CRYSTAL GATE

  -The Goddess of Light-

 

 

 第三夜 ファナリス 11

 

 

 

――――シンドリア・白羊宮

 

 

「ふージャーファルさん、最近機嫌悪いよなぁ~」

 

廊下を歩きながら、シャルルカンが思い出した様に呟いた

それを聞いたヤムライハは呆れた様に息を洩らした

 

「あんたのせいでしょ?」

 

「いや、お前のせいだろ」

 

たった今、ジャーファルにこってり絞られた2人は、お互いにお互いが悪いと罵り合っていた

それを見た被害者のマスルールは、本当に呆れた様に

 

「…お互い様です」

 

と、ぼやいた

その時だった、廊下の向こうからピスティが「ヤム―!」とヤムライハを呼びながら走って来た

 

「あら、ピスティ。 なに?」

 

ヤムライハがそう尋ねると、ピスティはにやっと笑って

 

「さっき、ジャーファルさんのすっごい怒鳴り声聴こえたけど…あなた達、また仕事の邪魔したんでしょー?」

 

ピスティがそう言うと、シャルルカンは当たり前の様に

 

「そんなん、いつもの事だぜ?」

 

なぁ? と言う風にヤムライハに同意を求めてきた

ヤムライハはそれを鬱陶しそうに、跳ね除ける

 

すると、マスルールがぽつりと…

 

「そういえば、今日はいつもより沸点が低かったですね…」

 

その言葉に、ヤムライハが頷く様に

 

「確かに、最近ピリピリしてるわね…」

 

そうなのだ

ここ最近、ジャーファルの沸点は限りなく低かった

前々から高い方では無かったが、ここの所それが急降下しているのは間違いない

 

「働きすぎでしょ? 見るといっつも仕事してるし」

 

「少しは息抜きして欲しいわよねぇ~。 仕事一筋過ぎて私服を一着も持ってないって聞いて驚いたわ。 14歳の頃に王様から貰った服しか持ってないってどんだけ? プライベートって概念すらないのよね」

 

ふぅ…と溜息を洩らしながらヤムライハがそう言うと、すかさずシャルルカンが

お前が言うなと言わんばかりに

 

「お前だって、オシャレな服全然持ってねーじゃん」

 

「うるさいわね! 私は機能優先なの!! あんたこそ、そのダッサイ鎖なんとかしなさいよ!」

 

「てめーにこのオシャレが分かってたまるか!」

 

キッとヤムライハがシャルルカンを睨みつけた

すると、負けじとシャルルカンもヤムライハを睨みつける

 

またもや一触触発か!? と思われたその時だった

 

「騒がしいな…どうしたんだ、みんなして」

 

廊下の向こうの方からヒナホホとドラコーンがやってきた

 

「あ、ヒナホホさん!」

 

助け舟!と言わんばかりに、ピスティがヒナホホに駆け寄った

 

「実は、今 ジャーファルさんの事話してたんです。 最近怒りっぽいのはきっと仕事のし過ぎだって」

 

「ふむ」

 

「でも、趣味も無いみたいだし…」

 

むしろ、聞けば仕事が趣味だと答えそうで恐い

 

だが、ジャーファルの最近の苛々はそれだけではないとヒナホホは思った

恐らく一番の原因は、シンドバッドだろう

正確には、エリスティアを気にしているシンドバッドの憂いを取り除いてやれない自分に苛々しているのだろう

 

「エリスの奴がさっサッと戻ってくればなぁ…」

 

「え? エリス??」

 

ピスティが、突然湧いて出てきたエリスティアの名前にきょとんとした

だが、ヤムライハにはそれで通じたのか

 

「そうですね…エリスが帰ってくれば、ジャーファルさんの悩みの種がひとつ減りますもんね…」

 

「どういう事だよ? なんで、エリスが関係してくるんだ?」

 

ヒナホホとヤムライハの意図が読めないシャルルカンがそう尋ねてくる

すると、ヤムライハ呆れた様に溜息を洩らし

 

「あんた、分かんないの? シンドバッド王が元気ないのってエリスがいないからでしょ?」

 

「え? 王サマが? 普通に元気じゃね?」

 

と、これまた鈍い答えが返って来たものだから、ヤムライハは今度こそ呆れ果てた様に大きな溜息を洩らした

 

「ほんっと、鈍いわね! これだから、筋肉バカは!!」

 

「なんだとぉ!!」

 

