Reine weiße Blumen
-Schneeglockchen-interlude
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◆ 君という祝福(八乙女楽BD:2025)
「三人共、お疲れー」
「お疲れ様です」
スタッフの挨拶に、TRIGGERの三人が笑顔で応える。すると、その男性スタッフは何かを思い出したかのように「あ」と声を漏らすと、
「そういえば、今日八乙女君誕生日なんだって? おめでとう。控室に色々届いてるの運んでおいたよ」
「ありがとうございます」
「なんか、凄い花束とかあたよー」
楽が礼を言うと、そのスタッフは笑いながらそう言って去っていった。スタッフのその言葉に、天と龍之介が楽を見た。
「花だって」
「誰だろうね~あやねちゃんかな?」
天と龍之介の言葉に、楽が笑いながら「まさか」と声を漏らした。
「あやねは、そういうタイプじゃないだろ?」
あやねの性格的に、プレゼントに花を贈ってくるとは考えにくい。むしろ花など贈ってきそうなのは――。ぞくっとなんだか楽の背筋に寒気が走った。そんな楽をみて、龍之介が首を傾げる。
「楽?」
「あ、ああ、いや……」
何となく、嫌な予感が……。そう思いながら楽屋に行くと――。
「な、なんだこれ……」
そう声を最初の漏らしたのは、他でもない龍之介だった。そこには馬鹿みたいに大きな胡蝶蘭があったのだ。それを見て、龍之介は口を大きく開けたまま唖然としている。天は天で何か言いたそうに、楽を見た。そして、楽はというと、頭を抱えて視線を逸らそうとしている。
「楽、見なかったことにしたい気持ちはわかるけど、一応ファンの子からだから――」
「……分かってるよ」
そう言って、嫌そうにでかでかと添えられているメッセージカードを見た。そこには
“愛する楽様へ あなたの陽子より”と書かれていた。
「陽子? って、誰?」
「ああ、最近楽に付きまとってるっていう例の……」
「言うな。考えたくもない」
龍之介と天の言葉に、楽は小さくかぶりを振ると、胡蝶蘭から視線を逸らす。欲しい相手からは何も来ず、欲しくない相手からの熱烈なアピールに、楽は「はああ~」と大きく溜息を漏らした。
「あやねに逢いたい……」
思わず、本音が漏れてしまう。そんな楽を見て、思わず天が、
「逢いに行けばいいんじゃない? この後、少しなら時間あるだろうし……」
「え? あ、いや、でも……」
なんだか、自分の誕生日だからと彼女に逢いにいくのは、少し憚られた。と、楽が躊躇っていると、見かねた天が小さく息を吐くと、
「そうやって、うじうじしてる時間が勿体ないと思うけど? どうせ、自分の為に逢いに行くのはかっこ悪いとか思ってるんだろうけど、今の姿の方がずっとかっこ悪いよ」
「……天、それは言いすぎなんじゃ……」
と、見かねた龍之介がそう言うが……。だが、天の言う事はある意味「正論」だった。いつもそうだ。天は基本「正論」しか言わない。ぐっと、楽が拳を握り締める。それから、意を決したように「天、ありがとな!」とだけ言うと、そのまま楽屋を飛び出したのだった。そんな楽を見て、天が「……世話が焼ける」と言っていたのは、言うまでもない。
*** ***
楽はタクシーに乗ると、そのままあやねが今いるであろう彼女の家に向かった。白閖の屋敷に着いたら何と言って逢えるように取り計らって貰おうか。そんな事を考えている内に、タクシーは白閖邸にほどなくして着いてしまった。
そのままタクシーから降りると、いつもの様に白閖邸の門の前に立つ。勢いで来てしまったがどうするべきか……。と、楽が門の前で考えあぐねている時だった。
「楽さん?」
ふと、門の外から声が聞こえてきた。はっとして声のした方を見ると、丁度あやねが大学から帰って来ていたとこだった。あやねは、楽が家の前にいる事を、不思議そうに首を傾げている。
不思議だった。声を聞いた瞬間、胸の奥が一気にほどけていくようで。たった一言で、救われたような錯覚を覚える。
「あの、どうかなさったのですか?」
あやねがそう声を掛けてきた時だった。楽のそれは無意識に近かった。気付けが、足がそちらに向かう。ゆっくりだった歩調が次第に速くなり、気が付けば腕が勝手に伸びていた。駆け出してその腕に彼女を閉じ込める。彼女が愛おしかった。今ここで抱き締めなければ、二度と逢えなくなるような気がする程に――。
「あやね……っ」
思わず、そう声が零れる。彼女の温もりに触れた瞬間、焦燥も苛立ちも、全部溶けていった。ようやく手に入れた安堵。自分が欲しかったのは、やっぱりこの温もりだけだと思い知らされる。
あやねはというと、突然抱き締められ事への驚きの方が勝っていたのか、その深海色の瞳を瞬かせた後、呆然としていた。が、次の瞬間、かぁぁっと顔を真っ赤にして、口をぱくぱくさせた。
「あ、あの……っ」
あやねが恥ずかしそうに声を漏らす。だが、楽はぎゅうっと更に抱き締める腕に力を籠めてきた。それに流石のあやねも苦しくなったのか、楽の肩を少し叩きながら、
「が、楽さん……、苦しい、です……」
あやねのその言葉に、楽がはっとして慌てて手を離した。
「あ、わ……悪い、つい」
「いえ……あの……、別に嫌だった訳ではないので……」
そう言って、あやねが恥ずかしそうに、俯いてしまう。その仕草が余りにも愛らしくて、楽は自分の鼓動が速くなるのが分かった。彼女にもっと触れたい欲求が、どんどん大きくなっていく。
「あやね――」
楽はごくりと息を呑むと、そっとあやねのその柔らかなキャラメルブロンドの髪に指を絡めると、そのまま頬を撫でた。そして、
「俺、さ。今日誕生日なんだ。だから――あやねから欲しいんだ」
「え?」
一瞬、あやねが「何を?」と首を傾げる。すると、楽が顔を彼女に近付けて、
「あやねから、キス――して欲しい」
「え……」
楽のその言葉に、今度こそあやねの顔が真っ赤に染まった。今までされたことはあっても、自分からした事はなかったからだ。冗談……を、言っている風には見えなかった。あやねは少し困惑したように、視線を泳がせた後、ちらりと楽の方を見た。その表情は少し緊張しているようにも見えた。
「……無理強いはしたくない。だから、もし嫌なら――」
「あ、その……嫌、という訳では……なく、て……」
そこまで言って、あやねの顔が益々赤くなっていく。それから、もう一度楽の方を見ると、意を決したようにそっと、背伸びをして手を伸ばしてきた。
「あの……お誕生日、おめでとうございます。楽さん……」
そう言って、その唇に自身の唇を重ねてくる。触れたのはほんの一瞬。けれど、その一瞬で世界が止まったように思えた。震えるような彼女の唇に触れた時、これはただの口付けじゃない――彼女の想いそのものだと楽は思った。
今のあやねにはそれが精一杯だったのか、そのままゆっくりと離れると、真っ赤な顔で楽を見上げてきた。すると、楽は今までで一番嬉しそうに顔を綻ばせて、
「あやね――お前からのプレゼントが一番嬉しいよ」
そう言って、楽がまたぎゅっと彼女を抱き締める。そんな楽にあやねも嬉しそうに微笑みながら、彼の背中に腕を回した。
夏の夕焼けが朱に染める空よりも、彼女の温もりの方が眩しくて――楽は胸の奥から、今日という日を幸せだと思えたのだった――。
2025.09.07

