雪華の願い ~月詠梅花~

 

 一章 残雪 4

 

 

「瞬兄!」

 

ゆきが瞬の元へ駆け寄ると、瞬は一瞬驚いた様に大きく目を見開いた

が、すぐに厳しい顔に変わる

 

「ゆき……、下がってください。言った筈ですが」

 

「だって……っ」

 

いつもそう言って瞬はゆきを守ってくれる

でも、瞬が危険な目に合うかもしれないと言う時に ゆきとて引き下がる訳にはいかなかった

 

「私も戦う!」

 

「ですから……っ」

 

“戦う” と言うゆきを諌める様に 瞬が言葉を発しようとした時だった

 

「言ってる場合かよ」

 

そこへ、後から追い掛けてきた都が旋棍を構えてゆきの前に出る

瞬間

 

 

ギシャァァァァァァァ

 

 

 

目の前の怨霊が大きく唸り声を上げた

 

「………くるっ!」

 

ゆきが咄嗟に剣を構える

が、それは一瞬 遅かった

瞬く間に間合いを詰めた怨霊が、ゆきめがけて持っているボロボロの刃物を振りかざしてきたのだ

 

「…………っ」

 

突然の事に、思わず身体が硬直しそうになる

 

「ゆき!」

 

都の叫び声で我に返り、慌ててその攻撃を避けようと体制を変えようとした瞬間、一瞬にして瞬の腕に引っ張られた

 

「瞬兄っ!」

 

あっという間に、ゆきをその背に庇うと 瞬は剣を大きく怨霊めがけて斬りかかる

 

「こいつ!!」

 

そこへ、すかさず都が攻撃を繰り出した

が、その怨霊は それを軽くあしらう様に避けると、そのままニタリと気持ちの悪い位 口の端を上げた

 

「ちっ……!こいつ、見かけによらず早いぞ!」

 

都が舌打ちするのと、瞬が剣を構え直すのは同時だった

 

「ゆき、怪我はありませんか?」

 

「う、うん、ありがとう。瞬兄、都」

 

ゆきが、申し訳なさそうに少しだけ肩をすぼめながら謝ると、瞬は小さく息を吐いた

 

「……どうやら、ここで生き延びるには 戦うしかない様ですね」

 

「何なんだ、このバケモノは?……嫌な声がする」

 

都がそう言いながら、一歩後ろへと下がる

瞬間、怨霊がギシャァァァァァァァと叫んだかと思うと、ゆきめがけてそのボロボロの刃物を振りかざしてきた

咄嗟に、それを瞬が受け流す

 

「瞬兄!」

 

ゆきが、叫んだ

だが、瞬はすかさずそのまま怨霊に斬りかかった

瞬に斬られて、怨霊が奇声発する

 

キイイイイイイイン

 

何……っ!?

 

耳鳴りの様に響くその“音”ゆきは思わず、耳を塞いだ

だが、その音は耳というより直接頭に響く様で、耳を塞いでも収まらない

 

と、その時だった

都がぐらりとその身体をよろめかせた

 

「都!?」

 

ゆきが、慌てて駆け寄る

都の顔は真っ青だっ

 

「都、具合が……」

 

ゆきが、心配そうに都の肩に触れた

 

「いや、平気だ……ちょっと変な声が聴こえてくるだけで……」

 

そう言うが、都の顔色は真っ青だった

 

「都、休んでい―――――っ!?」

 

「休んでいて」と言おうとした時だった

あの怨霊が瞬の間をすり抜けて、ゆきめがけて襲ってきたのだ

慌ててゆきが剣を構える

が、瞬間、怨霊の背後から瞬の一撃が振り下ろされた

 

 

ギャアアアアアアア

 

 

怨霊の断末魔が辺り一帯に木霊する

 

「……やったのか……?」

 

都の声に、瞬は小さくかぶりを振った

 

「いや……」

 

その時だった

 

   ―――――――リン……

 

え……?

 

どこからからあの鈴の音が聴こえてきた

 

今、また鈴の音が聞こえた様な……?