「何よ! 本当の事でしょ!? この剣術だけのバカ男!!」

 

「うるせぇ! バカって言うな!」

 

また、言い合いが始まりそうになった瞬間、ピスティが、「ちょっとちょっとぉ!」と止めに入った

 

「もぅ! 2人とも直ぐ喧嘩するんだから!! それもジャーファルさんの悩みの種のひとつでしょ!?」

 

と、年下のピスティに諭されてシャルルカンとヤムライハの2人が「うっ…!」と口を詰まらせる

 

それを見たヒナホホは「ははははは」と笑い始めた

ちなみに、マスルールは知らぬ存ぜぬである

 

ヒナホホに笑われたヤムライハは顔を真っ赤にして

 

「も、もう、笑わないで下さい!!」

 

と叫んだ

するとヒナホホはくつくつと笑ったまま

 

「いや、すまん。 相変わらずお前達は仲が良いんだなぁと思ってな」

 

 

 

 

「「良くありません!!」」

 

 

 

 

シャルルカンとヤムライハの声がハモった

ハモったものだから、それを見たヒナホホとピスティ、果てはドラコーンまで笑い出した

 

ドラコーンにまで笑われた事により、いよいよヤムライハが顔を真っ赤にさせた

口をぱくぱくさせ、何かを訴えようとするが言葉にならない

 

瞬間、ぱちんっとシャルルカンと目があった

ヤムライハの顔が益々赤くなったかと思うと、ぷいっとそっぽを向いた

それを見たピスティがにやにやしながら

 

「ヤ~ム~? あれ~?」

 

「な、なによ…」

 

ヤムライハが必死に平常心を保つ様にそう尋ねてくる

すると、ピスティはにやりと笑みを浮かべて

 

「ううん、べ~つ~にぃ~」

 

あまりにもピスティがにやにやするものだから、ヤムライハは慌てて否定する様に

 

「ちょ、ちょっと! 変な勘違いとかしないでよ!? 私はこんなやつ何とも思ってないんだから!! ちょっとあんたも否定しないさいよ!」

 

そう言いながら、ヤムライハがぐいっとシャルルカンを引っ張る

瞬間、シャルルカンが「へ?」と今意識が戻ってきたように素っ頓狂な声を上げる

 

それを見たピスティは、やはりにやにやしながら

 

「駄目だよ~ヤム。 シャルは今、幸せ噛み締めてるんだから」

 

「は?」

 

今度はヤムライハが素っ頓狂な声を上げた

本当に、意味が分かっていないらしい

 

そんな永遠続きそうな話を切ったのはヒナホホだった

 

「まぁ、落ちつけ。 ジャーファルの話だったか」

 

「そ、そうです! ジャーファルさんの趣味か何か気が紛れるものがないかと…!!」

 

ヤムライハが話しが逸れたのをいい事に、ヒナホホに乗って掛かる

 

「そうだなぁ……」

 

「何かジャーファルさんの息抜きになる様な事って無いでしょうか?」

 

ヤムライハがそう尋ねると、ピスティも仕方ないなぁ~と言う感じに、話しに乗って来た

 

「ちなみに、ヒナホホさんの息抜きってなんですか?」

 

「そんなの、ヒナホホさんなら子供たちと遊ぶ事に決まってるだろ」

 

と、シャルルカンがさも当然の様に言った

が、ヒナホホはふふ…と笑みを浮かべて

 

「いや、違うな」

 

と否定した

 

「「「え!?」」」

 

まさかの否定の言葉に、ヤムライハとシャルルカンとピスティが声を上げる

すると、ヒナホホは誇らしげに

 

「子育ては息抜きではない。 …生きがいだ」

 

「流石…っ」

 

「おお!」と皆から声が上がる

 

「とりあえず、ジャーファルを労ってやればいいんだな? まぁ、俺に任せてみろ」

 

そう言ったヒナホホは今までにないくらい頼もしかった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  ~数時間後~

 

「うわぁ~すっごい ごちそう―……と、女の人達…」

 

ヒナホホに呼ばれて出向いた大広間には、物凄い量のご馳走と大勢の美人どころが所狭しと並んでいた

 

それを見たヤムライハは「成程ね…」と頷いた

単純と言えば単純だが、ある意味誰にでも有効的な手段だった

 

「いい女に、いい酒と、何より美味い飯!」

 

ヒナホホがそう言っている矢先でシャルルカンが早速ご馳走にかぶり付いていた

 

