MARIKA
-Eternal Message-
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◆ Bound by the Blue
―――“東の海” ローグタウン 酒場
レウリアは1人、カウンターで暇を持て余してた。ローグタウン――それは、“偉大なる航路”の一歩手前に位置する町で、かつての海賊王、ゴール・D・ロジャーの出生地であり処刑地でもある事から、「始まりと終わりの町」とも呼ばれている場所だ。
基本、“東の海”から、“偉大なる航路”に入るには、皆ここを通っていたのだが、今は海軍管轄下にある為、通らない海賊も多いと聞く。だが、レウリア達はあえて寄った。興味本位も少しあるが、“偉大なる航路”に入る前の準備の為でもあった。
他のクルーは皆、それぞれ目的のために今動いているのだろう。食材調達だったり、武器を新調したり、色々だ。レウリアも行きたい場所はある。だが、後4時間後でないとその店へと続く“道”が開かないのだ。つまり、それまでは暇、という訳である。
そんなこんなで、こうして情報収集がてら、昼間から酒場に来てみたのだが……、知ってるいる事以外の収穫はなかった。
これから、4時間どうしようかと考えあぐねていたその時だった。
「よお~ねえちゃん、暇してんならおれらと飲まねえか?」
「1人で、飲むなんて寂しいだろぉ~。おれらが相手してやってもいいんだぜ~」
「……」
不意に、見知らぬ男達に声を掛けられた。レウリアがちらっと、一瞬だけそのアイスブルーの瞳で彼らを一瞥した後、ふいっと気付かない振りをする。すると、男達はにやにやしながら、レウリアを囲むように動くと、その肩に手を置いた。
「おいおい、無視するなんて酷いんじゃねえか?」
「折角、声掛けてやったんだから、喜べよ~。暇してんだろ?」
そう言いながら、肩においていた手をぐいっと引っ張り抱き寄せてきた。
「……」
正直、鬱陶しい事この上なかった。レウリアは小さく息を吐くと、
「……忙しいから」
そう言って、肩に掛けられた手を弾く。すると、男達は顔を見合わせた後、けらけらと笑い出した。
「“忙しい”だってよ~」
「かっわいい~~~」
イラ……っ。思わず、この男達をぶっ飛ばしたい気持ちになるが、ここで騒ぎを起こすと海軍が来る可能性がある。海賊の一味であるレウリアにとってそれは避けたい事象であった。レウリアは小さく息を吐くと、かたん……と席を立った。そして、カウンターにコインを置く。
「マスターお代はここに置いておくわ。ご馳走様」
そう言って、酒場を出ようとする。が――何故か、男達も付いてきた。酒場のドアの前でレウリアはぴたっと足を止めると、男達を睨み付けた。
「私はもう行くの。付いて来ないでくれる?」
そう一喝するのだが、男達はにやにやしながら、
「おれたちも一緒に行ってやるよ~」
「どこ行く? 人気の無いとこでもいいぜ~?」
「……」
下心が見え見えである。だが、逆に都合がいい。こうなったら、人気の無い所でこの男達を半殺しにするか……。などとレウリアが物騒な事を考えていた時だった。
突然、カラン……と、酒場のドアが開いたかと思うと――。
「おいおい、1人の女に寄ってたかって言い寄るとか、止めた方がいいんじゃないか?」
と、誰かが入って来た。男達は、その突然現れた、オレンジ色のテンガロンハットに黒い短パンを着た人物を見た瞬間、顔を見合わせた後、けたけたと笑い出した。
「なんだよ、正義のヒーロー気取りかよ」
「1人で何が出来るってんだ~ああ?」
と、その男を馬鹿にしていた。が、レウリアは違った。彼を見た瞬間、そのアイスブルーの瞳を大きく見開いた。
「エース……?」
本当に……? 本物のエースなの……?
レウリアは、ずっと逢いたくて捜していた人が目の前にいる事実が信じられなかった。だが、彼はレウリアの存在に気付いていないのか、目の前の男達を見ると、「はぁ~」と小さく息を吐く。
「お前らとやり合う気はねえよ。さっさとどっか行きな。おれは腹が減ってここに来たんだ」
そう言って、しっしっと手を振る。その仕草にカチーンと来たのか、男達が何処からか武器を取り出して――、
「いい気になりやがって……っ」
「やっちまえ!!」
そう言って、一気に彼に襲い掛かったのだ。が……。
―――数秒後。
勝負は一瞬だった。目の前には、目を回して失神している男達が倒れていた。彼は、その男達をスルーすると、
「は~余計に腹が減ったじゃねえか……おい、あんた――」
と、そこで初めてレウリアの方を見た。瞬間――その瞳を大きく見開いた。そして震える声で、
「リア……?」
「……っ」
その一言でレウリアは確信した。やっぱりエースだと。知らず、レウリアの瞳に涙が浮かぶ。ずっと、捜していた。この広い海を――あの時からずっと……。そして、やっと彼に追いつい――。と、感極まっている時だった。突然、彼――エースはくるっと反転して、脱兎の如く逃げだしたのだ。
「え……?」
まさか、逃げられるとは思わず、レウリアが暫く放心してしまう。が、次の瞬間、はっと我に返ると――。
「ちょ、ちょと、エース! どうして逃げるのよ!!」
そう叫びながら、慌ててエースを追い掛けたのだった。
*** ***
「エース! エースってば!!」
