INNOCENT LYNC
-イノセント・リンク-
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◆ ヴァイオレット・クイーン5
―――憩来坂町・坂本商店
「商店街の大サバゲー大会?」
一週間後――莉紅が坂本商店へ来ると、何故かその話で持ち切りだった。ルーもシンもいつも以上にテンションが高い。よく見ると、あれだけぼろぼろだった店内や外装も綺麗になっている。
「オネーサンも見にくればよかったネ!」
ルーがそう言いながら、その時の事を思い出したかのように、すちゃっとエアガンを構える仕草をする。
「店長も、シンもすごかったヨ! こう、敵をちぎっては投げちぎっては投げ……」
「そこを、この俺がズガン!! っと決めてだな~~! な! ピー助!!」
「ピッ!」
と、何故かそこで返事をしたのは、シンではなく、いつの間にかここに居座り出した(正確には、廃棄される肉まんなどを目当てに寄るようになった)平助だった。が……。
「……お前の所為で、賞金が半分は減ったんじゃねーかよ!!!」
シンがすかさず突っ込んだ。いまいち彼らの話の流れが見えず、莉紅が首を傾げる。
「ごめんなさい。話の流れが良く見えないのだけれど……」
そもそも、平助は坂本を狙った殺し屋ではなかっただろうか。それが何をどうしたら一緒に、大サバゲー大会に出場する事になるというのだ。それとも、自分が来てない一週間の間に、そんなに仲良くなったとでもいうのだろうか。
正直、まったく状況が読めない。
「太郎君」
カウンターの中でいつもの様に、新作のカップラーメンを食べている坂本を見る。だが、莉紅はそんな坂本に詰め寄るように、にっこりと満面の笑みを浮かべると。
「説明してくれる?」
『めんどくさい……』
あ、坂本さんが「めんどくさい」とか思ってる!!
シンが思わず、心の中でそう突っ込んでいると、まるでその心を読んだかのように、莉紅が胸元からある小瓶を取り出した。
「これ、何か分かるかしら?」
ゆらゆらと揺れる綺麗な紫の謎の液体の入った小瓶が、坂本の前に出される。それを見た瞬間、坂本の顔が引き攣った。そしてぶるぶると、顔を思いっきり横に振り始めた。
「なんっすか、それ……」
シンがおそるおそる莉紅にそう尋ねると、莉紅はにっこりと微笑んで、
「これは、ベラドンナとチオペンタールをミックスさせた、特製の薬物なの」
「へ?」
「大丈夫よ、両方とも国内で有益な“薬”に使われてるのよ。まぁ勿論、用法・用量をしっかりと守れば――の話だけれど」
そう言いながら何の前触れもなく、きゅっぽんっと、小瓶の蓋を開ける。
「大丈夫よ。ちょっと濃度100倍にしてるだけだし、少しだけ、くらくらしたり、眠くなったり、後は――嘔吐や異常興奮を起こして、最悪の場合には死に至る場合もあるけれど、そうなる前に、きちんと解毒してあげるわ」
そう言って、坂本の食べているカップラーメンに入れようとする。ぎょっとしたのは、坂本とシンだ。坂本はカップラーメンを死守するように、莉紅の前から椅子ごと後退する。シンも慌てて莉紅の腕を掴んだ。
「待った待った! 変な毒を坂本さんに盛らないでください……っ!!」
「変な毒じゃないわ。少し嘘が吐けなくなるだけよ?」
「それって、自白剤じゃないっすかぁ!! 坂本さん殺す気ですか!!」
しかも、100倍の濃度とか、絶対通常の量じゃないのは明白だった。あんなもの一滴でも口にしたら、間違いなく、ジ・エンドである。
すると、莉紅が紫蒼玉の瞳を潤ませながら、じっとシンを見た。一瞬、シンがその瞳にどきっとしてしまうが……、慌てて首をぶんぶんと横に振り、
「そんな目しても、ダメなもんはダメっす!!」
「それなら、シン君が飲む?」
「飲みません!!!!」
と、シンが言ったのは当然である。
「つまり……」
シンの話だとこうだ。先週末、商店街の大サバゲー大会があったのだという。優勝賞金は100万円。それを店の修繕費に充てたくて、出場したのだという。坂本とシンの2人で出る筈が、何故か平助も混ざって3人チームになったらしい。しかし……応援席のルーが、坂本の事を「坂本太郎」と応援してしまった為、平助に坂本=坂本太郎というのがバレた。坂本の懸賞金を狙っていた平助が敵に回ったのは必然で――。
「……そこまでは、まぁ分かったのだけれど」
と、莉紅が一旦言葉を切った後、ちらりと目の前で廃棄予定の肉まんを頬張る平助とピー助を見た。その顔は幸せそうで……。
「敵。だったのではないの?」
思わずそう突っ込んでしまう。今の平助はどうみても、敵には見えなかったからだ。明らかに懐いて……というか、餌付けされている。肉まんで懐柔したのだろうか。と疑いたくなる程だ。
するとシンが、頭をがしがしと掻きながら、
「あ~えっとだな。それは――」
と、そこまで言い掛けて、ちらっと平助の方を見た。その瞳は「ほんと、なんでだ?」と言っているようだった。
「私のおかげネ!!」
その時、突然ルーがどんっと胸を叩きながら、そう言い切った。
「私が、店長の事“伝説の男、坂本太郎!!”って応援したから、アイツやっと気がついたネ!」
「……」
それは、「敵」認定させただけでは……?