「むぐ…もぐもぐ、ああ! 確かに、すっげぇ美味いぜ! このメシ!!」

 

「ピスティ、つまりこれはジャーファル殿の慰労会という事でよいのですね?」

 

スパルトスの問いに、ピスティは頷きながら

 

「そうだよ、スパルトス!」

 

「分かった、ならばこのドラコーン持てる全ての力を使ってジャーファルを労おう」

 

と、ドラコーンもやる気だ

 

その時だった

バンッ!と大広間の扉が開きジャーファルが飛び込んできた

 

 

 

「これは、一体何の騒ぎですか!?」

 

 

 

「ちょとした宴会だよー」

 

ピスティの言葉に、ジャーファルが驚愕の声を上げた

 

「“ちょっとした”!? これで!!?」

 

「ああ!しかも無礼講だ。 どうだ?ジャーファル、女も飯もどれから味見しても構わないぞ?」

 

「結構です」

 

ヒナホホに言葉に、ジャーファルがきっぱりはっきり即答する

 

「それよりも私は、この宴会の費用が何処から出ているのか気になるのですが…っ!!」

 

大量の料理に大量の女達に音楽

見ただけで、物凄い金額が掛かっているのが分かる

 

「ははははは、細かい事は気にするな! いいから飲め!

 

「誤魔化さないで下さい! ヒナホホ殿!!」

 

そう言って、ジャーファルがヒナホホに詰め寄る

それを見たシャルルカンが隣にいたスパルトスに耳打ちした

 

「見ろ、スパルトス。 ヒナホホさんがピンチだ」

 

「うん?」

 

「お前、この中から一番いい女選んでジャーファルさんに見繕ってくれよ。 それで気を反らすんだ」

 

「わ、私は…その様な事は…苦手だ!」

 

「ジャーファルさんの為だぜ?」

 

と、さもジャーファルの為という言い方をする

しかし、スパルトスにはシャルルカンの意図は読めておらず…素直に

 

「わ、分かった…ジャーファル殿の為なら致し方あるまい…ひと肌脱ごう!」

 

「よ~うし! 行け!」

 

「いざ!!」

 

とまるで戦に行くようにスパルトスは頷くと、煌びやかな女達のいる方へと歩いて行った

それを見届けたシャルルカンはにやりと笑みを浮かべると

 

「ほら、ジャーファルさん 見て下さい! スパルトスが女口説きに行ってますよー?」

 

「え!!? あのスパルトスが!!?」

 

驚いたのは他ならぬジャーファルだった

それも当然だろう

スパルトスは、山岳のササン国の出身だ

 

ササン国と言えば、旧き神を信仰する敬虔な宗教国でである

故に、ササンは外界を穢れと称し交流を断絶させており、別名「清浄の地」と呼ばれているのだ

 

そして、スパルトスはササンの最高権力者・騎士王 ダリオス・レオクセスの息子である

 

騎士団とは、ササンの教義を総括する高位聖職者の集団であり、国民の絶対的指導者である

そう――――“聖職者”

 

……簡単にいうと、女性に免疫がないのである

特に、肌の露出は厳禁とされているササンの女性しか知らなかったスパルトスが、肌の露出の多い綺麗所を“口説きに”言っているのである

 

ちなみに、ヤムライハとピスティは同じ八人将というのもあり慣れてきたようであるが…

最初は大変であった

 

ジャーファルが驚くのも当然である

 

しかし…

 

「だが…女と目すら合わせないぞ?」

 

ヒナホホの言葉に、皆がスパルトスの方を見る

スパルトスは、女の傍には行ったものの目も合さずに、明後日の方向をみている 

 

「どんだけ固いの、スパちゃんってば」

 

ピスティのが「あ~」と声を洩らしながら呟いた

見かねたシャルルカンが声援を送る

 

「ほら、頑張れスパルトス! 行け! そこだ!!」

 

「あ、女の子の方が痺れを切らして手を伸ばしてきたわ!」

 

「これは予想外の攻撃だ―! おっと、スパルトス選手逃げたぁ~! 敵前逃亡です! これは、試合放棄か!?」

 

ピスティが解説する通り、スパルトスが走って戻ってくる

 

「おいおい、どうしたよスパルトス」

 

「申し訳ございません、ジャーファル殿!! この任務…私には荷が重すぎる…っ!!」

 

「いやいやいや! 私、頼んでませんから!!」

 