レウリアはエースを追い掛けた。が、足が速い方のレウリアでも本気で逃げられたら敵う筈がない。こうなったら――っ。反則と言われてもいい。レウリアは構わず、本契約している風の精霊を呼び出した。
「ネフェルティ!」
瞬間――しゃららん……と、小さな風の精霊がレウリアの目の前に現れる。そして、くるくるっとレウリアの周りを飛んだ。刹那、レウリアの身体が一気に軽くなる。風を纏った彼女の速さに敵う者はいない。あっという間にエースに追いつくと、そのまま彼の前に躍り出た。
「エース!」
「リア……っ」
突然、目の前に現れたレウリアにエースがたじろぐ。が、そのまま、またくるっと反転して逃走しようとしたので、レウリアが「ネフェルティ!」と叫んだ。すると、ネフェルティはあっという間のエースを拘束してしまったのだ。
もし、本気で逃げる気なら拘束される前に逃亡されていただろう。だがエースはそうしなかった。つまり、彼は海軍から逃げるかのようにレウリアから本気で逃げていた訳ではないのだ。では、何故――。
「どうして、人の顔見るなり逃げたのよ」
レウリアが捕まえたエースにそう問い詰める。すると、エースは少しだけ顔を赤くした後、そっぽを向いた。そして――。
「……まだ、用意出来てねぇんだ」
「え?」
一瞬、何を? と、思ってしまう。だが、エースは続けた。
「ずっと、リアと離れてから探してるけど、これだ! ってのを見つけられてねェ。だから……その、会わす顔が……」
「……」
まさか、それで逃げたというのだろうか? 昔――フーシャ村で、エースが海へ出る時にした約束……。
『再会の証に、そのリボンと同じ色をした花を両手いっぱい持ってってやるから、楽しみに待ってろよ!』
そう言って、海賊になる為に海へ出たエース。そして、その時エースから贈られた美しい澄み渡った海の様な、蒼いリボン。それはレウリアの宝物だった。
つまり、要約すると、目的の蒼い花が見つかっていないので、レウリアに逢う資格がないと言いたいのだろうか――。そんな事……。
「……エースの馬鹿」
レウリアがぽつりと呟いた。
「逢う資格? そんな、もの……。そんな約束無くたって、私はずっと逢いたかったのに――っ」
そう言った、レウリアのアイスブルーの瞳から一滴の涙が零れ落ちた。約束はあるかもしれない。けれど、それ以上に……。
「エースは……、私に、逢いたく……なかった、の……?」
そう口にした瞬間、我慢していた涙がぼろぼろと溢れ出てきた。それを見た瞬間、エースがはっとする。
「エースにとって、私の存在は、その程度……だった、の……?」
海軍も辞めて、海賊になってまでエースを追い駆けて来たのに。自分のしてきたことは、全部無駄だったという事……、なのか……。そう思うと、次から次へと涙が溢れ出てきて止まらなかった。
「リア……っ、違っ……違うんだ……っ! おれだって……おれだって、どんなにお前に逢いたかったか――っ!」
いつの間にか解けた拘束。そこから抜け出すとエースはレウリアを抱き締めた。それから、ぎゅっと背中に腕を回して、力を籠めてくる。
「いつも思い出してた……あのリボン、リアの声も、笑った顔も……いつもいつも――」
「エース……っ」
堪らず、レウリアがエースにしがみ付く。すると、エースは彼女の背を優しく撫でながら、
「わりぃ、泣かすつもりはなかったんだ……っ、ただ、申し訳なくて――」
「申し訳ないなんて思わないでよ……。馬鹿……」
そう言って、レウリアがエースの肩に顔を埋めて泣きじゃくる。そんな彼女に愛おしさが溢れたのか、エースは背を撫でていた手を頭へ移動させるとそっと撫でた。そして、彼女の耳元へ唇を寄せると、優しく甘い愛の告白のように言ったのだ。
「おれも――ずっと、逢いたかった」
と。
*** ***
その後、泣きじゃくるレウリアをエースが宥めながら、酒場へと戻った。すると――店主や客達が2人を出迎えてくれたのだ。突然の歓声に驚くエースとレウリア。だが、すぐにそれが自分達を祝福するものだと気付いた。
「兄ちゃん! かっこよかったぞ~!」
「あの男達はいつも店を荒らしてて大変だったんだ!」
と、皆が皆口を揃えて言う。そのまま押されてカウンターに座ると、マスターが満面の笑みで、どん! と、沢山の料理と酒を出してきた。
「今日は、祝いだ! 好きなだけ飲んで食べてくれ! あんたらは店の恩人だ!! 勿論、金はいらねえ!」
その言葉に、思わずレウリアとエースが顔を見合わす。それから、ぷっと2人して吹き出した。
「彼は、沢山食べるので、そんな事言ったら、お店の食材食い尽くしてしまいますよ?」
レウリアがそう言うと、エースが心外だと言わんばかりに、
「ルフィじゃあるまいし、そこまでじゃねぇよ」
「どうかしら? いい勝負だと私は思うけれど」
そう言いながらレウリアがくすくすと笑う。そんな彼女の笑顔を見ていたら、なんだかエースは心の中がほんのり温かくなってきた。それと同時に、堪らなく彼女に触れたくなった。
「リア――」
そっと彼女の長いプラチナ・ブロンド髪に手を絡ませると、そのまま頬を撫でる。すると、レウリアがそのアイスブルーの瞳を細めてくすっと笑った。それはまるで、早くキスして? とでも言っているかのようだった。だから――エースはぐいっと彼女を引き寄せると、自分の唇を彼女の唇の上に落としたのだ。
瞬間、周りからわっと歓声が上がる。だが、そんな声は2人には聞こえていないのだろう。そのまま長い間……彼らの唇が離れなかったのだった。
2025.07.24