莉紅がそう思っていると、今度は平助がへへっと鼻下をこすりながら、
「いやぁ~シンも太郎も、あの時は痺れたぜ! まさかの俺の狙撃を止めちまうなんてな。でも、一番の理由は――太郎が俺の事を“大親友”って言ってくれたからだ!」
『……言ってない』
坂本がそう言っているのがシンのようなエスパーでもないのに、莉紅にも伝わった。だが、黙っていなかったのは、坂本ではなくシンの方だった。
「お前な! 変な妄想すんじゃねぇよ!! 坂本さんは“親友”だなんて、一言も言ってねーだろうが!!(俺だって言われてないのに!)」
「うん? でもよー太郎は俺の事“凄腕のスナイパー”って言ってくれたんだぜ? つまりは“親友”って事だろ!」
得意げにそう言う平助だが、その後ろで坂本が盛大に頬の肉を揺らしながら、ぶんぶんと顔を左右に振っている。
「……」
……大体の、事情はよく分かった。とどのつまり、サバゲー大会の後に、伝説の殺し屋と言われていた「坂本太郎」に「認められた」事により=親友認定され+ここの肉まんに餌付けされたという事だ。
「まぁ、もう敵ではないなら良いんじゃないかしら?」
「そういう、問題じゃね――!!」
シンのツッコミが入る。シン的には、自分を差し置いて、坂本と「ダチ」だと言い張る平助が許せないというよりも、何とも言えない心情なのだろう。実際の所、シンと坂本は「親友」かと問われたら「否」である。でも――。
ちらっと、莉紅は素知らぬ顔でカップラーメンを食べている坂本を見た。
莉紅からすれば、坂本にとって少なくとも「今」は、もうシンはかけがえのない「家族」であり、背中を預けられる「戦友」ではないだろうか。そんな気がしてならなかった。だが、きっとシンはその事に気付いていない。それはそれで面白そうなので、言わないでおく。
そんな事を考えているのが珍しく顔に出ていたのか、莉紅が嬉しそうに微笑む。すると、それを見たシンとルーが首を傾げていたのだった。
◆ ◆
―――殺連関東支部
「南雲? 何ふてくされてんねん」
殺連の上層階。ORDERや最高幹部が行き来するフロア。そのフロアの一角にある、ブレイクフロアのソファに、何故か南雲与市はぐでーと座り込んで、ぼんやりしていた。そこへ、たまたま通りかかった神々廻が、思わず声を掛けてしまったのだ。そして、掛けた瞬間、後悔した。
しもた……めんどくさそうな奴に、声掛けてもうた……。
そう、神々廻が思ったのは言うまでもなく……。だが、南雲はそんな神々廻に気付きつつも、片手をぶらぶらさせつつ、神々廻の方にその瞳を向けた。
「神々廻~聞いてよー」
「聞きたないわ」
神々廻が、どきっぱりそう言い切ると、南雲が「ええ~!」と、不満そうな声を上げた。だが、それで引き下がる訳もなく、南雲は神々廻の拒否を問答無用で無視して、
「最近、莉紅に逢えなくてさー」
「は?」
「あ、内緒だよ? ここのところ、莉紅はちょくちょく坂本くんのとこに来てるんだよね~」
「……殺連でする話と、ちゃうやろ」
ここは、日本の殺連の中枢。そして、莉紅に「特A級抹消対象」の認定を出した組織だ。そんな場所のど真ん中でする話ではない。彼女の名前を迂闊に出す事すら危険だというのに、南雲は気にした様子もなく、話を続けた。
「もう、一週間も逢えてないんだー。僕、莉紅欠乏症になりそうだよ」
そう言って、ぎゅっと自身の両の腕を抱き締めるように、嘆く。が……、神々廻は呆れたように、溜息を漏らした。
「アホか。俺は一週間どころか、4年も会えてへんわ」
「えー別に、神々廻は莉紅とは何の関係もないじゃん」
「お前かて、もう関係あらへんやろ」
神々廻のその言葉に、南雲はふるふると首を横に振った。そして、勝ち誇ったような顔をして、神々廻を見ると――。
「残念。僕と莉紅は“恋人”のままだからね」
「“昔は恋人だった”の間違いやろ」
「違うよ。僕は別れたつもりないし、現在進行形の関係だよ。僕は莉紅のものだし、莉紅は僕のものなんだよ。つまり――」