と、土下座しそうな勢いのスパルトスに、ジャーファルが慌てて手を振る

それを見たスパルトスは「え?」と驚いた顔をして

 

「で、ですが…この宴はジャーファル殿のい……」

 

「あー!!」

 

突然、シャルルカンが叫んだと思ったらスパルトスの口を手で塞いだ

そして、ひそひそ声で

 

「バッカお前! 自分の為とか言われて楽しめる人じゃねーだろ!?」

 

それを知らないジャーファルは首を傾げながら

 

「どうしたんです? この宴がどうとか言ってましたが…」

 

「あーいや、そのー俺達毎日忙しいんで、たまには息抜きしようってこんな宴を設けたんですよ」

 

「費用は八人将みんなのカンパっす」

 

「心配なら、お主もしばらく付き合えばよい。 度を過ごさぬ様 監督しておればよかろう」

 

「ね? いいでしょージャーファルさん」

 

シャルルカンを助ける様に、マスルールとドラコーンとピスティがそうジャーファルに言う

それを聞いたジャーファルは「はぁ…」と溜息を洩らしながら

 

「仕方ありませんね…」

 

と承諾した が…

 

「ただし、深酒は厳禁! 真夜中でお開きです。 いいですね?」

 

と、注意されるがここは素直に全員「はーい」と頷いた

 

「では、さっそく一献差し上げよう。 ジャーファル」

 

そう言って、ドラコーンがジャーファルに酒を進める

しかしジャーファルは困った様に

 

「ですが…」

 

「なに、一杯だけだ! それなら良かろう?」

 

と、ヒナホホまでに進められ流石のジャーファルもついに折れた

 

「はぁ…分かりました、頂きます」

 

そう言って、杯を差し出した

その杯にドラコーンが酒を注ぐ

 

「こうしてお主と飲むのも久しぶりだな」

 

「そうですね…この所、色々と雑務に追われていて…あ、ドラコーン殿 今日は鱗が綺麗ですね。 また脱皮したのですか?」

 

「ん? ああ、今回は上手くいったのだ。 私の形の抜け殻が見事出来たよ」

 

「ははははは、いつも顎の下あたりに少し残ってるからな古い鱗が。 な、ジャーファルこの魚の鱗も見事だろう? 美味いぞ~食え食え!」

 

「魚の鱗と一緒にするでない」

 

勧められた魚を見て、ジャーファルは一言

 

「これは…鯛ですね?」

 

「生憎、バルバッド産のエウメラ鯛ではないがな。 本当ならあれが一番なんだが、手に入らんのだ」

 

「今、あの国は政治が乱れてほぼ鎖国状態だからな」

 

ドラコーンの言葉に、ジャーファルが小さく頷いた

 

「ええ…仰る通りです。 バルバッドはシンドリアにとって重要な貿易相手ですから…一刻も早く船舶貿易を再開させないとこの国も立ち行かなくなってしまうのですが…書状を送っても梨の礫で…七海連合からもあったったりしているのですが―――…どうにも埒があかないのです。 正直…万策尽きました…」

 

ジャーファルの話を聞いていたドラコーンは小さく息を吐いた

 

「それが、最近のお前の悩みか…」

 

「無論、全部ではありませんが…最も大きなもののひとつですね」

 

「後は、エリスの問題だろう?」

 

ヒナホホの言葉に、ジャーファルが「ええ…」と呟いた

 

「一体、今は何処で何をしているのか…王が何度か会話しているのですが…一向に戻ってくる気配もありませんし…」

 

「まぁな、シンドバッドはずっとエリスと一緒だったからなぁ…こんなに離れているのは初めてだろう」

 

ヒナホホが頷きながらそう言う

 

「はい、確か最初に攻略したバアルの迷宮で出逢ったとか…それからずっと共にいたそうです」

 

ジャーファルの言葉に、ドラコーンが懐かしむ様に頷いた

 

「バアルか…懐かしいな」

 

「そういえば、ドラコーン殿はバアルの攻略の際、ご一緒なされたとか…」

 

「ん? ああ、一緒というより あの時は敵対していたからな」

 

「へぇ、そうなのか?」

 

バアル攻略の時の事を知らないヒナホホは、そう声を洩らしたが

 

「そういえば、ヴァレフォールの時も敵だったもんなぁ…ジャーファル、お前もな」

 

そう言って笑い出した

ヒナホホのその言葉に、ジャーファルは恥ずかしそうに

 

