
先程よりも激しく動かされ、時折、敏感な花芽を押し潰すようにぐりぐりと押し付けられる。
もう審神者は頭の中が真っ白になっていた。何がどうなっているのか、理解が追い付かない。そうして、たっぷりと時間をかけて小竜に犯された頃には、すっかり理性が崩れ落ちてしまっていた。小竜の指先が秘所の入り口に触れると、それだけでもびくんっと反応してしまう程になっていたのだ。
小竜は満足げに微笑むと、今度は指先を沈めていく。
最初は一本だけだった指が二本、三本と増やされ、ばらばらと動かされると、あまりの快感に頭がおかしくなりそうになった。
「あ、ああ、こりゅ、さ……、わ、わた、し……ぁンンっ」
もう限界だった。審神者は涙目になりながら懇願する。すると、小竜は審神者の額に軽く口付けを落とすと、
「いいよ――」
と言って、親指で秘豆を強く擦った。その瞬間、目の前がチカチカとして身体が弓形にしなる。
「あ、ああ――っ!」
次の瞬間には、達してしまい、全身が痙攣していた。
はぁはぁ、と息を整えていると、小竜は審神者の頭を優しく撫でてくれた。それから、審神者を起き上がらせると、後ろから抱きしめてくるような形で座らせてくれた。
「小竜様……?」
まだ、意識がはっきりしない。おぼろげな頭のまま、小竜にされるままに彼の膝の上に跨らされると、腰を掴まれ引き寄せられた。瞬間、小竜の昂ぶりが秘所に宛がわれたかと思うと、ゆっくりと挿入されていく。
「――ぁ……っ!」
太くて熱いものが中に入ってくる感覚に、一瞬、呼吸の仕方を忘れてしまう。苦しい筈なのに痛みはない。寧ろ、それ以上に強い快楽が押し寄せてきて、どうにかなってしまいそうだった。
「こ、りゅう……あ、あんん……っ」
やがて、全部入りきると、小竜はゆっくりと律動を始めた。初めは馴染ませるように優しく揺さぶってきたが、次第に動きが激しくなっていくにつれて、寝台が軋んだ音を立て始める。
それと共に、小竜が審神者の身体を何度も突き上げてきた。
「ぁ……っ、ああ、はぁ、……ああんっ。……だ、だめ、も、もう……っ」
まるで獣のような荒々しさに、審神者はただ喘ぐことしか出来なかった。小竜の動きに合わせて、自分の口から信じられないような甘い声が漏れる。それが恥ずかしくて仕方がないのに――今はそんな事を考えている余裕なんてなかった。
「こ、りゅ……さ、ま……っ」
必死になって小竜の名前を呼ぶ。小竜は審神者の声に応える様にして、強く抱き締めてくれた。同時に最奥まで貫かれ、そこで熱が弾ける。
「ああ――っ!」
その衝撃で、審神者も二度目の絶頂を迎えたのであった。
暫くの間、互いに熱い視線を交わすと、どちらからともなく唇を重ねた。啄ばむ様な軽い接吻の後、舌を絡めあう深い口付けをする。
「ン、ぁ……ふぁ……、ンンっ……ぁ……」
口付けの合間に途切れ途切れに零れる自分の声が、審神者の耳に入ってくる。それがなんだか恥ずかしくなって、顔が熱を帯びていくのが分かった。
「こ、りゅう……さま……っ」
何度も彼の名を口にすると、小竜は嬉しそうに笑みを浮かべた。そして、審神者の身体を抱き寄せると、そのまま横向きに寝転がって、審神者の背中をぽんぽんと叩いてくれる。
それが酷く優しくて、審神者は思わず泣きそうになった。
「……俺の言った事、覚えてる?」
ふと、小竜はそっと審神者の前髪を掻き上げると、露になった額に口付けを落としながらそう言った。彼の言った言葉。彼は何度も『――キミが好きだよ』と囁いてくれた。それだけで胸がきゅーっとなって、凄く幸せな気持ちになる。
審神者が小さく頷くと、小竜はまた嬉しそうに笑った。その笑顔を見るだけで心が満たされていく。きっと、この気持ちは――“愛しい”という感情なのだろう。
だが、それと同時に不安にもなる。審神者は小竜に何も返せてなどいない。小竜は優しいから、きっと同情して付き合ってくれているだけなのかもしれない。だから、いつか小竜が審神者の元から離れていってしまうのではないか――と。そんな考えが頭を過り、不意に視界が歪む。
駄目……こんなことで泣いてしまったら彼が困ってしまう。
