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◆ love at first sight:fifth contact(hrhn)
―――某TV局控室
「……」
その日、人気絶頂中の漫才コンビ“祓ったれ本舗”の夏油傑と、そのマネージャーの神妻昴は、控室で微妙な顔をしていた。というのも、夏油の相方の五条悟が、これでもかというくらい、上機嫌で鼻歌を歌いながら、メールをチェックしていたからである。
というのも、先日の一件でめでたく(?)、五条が想いを寄せていた子と正式に「恋人関係」になったのだ。それからというもの、五条の浮かれっぷりは半端なかった。収録中も無駄に笑顔を振りまき、何人の女性タレントや、女優・モデルたちが犠牲になったことか……。しかし、当の本人はまったく気付いておらず、彼女一筋のようだった。
「よくない……」
昴が、ぽつりと呟いた。その言葉に、夏油も静かに頷く。このままでは、五条の浮名が芸能界に轟き、はたまた犠牲になる者が後を絶たない。その内、あれこれマスコミが書き出して、変なスクープをしてこないとも言い切れないからだ。
「そうだよね、悟が幸せなのは分かるけど、ちょっと浮かれすぎ――」
「このままでは、凛花の純潔が悟の魔の手に掛かってしまう……っ!!!!」
「え゙……?」
余談。
凛花というのは、昴の最愛の妹で、五条の彼女でもある。つまり、五条が浮かれている、最大の原因なのだ。夏油的には2人の事は祝福しているし、やっとくっついたか。というのが否めなかったのだが、昴はやはりそうではないらしい。ぷるぷると握った拳を震わせながら、顔面蒼白になっている。
「はっ! まさか……っ! 俺の可愛い凛花と、既にピ――な事や、ピピ――な事してないだろうな!!? 悟め、許すまじ……っ!!」
「あの、昴……?」
「駄目だ! お兄ちゃんは、まだそこまで許容出来ない!!! 手を繋ぐのだって、2人きりで会うのだって、許せないのに……っ!! おのれ! 悟うううううう!!!!!」
「……」
ここは、止めるべきなのだろうが……。二次被害を被りたくない夏油は思わず、無言になってしまう。そうこうしている内に、昴が五条に詰め寄っていた。
ごめん、悟。流石の私も、この昴は止められないよ……。
と、夏油が思ったのは言うまでもない。
**** ****
―――夕方
「ったく、何なんだ、昴のヤローは! 事ある毎に“凛花にこれ以上近付くなー!”とか、“手を繋ぐのも許さん!”とか、訳わかんねー! 凛花は俺の彼女だってのっ」
廊下を歩きながら、五条はぷりぷりと昴への愚痴を零していた。その横で、夏油が苦笑いを浮かべている。ちなみに、今日は珍しく夕方からオフだったので、こうして、TV局を後にしている訳なのだが……廊下にはまだスタッフや、タレントが歩いているので……。
「悟、声が大きいよ。誰が聞いてるか分からないだろう? 凛花ちゃんをスクープのネタにされたくなかったら、もう少し――」
「んあ? 別に俺は隠す気なんて……」
「うーん、そうかもしれないけど、その辺は事務所の判断仰がないとね。それに、迂闊な事言うと、凛花ちゃんにも迷惑掛かるだろう? 私達は芸能人でも、彼女は一般人なんだから」
「それは――」
そう言いながら、五条が不満そうな顔をしつつも、押し黙る。そう――凛花は、マネージャーの昴の妹というだけの、一般人なのだ。もし、スクープなどマスコミに取り上げられたら、それこそ彼女に多大な迷惑を掛ける事になってしまう。それは、五条も十分に分かっているし、するつもりは毛頭なかった。
でも本当は、凛花の事を考えると、もっと一緒に居たいと思うし、触れ合いたいとも思う。昴は――まぁ、こんな事を思ってる事がバレたら、何を言われるか分かったものではないが、何だかんだで、いざという時は味方(?)でいてくれると信じている。
しかし――五条の脳裏には先日の“デート”での事が過る。手を繋ぎたいと言った時、真っ赤になって照れた凛花の表情や仕草が可愛くて堪らなかったのだ。あの表情を、声を……自分だけのものにしたいと思うし、許されるなら今すぐにでも“抱きたい”という衝動にも駆られ――。
って、俺は何を考えているんだっ。
そこまで考えて、五条の理性がストップを掛けた。が、相方の夏油には全てお見通しだったらしく、横で呆れたように溜息を漏らされた。
「んだよ……」
「いや、別に? 幸せそうだなぁって思っただけだよ」
そんな冗談を言いながら、くつくつと笑っている。
くっそー、傑のヤツ、面白がってやがるな……。
と、五条も内心では思っていたのだが、それを口に出したら負けな気がして黙っている事しかできなかった。そして、それはTV局を出た瞬間に起こった。
「あ、五条さん。この間の撮影ぶりですね」
「ん?」
不意に、誰かに後ろから声を掛けられたのだ。振り返ると、そこには綺麗な顔をした、女性が立っていた。一瞬、五条が首を傾げる。
「あー」
誰だっけ?