「言わないで下さい…あの時の事は…」

 

と、咳払いをした

どうやら、ジャーファルにとってそこは触れて欲しくない黒歴史らしい

 

「あの時、シンの味方をしていたのはエリスだけでしたね……」

 

「そうだな」

 

「ああ…」

 

しみじみと言うジャーファルの言葉に、ヒナホホとドラコーンが頷いた

 

「エリスはいつだってシンの味方でした。 ですから、きっと今回の行動もシンの為だと私は思っています。 …ただ、それを相談してくれなかったのは、少し…寂しい気もしますがね」

 

そう言うジャーファルの顔は、何処か憂い意を帯びていた

その時だった

 

「よし、ジャーファル。 今日は私が部下に教えている言葉をひとつ。 お主にもお渡ししよう」

 

「言葉…?」

不思議そうに、ジャーファルが首を傾げる
すると、ドラコーンは

 

「それは…“けじめ”というものだ」

 

「けじめ…ですか?」

 

「うむ、やる時はやる。 休む時は休む。 これが何より重要であってだな、つまりは…」

 

「つまりは?」

 

「飲むときは仕事を忘れて飲め! ほら!さっきからちっとも杯が減っておらぬぞ?」

 

そう言ってドラコーンがジャーファルに酒を薦める

だが、ジャーファルはきっぱりと

 

「いえ、まだ仕事が残っておりますので」

 

と、3人の会話にずっと聞き耳を立てていた他の連中は…

 

「ちょっと、聞いたー?シャル! まだ仕事に戻る気だよ!?」

 

「ほんと、どうすりゃぁいいんだよあの人」

 

と ピスティのひそひそ話に、シャルルカンが溜息を洩らした

その時だった

突然、バァーンと大広間の扉が開いたかと思うと―――――

 

 

「みんな! 楽しんでるか!!」

 

 

そこにいたのは――――

 

 

「シン…!?」

 

 

「「「「王サマ!!」」」」

 

 

と、驚く皆とは裏腹にシンドバッドはうきうきとした顔で

 

「何やら宴会があると聞いたのだが――――お、いい酒があるじゃないか!」

 

いそいそと、持参したグラスに酒を注ぎこむ

 

「うっわ、めっちゃ飲む気だ!」

 

「マイグラス持参してるぅ~!」

 

と、突っ込むシャルルカンとピスティとは逆に、ジャーファルは大きな溜息を洩らし

 

「まったく、あの人ときたら…っ!!」

 

頭を抱えるジャーファルを余所に、今度は目の前の女達を見るなり歓喜の声を上げた

 

「おお~! これはこれは! 綺麗所もこんなに集まって~さぁ、こっちにおいで!」

 

と、女達を侍らし始めたシンドバッドを止めに入ったのはやはりジャーファルだった

 

「待って下さいシン!」

 

そう叫びながら、ツカツカとシンドバッドに近づく

誰しもが、ジャーファルの雷が落ちる!と思った

しかし、それに気付いたシンドバッドは「ん?」と声を洩らし

 

「おお~! ジャーファル、お前に話があったんだ」

 

突然、話があると言われ、ジャーファルが一瞬言い淀む

 

「え…はなし…ですか?」

 

「ああ、近々 俺はバルバッドに発つからな」

 

「え…?」

 

ジャーファルが虚を突かれた様にその動きを止める

 

この王は今なんと言ったか…

バルバッドに発つ??? 近々???

 

すると、シンドバッドがもう一度

 

「だから、近々 バルバッドに向かって出発すると言ったんだ」

 

 

………

………………

……………………

 

え……

 

 

 

 

「バルバッ………、………、………、ええ!!!?

 

 

 

 

驚いたのは、ジャーファルだけではない

他の皆も「ええ!?」と声を張り上げた

 

だが、ジャーファルの驚き様は尋常では無かった

明らかに、動揺の色が顔から滲み出ている

 

「いきなり……どう、いうこと…です?」

 

「エウメラ鯛を食いに行く。 エリスと約束したんだ」

 

 

 

 

「は………?」

 

「エリスと約束って…いつ!?」

 

「ん? この間。 そのついでに、アブマドとサブマドの顔を見に行くのもありかもな」

 

そう言って、にやりと笑みを浮かべた

 

アブマドとサブマドというのは、現・バルバッド国王と副国王の兄弟である

シンドバッドがお世話になった前国王の息子だ

 

「シン……」

 