けれど、一度溢れ出した涙は止まらなかった。審神者は嗚咽を漏らしながら、
「……っ、すみま、せ……ん。私……やっぱり、貴方が好きです。解っているのです、きっと貴方は優しい方だから――私、その優しさに甘えて……」
必死に言葉を紡ぐ。すると、小竜はまるで審神者を安心させるかの様に審神者の身体を引き寄せると、ぎゅうっと抱きしめてくれた。そして、審神者の耳元に口を近づけると、
「大丈夫だから――何があっても俺は君の傍にいる。キミを想う気持ちに嘘はないよ。愛してるんだ――キミを。キミだけが……キミだから俺はキミの傍ここにいるんだ」
そう言って、小竜は更に審神者を抱きしめる腕の力を強めた。
暖かい……。
彼の体温を感じながら、審神者は小さく呟くと、彼にだけ聞こえる様な声音で――、
「――ありがとう、ござい……ます」
そう囁いたいのだった。
それから暫くの間、小竜の腕の中で微睡んでいると、いつの間にか意識が眠りの淵へと落ちていったのだった。
**** ****
あれから、どれくらい眠っていただろうか。目が覚めた時には、既に辺りは暗くなっていた。
気だるい身体を起こすと、寝間着姿の小竜が優しげな瞳でこちらを見ていた。自分を見ると、自分もちゃんと夜着を着ている。彼が着替えさせてくれたのだろうか?
「おはよう、主」
そう言って、小竜が優しく頭を撫でてくれる。
「あ、あの……」
「ん?」
「えっと、その……」
「ああ、着替え? 俺がしたけど――、キミが甘えてきて大変だったんだ」
と、冗談交じりにそんな事を言うものだから、審神者は、かぁと、顔を真っ赤にしてしまった。すると、小竜がくつくつと笑いながら、
「勿論、乱れてるキミも綺麗だったけど……、甘えてきたり、可愛い寝顔も見れたから、これって結構役得だよね」
「こ、小竜様……っ」
あんな事の後に、着替えまでされて、しかも寝顔をずっと見られてだなんて……っ!
恥ずかしさのあまり、穴があったら入りたい気分だ。審神者が頬を膨らませていると、小竜は宥める様に審神者の背中をぽんぽんと叩いてきた。
それから暫くして――審神者はある事に気付いた。
「え……?」
いつからだろうか、もう殆ど消えかかっていた霊力が元に戻っていた。慌てて小竜を見る。すると小竜はくすっと笑みを浮かべ、
「言ったよね? “キミの霊力値を元に戻す方法があるって、こんのすけから聞いた”って」
「え、それは……」
そう、なの、だが……。そこまで考えてはっとした。
ま、まさか……。
「……あ、あの。その“方法”って、まさか――」
「ん? ああ、そうだよ。俺達――この“本丸”の刀剣男士達にはキミの力が身体に充満しているんだ。だから、俺達の誰かと交わって、力を混ぜてやればおのずと回復するだろうって――政府の研究でも結果が出てる」
「……」
審神者は小竜のその言葉に、思わず真っ赤になって絶句してしまった。そういえば、以前そんな話を聞いたような、聞いてない様な……。
「でもさ、いきなり“交われ”とか政府も酷な研究しているよね。だから、キミの気持ちを優先しようって、皆で話し合って決めたんだ」
「え……?」
「まぁ、勿論、立候補者は多かったけど――この役だけは、他の奴には絶対譲りたくなかったんだよね」
…………
………………
……………………
え? 待って。今、小竜は何と言ったか……。
“皆で話し合って決めたんだ”
ま、まさか――。
一瞬にして審神者の顔が赤から青へと変わる。
「あ、あの、まさか、皆様……この事を……」
審神者のその言葉に、小竜が一瞬その紫水晶の瞳を一度だけ瞬かせた後、にっこりと微笑み、
「知ってるよ。これで、晴れて俺達は公認だね」
「~~~~~っ」
まさかの既成事実に、審神者が絶句したのは言うまでもなく……。
その後、行き交う本丸の刀たちから生暖かい視線を送られ、挙句の果てに嬉し涙を流す歌仙兼定様にお赤飯を炊かれ……当分の間、彼らの顔をまともに見る事が出来なかったのは、言うまでもない。
そして――黒寿は、というと……今ではすっかりこの“本丸”のアイドル化して皆から可愛いがられていたのだった。
2023.07.01