そこまで言って、不意に南雲が神々廻の胸をとんっと突いた。そして、にやりと笑みを浮かべる。
「莉紅の視界に映るもの、彼女の肌に触れる温度、その全てを僕だけで塗り潰したいんだ。神々廻、君みたいな外野が彼女の名前を呼ぶことすら、本当は不快でたまらないんだよね。――莉紅は、僕の人生のすべて。そして彼女のすべては、僕のもの。一分一秒、誰にも分ける気はないよ」
そう言って、南雲は三日月のように目を細めて笑った。だが、その瞳の奥には光がなく、底知れない執着の闇が渦巻いていた。指先で神々廻の胸をなぞる動きは、まるで獲物の急所を確認するような冷たさを孕んでいたのだ。
「つまり、神々廻の付け入る隙は無いって事。――莉紅は誰にも渡さない。彼女は僕のだから」
「……」
一瞬、ぴりっと張り付いた空気が辺りを支配した。が、すぐに神々廻が「はぁ……」と大きな溜息を漏らす。それから、髪を掻き上げると、ぱしっと南雲の手を弾いた。
「――それは、あいつが決める事や」
そう言って、ぐいっと南雲の胸ぐらをつかむと、引き寄せた。
「それと、あいつを――莉紅を自分の“所有物”みたいに言うのはやめぇ。胸糞悪いわ」
「……なにそれ、別に神々廻に関係なくない?」
「そやなぁ、関係あらへんよ。でも、莉紅にたった一週間会えない鬱憤を周りに当たり散らすのは程々にせぇ。ここは“殺連”やで。誰が聞いてるか分からへんねん!」
ここ殺連内で「特A級抹消対象」の莉紅の名を口にするのは、それこそ自殺行為である。しかも、こんなブレイクフロアで話す内容ではない。それだけ言い放つと、神々廻は南雲から手を離した。そして「アホらしい」と言って背を向ける。
「そんなガキみたいな事言うて縛り付けとったら、いつか誰かに奪われても知らんで。……莉紅は、お前の所有物やなくて一人の人間や」
神々廻のその言葉に、南雲の眉が微かに動く。だが、去って行こうとする神々廻に向かって、南雲は、
「神々廻ってさー。隠してる気かもしれないけど、前から莉紅の事好きでしょ」
「……それこそ、お前に関係あらへん」
それだけ言い残すと、そのまま去っていく。残された南雲は「ふーん」と声を漏らしながら、くっと喉の奥で笑った。
「やっぱり、否定。しないんだ」
彼女がJCCに在籍していた時もORDERの時も、南雲はずっと一緒にいた。そして周りから彼女に注がれる視線もずっと見てきた。だからこそわかる。神々廻は莉紅に好意を抱いている――と、確信していた。けれど……。
くすっと、口元に笑みが浮かぶ。
「……誰かに奪われる? そんな選択肢、最初から存在しないんだよ。僕以外の人間が彼女の視界に入ることも、触れることも、全部“間違い”だからね。――一生、彼女の全細胞を僕の記憶で塗り潰して、誰にも触れさせない」
そう言った南雲の表情は、どこまでも楽しげで、まるで最高級のオモチャを見つけた子供のようだった。だが、三日月形に弧を描く口元とは裏腹に、その瞳は一切笑っていない。獲物を追い詰めた猛獣が、じわりと距離を詰める時のような、冷酷で……あまりにも人間味の欠けた、透明な殺意がそこにあったのだった。
神々廻は角を曲がり、南雲の視界から完全に消えたところで足を止めた。ポケットから取り出した飴の包みを、苛立ちを隠せない手つきで破る。
「……否定、せぇへんかったなぁ。俺も」
南雲に指摘された「好意」を否定しなかった自分。それは、自分の中で莉紅という存在が、もはや「元・同僚」という枠に収まりきらなくなっていることの証明だった。
「……所有物、やと。あいつのそういう所が、莉紅を追い詰めとるって分からんのか」
吐き出した溜息は、広く冷たい廊下に虚しく消える。
「あんな目ぇで見張られとったら、誰かて逃げ出したくなるわ。……俺やったら、あんな顔はさせへんのにな」
最後の言葉は、自分でも驚くほど苦く、喉の奥に張り付いた。そう低く呟くと、神々廻は振り返ることなく、歩いていったのだった。
続
2026.03.15

