◆ 短編1:秘密の話
「趙雲」
呼ばれて趙雲は振り返った
向こうの方から馬超と姜維が歩いてくる
またいつもの事か という様に腰に手を当て、ふぅとため息を付き2人が来るのを待った
馬超が趙雲の傍に来るなり、がしっと腕を首に回す
「趙雲。姫さんとの生活はどうだ?」
「またその話か」
やれやれといった感じで、趙雲はふぅ…とため息を付いた
”姫さん”とは、最近趙雲の邸でお世話をする様になった紗羅の事である
「普通だよ。変わった事は無いが?」
「またまたぁ~何か進展ぐらいあったんじゃないのか?」
「進展って……」
「趙雲殿!隠し立ては無しですよ!」
姜維がずずいと迫ってくる
「……………」
思わず無言になってしまう
何故こいつらも殿も皆、同じ事を聞くのだ…
趙雲はついさっき劉備に会って同じ事を聞かれたばかりだった
劉備はにこにこ顔で趙雲に彼女とはどうかと聞いてきた
どう…と聞かれても、何も無いので答えようがないのだが……
確かに最初の頃より打ち解けてくれた様な気はする
気はするが…
まだ自分は紗羅の本当の笑顔を見ていない様な気がする…
確かに、泣いていたばかりの頃に比べればマシだと思うが…それに――――
先日、紗羅から貰った刺繍を思い出す
「………………」
無言の趙雲をわくわく顔で2人が見ている
「無い」
一言そう言うと、趙雲は2人を無視してくるりと向きを変えた
そして、すたすたと歩いていく
「あ!こら!逃げるな!!」
「往生際が悪いですよ!!」
2人の声が聞こえるが無視だ
この事を言えばまた話のネタにされるのが目に見えている
この事は自分だけに秘密にしておこう
*****
「絶対、何かありますね」
「だな」
趙雲が去った後、馬超と姜維はうんうん頷いた
「これは、実行あるのみ…だな!」
「そうでうねぇ~」
にやりと2人が笑う
*****
「……………」
趙雲は邸に帰って来るなり硬直した
何故…何故こいつらが……?
「あ、おかえりなさい!趙雲殿!遅かったですね~」
「おう!邪魔してるぜ!」
何故か、趙雲の前には姜維と馬超の2人が居た
しかも、紗羅の室に
「おかえりなさいませ」
紗羅がその横でにっこりと微笑む
「………お前ら、ちょっと来い!」
趙雲は、否応無しに馬超と姜維2人の衿を掴んで引っ張った
「お、おいおい手荒だなー」
「そうですよ~」
「いいから、来い!」
そのまま、紗羅の室を後にする
外に出た所で、趙雲はバッと手を離した
腕を組み、仁王立ちをする
眉間に怒りのマークが見えそうだ
「どうしてお前らが居るんだ!?」
「そりゃぁ、なぁ?」
「ですよね~」
「分かる様に説明しろ!!」
眉間をひくひくさせながら趙雲がズモモモ~と背後に何かを現す
馬超と姜維は顔を見合わせ
「ほら、昼間お前に聞いたけど、答えてくれなかったじゃん?」
「……だから?」
「だから~姫さんに直接聞こうと思ってだな」
「……は?」
「そしたらさぁ~」
「聞いたのか!?」
にやりと馬超と姜維が笑った
そして、バンバンと趙雲の背を叩く
「いやいや、うんうん。良かったな趙雲!」
「僕も欲しいなぁ~」
これは完全に知られている……!
「あ、誤解の無い様に言っとくけど、姫さんに聞いたんじゃねぇぞ?」
「………?。じゃぁ、一体誰に……」
「「佳葉」」
佳葉~~~~~~!!!!
「あら、そんな所で何をしてるんですか?お三方」
そこへ丁度、佳葉が現れた
「佳葉!お前っ……!」
思わず、趙雲が身を乗り出す
「あらあら、お帰りなさいませ。趙雲様」
にっこりと佳葉が有無を言わさない感じに微笑む
「たまには、もう少し早く帰ってきてもバチは当たりませんのに」
「……っう」
「紗羅様の寂しがっておいでですわよ~少しはお相手して差し上げても宜しいんじゃありませんこと?」
「………うぐっ」
ほほほほほと佳葉が笑った
事実なだけに言い返せない……
「し、仕方ないだろう」
「仕方ない?」
ピクッと佳葉が反応する
「今、”仕方ない”とおっしゃいました?」
ピククッと佳葉が眉間を引き攣らせた
「紗羅様を放っておいて、”仕方ない”!?」
「あ、いや……」
佳葉の気迫に、思わずしり込みしてしまう
「よくもまぁ…。どの口がほざきますの!?」
「……すみません」
「馬超様も姜維様も、紗羅様のお相手をお願いしましたのに…ここで何を?」
にっこりと微笑んだ佳葉の背後に何か別の物が見える
「い、いや!俺はだな……!」
「ご、誤解です~」
「お黙りなさい!!」
「「……すみません」」
パンパンと佳葉が手を叩いた
「さ、さっさとお戻りあそばせ!」
佳葉には逆らうまい
そう心に誓うのだった
佳葉強し!
きっと、彼女には誰も逆らえません
本編:<月と桜の理>8.5話です
※これはweb拍手に加筆した物です
2010/06/06