そんな事を考えていると、横にいた夏油がそれを察したように、こそっと耳打ちしてくれる。
「悟がこの間一緒にグラビアの撮影した、トップモデルの愛名ゆう子だよ」
そう言われて、そんな事もあったかなと思い出すが……あの時は、夏油と一緒に凛花がいるという事実に、それどころではなく、とにかく早く撮影を終わらせようと、そればかり考えていて、相手が誰とか微塵も記憶に残っていなかった。のだが、それを言う訳にもいかず……。
「あー久しぶり、えっと、愛名」
と、適当に誤魔化した。が、ゆう子は五条がそんな事を考えているとは露とも知らず、名を呼ばれたことに、歓喜した。
「名前、覚えててくれたんですね! 嬉しい~!」
「え、あ、ああ……まぁ、な」
とりあえずそう返すと、ゆう子がくすっと笑みを浮かべた。そして、その細い手を伸ばしてきたかと思うと、するっと五条の腕に絡めたのだ。そして、上目遣いで、じっと五条を見つめると、
「ふふ、もしかして五条さん、私に気があるんですか? いいですよ、五条さんなら――」
「は?」
その言葉に、五条の顔が引き攣った。しかし、ゆう子はそんな五条の反応など気にもしていないようで、更に身体を密着させてくる。その所為で、彼女の豊満な胸が腕に当たってしまい……。
う……っ! やべー、胸デカくて柔らけーし、気持ちいい……。
と、一瞬意識を持って行かれそうになったが――。
って、違う!! これは凛花じゃない!! 俺は一体何を考えているんだ!
「お、おい、離れ――っ」
「ねぇ、五条さん。この後時間あります? 良かったら……私と、一緒に――」
と、ゆう子が誘惑するかのように、五条に更に胸を押し付け、詰め寄った時だった。突然、五条の肩をぐいっと後ろへ引っ張る手があった。その手に五条がはっとする。そこにいたのは……。
「うちのタレントに、ちょっかいかけないで貰えるかな? 愛名さん」
「す、昴っ!?」
そこには、般若を背後に抱えた昴が立っていた。ちなみに、その後ろで夏油がスマホを片手にⅤサインをしている。どうやら、この一瞬の間に、夏油が昴を呼んでくれたようだった。
「ほら、いくぞ悟。傑も。じゃ、愛名さん、また仕事が被る事があった時は、宜しくお願いします」
そう社交辞令のように言うと、昴が五条をずるずると引っ張って行ったのだった。
―――移動中の車の中
「お前な、“一応”凛花の恋人なら、他の女にちょっかい掛けられんなよな! もし、少しでも邪な事考えてたら、お兄ちゃんは全力で、お前と凛花を別れさせるからな!!!」
と、移動しながらのお説教が始まった。五条はというと、理不尽だと言わんばかりに、不貞腐れている。
何で俺が怒られなきゃなんねーんだ! 悪いのは、あのモデルの方だろっ!? 俺は、誘いを断っただけだってのに……。
そんな2人のやり取りを聞いていた夏油が、苦笑気味に口を挟む。
「まぁまぁ、悟は、彼女の名前すら覚えてなかったぐらいだし、それだけ、興味無いって事じゃないかな。まぁ、万が一何かあると面倒だからね。悟、いくら美人でも簡単に付いて行ったりしたら駄目だよ?」
「は? いかねーよ。つか、大して美人って訳でもなかっただろ」
そう言い切ってしまう五条に、夏油と昴が顔を見合わせた。愛名ゆう子は顔も綺麗だし、あれでトップモデルだからスタイルも良い。あれはどう見ても、美人の部類だろう。だが、五条にはそもそも一般的な“美人”の基準が分からないらしい。
「……それ、他で言うなよ」
「うん、言ったら彼女のファンに殺されるからやめたほうが良いよ」
「は?」
どうやら、この手の話は五条には理解出来ないようだった。そうこうしている内に、車が神妻家の屋敷の前に止まった。車を降りると、使用人頭の牧田が出迎えてくれる。
「お帰りなさいませ、昴様。五条様も夏油様も、お待ち申しておりました」
そう言って、深々と頭を下げてくる。昴と五条は慣れた様に、軽く手を上げた。夏油はというと、まだこういうのには慣れないのか、苦笑いを浮かべて、
「ありがとうございます」
と、丁寧にお礼を言ってた。
「今日は、うちで夕飯食べてくだろう? “ついで”に凛花にも逢わせてやろうか?」
にやりと笑ってそういう昴に、五条が反論するかのような笑みを浮かべて、
「凛花に逢う“ついで”に、飯を食ってやってもいいぜ?」
「……」
「……」