はっとした様に、ジャーファルが大きく目を見開いた

するとドラコーンが小さく頷きながら

 

「成程な…それは妙案かもしれん。 王自らが出向けば、バルバッド側も無視する事は出来ぬだろう。 とはいえ、正式な外交手続きを踏めば他国から要らぬ横槍を受ける可能性もある。 お忍びは、うってつけのやり方だ」

 

ドラコーンの言葉に、シンドバッドが息を吐いた

 

「本当はこれしかないと分かっていたんだろう? だが、言い出せなかった――――違うか?」

 

瞬間、ジャーファルの表情が変わる

 

「……そこまでお分かりなら、私が何故それを口に出さなかったかをご理解頂けているのでは?」

 

だが、シンドバッドは気付いていないかのように「いーや? 分からんなぁ」と答えた

 

「危険です! かの国は今混乱の最中にある。 いつ、内紛状態に陥ってもおかしくないです! シンドリアはまだ若い国です、貴方が…いえ、貴方とエリスどちらか一方が欠ければこの国はあっという間に瓦解する! 貴方達は、万が一の事態も絶対にあってはならないのです!!」

 

ジャーファルが説得する様にそう叫んだ

ジャーファルだってバルバッドとの問題を何とかしたい

その為にそうするしか方法がない事も分かっていた

分かっていたが、その方法だけは取れなかった 取れなかったのだ

 

すると、シンドバッドは溜息を洩らし

 

「やれやれ、仕方ないなぁ…そこまで言うなら“お供”を連れて行こう。 それなら、お前も安心だろう?」

 

その言葉に仰天したのは、他ならぬジャーファルだった

 

「仕方ないって…あんた! まさか、1人で行くつもりだったんですか!!?」

 

すると、シンドバッドはドヤ顔で

 

「エリスとのデートだからな」

 

と、自分的かっこよく決めてみる

 

「あり得ませんよ!! 何考えてるんです!!?」

 

「だから、連れて行くと言っているだろう」

 

「当たり前です!!!」

 

「当たり前なら、行って構わないな?」

 

「ええ!! ……………………………て、…あれ?」

 

一瞬、今自分は何と答えた…?

と、ジャーファルが固まっている内に、シンドバッドは立ち上がると

 

「よーしみんな! ジャーファルのお許しがでたぞ。 俺はバルバッドに行く。 付いて来たい者はいるか!?」

 

シンドバッドがそう叫ぶと、ジャーファル以外の全員が「はい」「はい」と手を上げた

 

「楽しみだぜ~バルバッドの女は結構情熱的だって言うし~

 

「シンドバッド様との旅行なら、贅沢出来そうだよね~」

 

「久しぶりに、エリスと会えると思うと楽しみだわ」

 

と、シャルルカンもピスティもヤムライハも行く気満々だ

 

「言っとくがお前ら、俺とエリスのデート時間は邪魔するなよ?」

 

 

「「「わかってます」」」

 

 

「…って、待って下さい!! 何みんな観光気分全開になってるんです!?」

 

 

 

そう突っ込んだジャーファルだったが、マスルールがぽつりと…

 

「ジャーファルさんは行きたくないんですか?」

 

「行きたい、行きたくない以前の問題です!!」

 

すると、シンドバッドは心外そうに

 

「ジャーファルは俺と旅行するのは嫌なのか?」

 

「いや、ちょっと考えれば分かるでしょう!? シンが不在になるなら尚更の事、政務を代行する人間が国を空ける訳にはいきません!!」

 

「そうか? お前がしごいてくれたお陰で我が国の官吏は十分に育ってる。 俺やお前が国を空けても半年やそこらは問題ない筈だ」

 

「それは……」

 

確かに、シンドリアの官吏達は最初とは比べものにならないぐらい成長している

半年やそこらで崩壊する事はないだろう

それは、育ててきたジャーファルが一番理解している

しかし……

 

「それとも、自分が育てた部下が信じられんか?」

 

「そんな事はありません! ですが…私は…っ」

 

そんなジャーファルの言葉に、反応したのはマスルールだった

 

「そうですか…残念です…折角いい息抜きになりそうなのに…」

 

“息抜き”

 

何気ないその言葉に、皆がぴくくっと反応する

だが、その意図を知らないジャーファルは呆れた様に溜息を洩らし

 

「あーはいはい、息抜きしたいなら皆さんで好きにして下さい。 行きたい人が行けばいいですよ」

 