 

気のせいだったのだろうか……

その時だった

 

キシャアアアアア

 

倒した筈の化け物が、徐々に元の形に戻っていくではないか

ぎょっとしたのは、ゆきだけでは無かった

 

慌てて都も旋棍を構える

 

「復活するのか!?この化け物たち……!!」

 

そうこう言っている内に、怨霊はどんどんもとの形に戻っていく

瞬は、唇を噛み締めると、都とゆきを背に庇いなが後退を始めた

 

「動きを封じる方法が無いなら、逃れた方が得策です。俺が足止めをするので、その隙に―――」

 

だが、ゆきからの反応はなかった

ゆきは、怨霊の先の何かを見つめる帳に、大きくその碧色の瞳を瞬かせた

 

「……ゆき、聞いてますか?」

 

「……………誰?」

 

―――――リン

 

また、どこからか鈴の音が聴こえてきた

 

「おい、どうしたんだ?」

 

都の声が微かに聴こえる

だが、ゆきの耳には届かなかった

 

「…誰……なの………」

 

「は? おい、ゆき!?」

 

何かを呟くゆきの肩をぐいっと都が引き寄せる

 

  ”――――龍の声に応えて”

 

      ――――――リーン

 

 

「……聞こえるの」

 

姿は見えない

だが、透き通る様な綺麗な女の人の声だった

 

声がする……

それに、あの時と同じ、鈴の音……

 

「……ゆき?」

 

頭に言葉が浮かぶ

“彼女”教えてくれる

 

「……めぐれ、天の声……。響け…地の声」

 

瞬間、ゆきの周りの空気が変わった

瞬が、何かに驚いた様に息を飲む

 

教えてくれる

 

 

 “彼女”が――――教えてくれる

 

 

「――――かの者を、封ぜよ!」

 

そうと唱えた瞬間だった

目の前の怨霊がぱああああと光り輝いたかと思うと、光に渦にのまれる様に消えて行ってしまったのだ

もう、そこにはあの重苦しい空気はどこにも無かった

 

清浄な、澄んだ様な空間になっていた

 

「……………」

 

「…化け物が……消えた………?」

 

都は信じられないものを見た様に、何度もを目擦った

確かに目の前で復活し始めていたのに、その怨霊は跡形もなく消えてしまったのだ

あの酷かった耳鳴りも、気持ちの悪さも消えている

 

だが、ゆきのは自分が何をしたのか理解出来ていなかった

 

「今の……は?」

 

瞬間、どっち力が抜けてその場にへたり込む

それを見た都がぎょっとしてゆきに駆け寄った

 

「おい、大丈夫か!?痛い所とかないか?」

 

「………うん、平気」

 

ゆきは、なんとか笑みを浮かべてそう答えた

その様子に、都がほっと肩を撫で下ろす

 

「……ったく、いくら剣で賞をいくつか取ってるからって、あんまり無茶はするなよな。飛び出していくから冷や冷やしただろうが!」

 

そう言って、こつんとゆきの頭を叩いた

 

「……え?あ、うん、……ありがとう、都。……私は大丈夫」

 

「そっか、ならよかった。…ったく、どうなってんだここは?今の化け物が怨霊ってヤツなのか?しかも、あいつゆきばっかり狙いやがって……!」

 

「あ、うん…さっきの人は、そう言ってた」

 

確か、先程あった男はそう言っていた

この国には怨霊がいると

 

「……それより、今のは……?」

 

瞬の問いに、ゆきは小さくかぶりを振った

 

「……分からない。どこからか、鈴の音が聴こえて来て…そしたら、女の人の声が――――」

 

「女?」

 

「……うん、すごく綺麗な声だった。その人が教えてくれたの」

 

ゆきの言葉に瞬と都が顔を見合す

 

「女の声……?」

 

二人には、そんな声聴こえなかった

鈴の音も聴こえていない

 

 

「何が起こっているのか……自分でも分からないの……何で怨霊、消えたのかな……?」

 

ゆきが、不安そうに顔を俯かせた

そんなゆきを、元気付ける様に都は

 

「ああ、あんまり考えこむなって!怨霊ってヤツがきえたんなら、ひとまず安心だろ?それに―――」

 

そう言いながら、辺りを見渡す

見慣れない建物

見慣れない服を着た人達

そして、極めつけに怨霊

 

「この状況こそ、訳わからないって!まず、ここは何処なんだって話だ。日本…みたいだけど、なんか違うよな?」

 

「あ……」

 

その言葉に、ゆきはあの人が言っていた事を思いだした

 

「それもさっきの人が言っていて…えっと……。確か、ここが下関の近くで、長州藩で攘夷がって……」

 

そう確かにあの坂本と呼ばれていた男は言っていた

 

ここは下関で、藩で言えば長州藩。攘夷運動の旗頭で、今は幕府と対立してる

そう言っていた

 