何故か2人の背後に、黒いドーベルマンと雪豹が見える気がするのが、気のせいだろうか。と、夏油が思ったのは言うまでもない。その時だった。
「お兄様? ……あ、夏油さんと、五条さ――「凛花――――!!!!」
不意に、凛花の声が聞こえたかと思ったが、彼女が五条の名を言い終わるよりも早く、昴が凛花に抱き着いた。驚いたのは、他ならぬ凛花で……。その深紅の瞳を瞬かせながら、唖然としている。
「今日も、無事だったか!? 危険な目に合ってないか!? 会いたかったぞ―――!! 愛しの妹よ!!!!」
「お、お兄様……っ、あの……」
凛花が困惑気味にしていると、べりっと突然手を伸ばした五条が、そのまま昴を乱暴に引き剥がす。そして、その昴を夏油に投げつけた。
「あ……」
凛花が、はっとして顔を上げると、目の前にいる五条に気付く。
「よ、よぉ……元気、だったか?」
「あ、はい……その、五条さんも……」
そこまで言い掛けて、かぁっと凛花が頬を赤らめた。そんな2人を見て、昴と夏油が顔を見合わす。瞬間――。
「は……っ! まさか……っ、悟の奴、前に凛花に不埒な真似をしたんじゃ――もがもが」
なんか、とんでもない事を口走り始めたので、夏油が素早く昴の口を手で塞いだ。そして、何もなかったかのように、
「悟―? 私達は先に行ってるからねー。さ、行こうか、昴、牧田さん」
そう言って、何やら暴れる昴を引きずりながら、牧田と一緒に屋敷の中へと入っていく。残された五条と凛花は、お互いに顔を見合わせると、頬を赤らめた。
彼女とこうして直に顔を合わすのは、いつぶりだろうか。そう思うと、酷く緊張した。早く逢いたかったと思う反面、実際に逢ったらどうしてよいのかわからなくなる。でも、彼に触れたいと思った。
「凛花……」
言葉が上手く出ない。でも、もうこの気持ちを抑えていられそうになかった。だから――。
「その……、触れても――いいか?」
五条のその言葉に、凛花がその瞳を大きく見開く。が、次の瞬間、顔を更に赤らめると、こくりと頷いた。それを「了承」と取ったのか、五条がゆっくりと手を伸ばすの、そのまま凛花の身体を引き寄せた。
「あ……」
そうして――気付けば、凛花は五条の腕の中にいた。とくんとくんと、心音が心なしか早く聞こえる。それが自分のものか、それとも彼のものなのか分からない。でも、決して不快ではなく……むしろ、心地よくて安心出来た。
その所為か、自然と身体から力が抜けていくのが分かる。そして――それを見計らったように、五条の大きな手が凛花の背中に回ると、ぐっと自分の方へ引き寄せたのだ。
彼の手の感触を直に感じるようになってしまい、凛花の身体が一気に熱を帯びるのが分かった。だが、それは五条も同じで……抱き締めた瞬間から心臓がバクバクと煩い程鳴っている。
緊張しているのに、酷く安心も出来た。それは、きっと相手が凛花だからだろう。
「凛花……」
名を呼び、抱き締めるその手に力を籠める。
彼女が愛おしい。彼女の全てが欲しい。彼女に――触れたくて堪らない。
そう思った瞬間、気付けばその手が彼女の頬を撫でていた。一瞬、凛花がぴくっと肩を震わせるが、その手に身体を預けるように瞳を閉じたのだ。そして……。
そっと、その柔らかな唇に自分のそれを重ねる。ただ、触れるだけのキスだったが、それでも心が満たされた気がした。
それから少しして唇を離すと、凛花が頬を染めてこちらを見上げていた。そんな可愛らしい仕草に堪らなくなる。もう一度、彼女にキスをしたくなったのだが、ふと思い出すと、ここは前庭だった事に気付いてしまった。つまりは、使用人や家族達がいつ通るか分かったものではないのだ。
でも、もう少しだけ……。
そう思って、再び顔を寄せようとした時だった。
「悟ううううう~~~! これ以上、我が家での不埒な真似は許さあああん!!!!」
何処からともなく、屋敷の中へ入った筈の昴の雄叫びが聞こえてきた。それを聞いた瞬間、はたっと五条と凛花の2人が我に返る。が、次の瞬間2人して、吹き出してしまった。
「ん」
すっと、五条が凛花に手を指しだす。すると、凛花が頬を赤らめつつも、嬉しそうに微笑んで、その手を取った。重なった手がほのかに、熱を帯びる。その手の温もりを確かめるように、五条は指を絡めた。
誰に邪魔されように。
――この手だけは、絶対に離さないと誓いながら。
2026.02.12