半分投げやりに放たれたその言葉に、シンドバッドがぽんっと手を叩いた

 

「よし! だが、どうやら自己推薦では本当に行くべき人間が行けない可能性がありそうだ。 ここはみんなで誰かを“指名”するのはどうだろうか!」

 

 

「「「「「「「異議なーし!!」」」」」」」

 

 

ジャーファル以外の全員がそう叫ぶ

その言葉に、シンドバッドはうんうんと頷きながら

 

「選ばれた者は絶対に同行してもらうからな! 反論は認めん。 それで構わないな?」

 

と、ジャーファルに尋ねる

ジャーファルは我関せずという風に「ご勝手に」と答えた

 

「では、せーので指名してくれ! せーの!」

 

 

 

 

 

「「「「「「「ジャーファルさん!!」」」」」」」

 

 

 

 

 

 

 

「…………え?」

 

 

 

この時のジャーファルは今まで見た事ない位、変な顔をしていたに違いない

にやりとシンドバッドが笑みを浮かべる

 

「決まりだな」

 

「え? …………………ええ!?

 

「いってらっしゃーい」

 

ヤムライハが手をひらひらとさせる

だが、ジャーファルはそれどころでは無かった

 

 

 

「ええ―――――――!!!?」

 

 

 

とそこまで叫んで我に返る

ジャーファルが慌てて首を振った

 

「いやいや、待って下さい!! これは新たな苛めですか!!? 何故、私なんです!!?」

 

「反論はみとめない」

 

きっぱりとシンドバッドが言い切る

 

「そんな……っ」

 

ジャーファルがショックを受けている横からピスティはおねだりする様に

 

「ねぇ、シンドバッド様。 お付って、1人じゃ寂しいですよねぇ~?」

 

「ん? そうだなぁ…もう1人ぐらい居ても良いだろう」

 

すかさず、残りの7人が「はい」「はい」と手を上げる

それを見たシンドバッドは笑いながら

 

「いやぁ、そんなにみんな俺と旅したいのかー?」

 

などと冗談めかして言いつつ

 

「よし、今度は飲み比べて決めよう! 最後まで残ったものを連れて行く。それで異論はないな?」

 

 

「「「「「「「異議なーし!」」」」」」」

 

 

「って、あんた達…ただ飲む理由が欲しかっただけかよ!!」

 

ジャーファルが突っ込んだのは言うまでもない

だが、シンドバッドは気にもせず酒瓶を手に持つと…

 

「いーから、お前も飲め!!」

 

そう言うが否や、問答無用でジャーファルの口に酒瓶をぶち込んだ

それを見たヤムライハとピスティが思わず

 

「うわぁ~ラッパ飲み…」

 

「ジャーファルさん、やるぅ!」

 

すると、ドラコーンとヒナホホも負けじと

 

「負けてはいられんな」

 

「おう!」

 

「じゃぁ、王サマとジャーファルさんの旅の安全を祈ってぇ~!!」

 

 

 

 

「「「「かんぱーい!!!!」」」」

 

 

 

 

 

こうして、宴会は深けて行ったのだった

ちなにみ、ジャーファルはシンドバッドに無理矢理やらされた一気飲みが効いて、早々にダウンしてしまい…後の事は殆ど記憶にないのだった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   ****    ****

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はっ!」

 

ゆらゆらと揺れる身体に意識が覚醒する

ジャーファルは慌てて起き上がると辺りを見渡した

 

懐かしい感触

肌を撫でる潮風

鳥たちの鳴き声

波の音

 

「ここは…船の上!?」

 

そう――――ジャーファルは何故か船の上にいたのだ

 

「ああ、バルバッド行きのな」

 

不意に聴こえてきた声にハッとする

振り返ると、シンドバッドがそこに立っていた

 

「シン…! どういう事です!? 何故、既にバルバッドに出航しているのですか!?」

 

「ん? 近々と言ったじゃないか」

 

「明朝とは聞いていません!! それに私はまだ“行く”なんて…っ! ああ~大変な事になった…何の準備も出来ていないのに…っ」

 

頭を抱えるジャーファルに、シンドバッドは ほらっという風にジャーファルの横の荷物を指さし

 

「準備なら出来ているぞ」

 

一瞬、言われる意図が読めず、その指さす方を見ると――――

 

「これは…私の荷物…? いつの間にか荷造りが…って!こういう事を言ってるんじゃないんです!! 数日空けるとなれば、その間の仕事の引き継ぎ、指示、準備とはそういう―――」