だが、ゆきのその半分も理解出来なかった

 

「攘夷?長州?……それって、どこ?」

 

都も思いつかなかったのか…ゆきと二人して首を傾げる

 

「分からない……地名なのかな?瞬兄、分かる?」

 

ゆきのその言葉に、瞬は小さく息を吐いた

 

「長州は昔の地名です。本州の西端、現代の山口県にあたります。……攘夷と言えば、幕末期にあった事ですが……」

 

「幕末?聞いた事はあるけど……」

 

ずっと、外国で暮らしていたゆきには、耳慣れない言葉だった

 

「封建社会の江戸時代から、近代国家である明治時代へと体制が変わる、動乱の時代の事です」

 

えっと……つまり……

 

「江戸時代から明治時代で、…動乱の時代……じゃぁ、ここは――――」

 

そこに口を挟んだのは、他ならぬ都だった

 

「昔の日本って事かよ?けど、昔の日本って、あんな化け物がうようよしてたのか?」

 

都の言葉に、瞬が小さくかぶりを振った

 

「いや、ここは俺達の知っている世界ではないかもしれない」

 

知ってる世界ではない……?

 

「あの…それは、どういう事?」

 

「俺達の世界とは違う時空の日本。その世界の幕末期という事です」

 

違う時空……

パラレルワールドの様なものだろうか

 

瞬の言葉に、都が納得いったという風に溜息を付いた

 

「ま、あんな化け物がいるんだ。私達の知っている日本とは違うって事だけはビンゴだな」

 

そこまで言って、都は少しだけ顔を顰めた

 

「………だからなのか…・・・?嫌な声がずっと聴こえる」

 

「都?また?最近ずっと平気だったのに……。大丈夫?頭痛いんだよね…つらくない?」

 

ゆきの言葉に、都は何でもない事に様に笑って見せた

 

「全然!最近、こういうのなかったから、ちょっと驚いただけだって」

 

昔に比べれば、全然良くなった方が

昔は酷かった

ずっと、頭の中で変な声が響いていた

だから、誰もが都を怖がった 誰も近寄ろうとはしなかった

でも、ゆきだけは違った

ゆきと居る時だけは、普通でいられる

 

「……心配させたみたいだな、悪い。みっともないよな、混乱してるのはお前も同じなのに」

 

都のそのことばに、ゆきが首を振る

 

「そんな事……」

 

「あーだから、平気だって。な?そんな顔するなよ。お前は何があっても必ず私が守ってやるから」

 

そう言ってにっこりと微笑んだ後、都はスッと手を差し出した

 

「ほら、なんなら手繋いどく?」

 

その言葉に、ゆきはくすりと笑った

 

「もう、都ってば…。でも、平気ならよかった」

 

そう言って、都の手を取ろうとした時だった

 

 

―――――リン

 

 

  “――――いけない”

 

 

 

何処からともなく鈴の音と、あの女の人の声が聴こえたかと思った瞬間

 

 

 

     『――――――――っ』

 

 

 

 

わあああああああ!!!

 

 

 

 

 

何処からともなく、何かの悲鳴のような声が聴こえてきた

それと同時に、人の叫び声が聴こえてくる

 

「え……?」

 

『――――――っ』

 

………ウウ…………テ…………

 

「……悲鳴が聴こえる…」

 

頭に直接声が響く

 

苦しいと

助けてくれと、叫んでいる

 

 

貴方は、誰………?

 

 

「何者かが、襲われている様です。彼らの悲鳴でしょう。俺達も、ここを去った方が――――」

 

――――――チリン

 

 

鈴の音が聴こえる

 

助けてと、泣き叫んでいる

 

違う

もっと頭の中に響いてくる声

鈴の音と一緒に、苦しそうな……

 

 

――――――チリン

 

 

『―――――――――っ』

 

 

      ………タス…ケ……テ…………

 

 

「助けってって、呼んでる声が聴こえる」

 

そう思ったいてもたってもいられなかった

 

「おい、待てよ!……何処へ行くんだ!!」

 

ゆきは、都の制止も聞かずに慌てて駆け出した

 

 

 

 

 

 

 

 

 

     “お願い―――あの人を、止めて――――……”

 

 

 

 

 

 

声だけが、頭の中で木霊していた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今回は、名前変換は無しです

でも、一応声だけ出てますww

すません……

 

名前だすタイミングが無かったよww

でも次回は出るかな…?

高杉の玄武ピシャ―の回だしww

 

2013/07/11