 

「連中が上手くまとめてくれるさ。 その荷物と同じ様にな」

 

ふぅ…とシンドバッドが溜息を洩らす

だが、ジャーファルには分からなかったのか、きょとんとして

 

「え? それはどういう――――うっ…キモチワルイ」

 

「つわりか?」

 

 

 

「二日酔いです!!! 貴方に飲まされたんですよ!!!」

 

 

 

 

その時だった、向こうの方からマスルールがグラスを持って歩いて来た

 

「ジャーファルさん、水…貰ってきました」

 

「あの後、飲み比べはマスルールが勝ったんだ。 彼が同行する事になったぞ。 他のメンツはハイペースで飛ばして次々と沈没してしまったからなぁ…結果、淡々と飲み続けたマスルールが残ったんだ」

 

と、説明するシンドバッドを余所に、ジャーファルはマスルールから水を貰うとそれを思いっきり飲み干した

 

「ありがとうマスルール…はぁ、少し落ち着きました…」

 

すると、シンドバッドが手招きをした

 

「よし、ならこっちに来てみろ いい風だぞ」

 

言われてシンドバッドの方に歩いて行く

甲板で吹く風は心地よく、気持ち悪かったジャーファルの心を癒してくれるようだ

 

「輝く太陽と、陽に干された潮の匂い…久しぶりですね、こういうのも…」

 

「そうだな…」

 

「ええ…あの時は、エリスも一緒でしたね」

 

そう、シンドリア商会を立ち上げ、世界中を船で旅した

ずっと、シンドバッドの傍にはエリスティアがいた

どんな時も、2人は一緒だった

そのエリスティアが今はいない

彼女だけがいない―――――その事を気にしているのに、そう思わせる態度を示さないシンドバッドを見ているのが、ジャーファルには一番辛かった

 

その時だった

ふと、シンドバッドが呟いた

 

「旅を楽しめ、ジャーファル」

 

「え……?」

 

「シンドリアの事は、残りの連中がしっかり面倒みてくれるさ。 だから、この旅の最中は王宮の仕事を気に掛けるのは禁止だ、いいな」

 

「シン……?」

 

「みんなもそれを望んでいる」

 

そこでジャーファルは はっとした

皆の思わせぶりな態度

シンドバッドの強引なやり口

それはすべて――――……

 

「もしかして、今回私をお連れ下さったのは―――――」

 

そこまで言い掛けて、言葉を止めた

そして、小さくかぶりを振ると

 

「いえ、なんでもありません」

 

野暮な事は言うものではないと判断したのか、ジャーファルは微かに笑みを浮かべた

 

「……私はいい仲間を持ちました」

 

「当たり前だろ?」

 

「え…?」

 

「資源も無い、土地も無い、あるのは海だけのシンドリアにとって唯一の財産は“人”。 国民と、エリス――――そして、お前達八人将だからな」

 

「シン……」

 

ジャーファルがシンドバッドの言葉に、感極まった様に涙ぐむ

すると、シンドバッドは笑みを浮かべ――――

 

「さて、と、船の上じゃぁしばらくする事もないし――――」

 

と言いつつ、何処からかもって来た酒瓶を並べだした

 

「え″…?」

 

「早速飲むとするかぁ!」

 

「は?」

 

「迎え酒だ! すっきりするぞー」

 

「…………………」

 

最初言葉を失った様に固まっていたジャーファルだが、次の瞬間笑い出した

 

「は、はは、あはははは…! 貴方という人は、まったく……っ。 分かりました、船の上で飲むのはいいですけれど、港に付いたら控えて下さい。 何しろ向こうは――――」

 

「安心しろ、言われなくとも分かってるさ」

 

「酒臭いと、エリスにまた叱られますよ?」

 

その言葉に、シンドバッドが 「うっ…!」 と口籠る

 

「き、気を付けるさ…」

 

そう言いつつ、結局飲み始めるシンドバッドにジャーファルは溜息と同時に笑みを浮かべたのだった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お疲れジャーファルさん」ネタ、ここに完結ww

かなり長い話になっておりますが、もうここは切れなかったので

一気書きする事にしましたww

文字数的に10000文字越えてるというww

久々にこんなに長いの書いた(´∀`)

 

なにはともあれ、シンドバッドはバルバッドへ向かって出航しました

後は…夢主サイドですな!

 

2015/05/01