スノーホワイト

   ~Imperial force~

 

◆ pieces of children5

 

 

 

―――数日後・朝

 

 

 

アリスの部屋の扉が開くと、ブラッドが出てきた。すると、それに続くようにシュンとティアも出てくる。後ろにはアリスもいた。

 

「父さん、いってらっしゃい」

 

「パパ~! いってらっしゃ~い」

 

と、2人が元気よく手を振ってくる。そんな2人にブラッドはふっと笑みを浮かべると、それぞれの頬にキスをした。

 

「行ってくる」

 

「はい、ブラッドさんもご無理なさらないで下さいね」

 

アリスがにこっと笑ってそう言うと、ブラッドは「ああ」と答えながら、そっとアリスの頬に触れた。瞬間、アリスが「あ……」と声を洩らすが、そのまま口付けをする。

アリスが恥ずかしそうに、かぁっと頬を朱に染めるが、ブラッドはくすっと笑って、もう一度キスをすると、

 

「では、2人を頼んだ」

 

そう言って部屋を出て行った。――のを、廊下の角で見ていた影が3つ。

 

「……何あれ」

 

「お~お、甘々だなぁ、ブラッドのやつ」

 

「うわぁ~行ってきますのキスだー! 俺もしたい!!」

 

「いや、ディノが誰にするの?!」

 

と、フェイスとキースとディノが見ていた。フェイスは「あり得ない……」とぼやきながら、Uターンしようとするが、がしっとキースに捕まる。

 

「よし、ブラッドは行ったな?」

 

「今日も行きますか」

 

きらーんと、ディノが目を輝かせる。

 

「ちょっ……! 俺は行かないから!!」

 

フェイスがそう言うが、キースは「まぁ、まぁ」と言いながらずるずると引きずっていく。そして、アリスの部屋の前に辿り着くと、ディノが勢いよく扉を開けた。

 

「アリスーおはよー!」

 

「お~来たぞ~」

 

入り口から聞こえてくる声に、アリスがキッチンから顔を出す。

 

「おはようございます、ディノさんに、キースさん。と……フェイス君?」

 

キースに引きずられているフェイスを見て、アリスがそのライトグリーンの瞳を瞬かせる。フェイスはというと、むっと頬を膨らませて「俺は来たくないっての」とぶつくさ言っていた。

そんな様子に、アリスがくすくすと笑い出す。

 

リビングの方を見ると、ディノが2人と遊び始めていた。ディノは子供の扱いに慣れているのか、今ではすっかり2人と仲良しだ。キースはというと、カウンターで茶を飲みながらその様子を見ている。

 

「そういえば、ディノさんも、キースさんもお仕事は宜しいのですか?」

 

「ん~? あ~ここには、ブラッドに頼まれて来てるからな~これも仕事の内ってね」

 

「そう、なんですか?」

 

どうやら、ブラッドがアリス1人だと大変だと思い、ディノとキースを呼んだらしい。確かに、子供達の体力には限界がなく、1人で相手をするのはなかなかに大変なので、ディノ達が来てくれたのは大変ありがたい。

しかし、ディノもキースもブラッド程では無いにしろ、仕事がある筈だ。仕事の合間に来ているらしいので、迷惑をかけてしまっているのではないかと思ってしまう。

 

アリスがそんな心配をしていると、キースがへらっと笑いながら、

 

「いいんだよ。ガキンチョの相手はディノがしてくれるし? オレはここで、の~んびり茶でも飲みながら眺めてるだけだし~? ま、酒でもあれば最高なんだけどな~」

 

そう言いながら、ちらっとアリスの方を見る。明らかに酒を要求されている事に気付き、アリスが「はぁ……」と溜息を洩らした。

 

「駄目です。これも“仕事”なんですよね? 勤務中に飲酒は禁止です」

 

そう言って、にっこりと微笑む。

 

「うへぇ~流石はブラッドの嫁さん。しっかりしてるな~」

 

キースが大袈裟に肩を竦めると、アリスがキースの言葉に、ぱっと顔を赤くする。が、それを誤魔化すかのように咳払いした。

 

「べ、別に、ブラッドさんのお嫁さんという訳では……」

 

と、口をもごもごさせていると、キースがにやにやしながら、

 

「な~に言ってんだ。朝っぱらからあんなラブい空気かもしだしてたくせに~」

 

「え……」

 

一瞬、アリスが何の話かとその瞳を瞬かせるが、次の瞬間かぁ……っと顔を真っ赤に染めて、手で押さえた。

 

「ま、まさか……」

 

「あ、あれだろー? 行ってきますのキス! あれいいよなー」

 

と、何故かティアとシュンをぶら下げたディノが話に割って入って来た。だが、アリスはそれ所ではなかった。まさか、見られていたとは露とも知らず、恥ずかしさに全身を真っ赤に染める。

すると、それまで黙って茶を飲んでいたフェイスが口を開いた。

 

「てか、何なのあれ。ブラッドの発案?」

 

「ち、違います……っ。あれは……その、こ、この子達がして欲しいと言うから、その……」

 

「どうだか。案外ブラッドは乗り気っぽかったけど?」

 

「そんな事は……っ」

 

ない、筈だけれど……。と、アリスが顔を真っ赤にしたまま口籠もると、ディノが笑いながら、

 

「まぁ、あれでブラッドは子供には甘いからなぁー。リトル・フェイスの時も、なんだかんだで甘かったし、な?」

 

と、フェイスを見ると、フェイスが「それ、関係ないじゃん」とぼやきながら押し黙った。と、その時だった。ディノにぶら下がっていたティアがすとんっと降りると、くいくいっとディノの制服を引っ張った。

 

「ね~ディノおにいちゃん、ティアかくれんぼしたい!」

 

「かくれんぼか! いいな!!」

 

と、ディノが笑うと、もう片方の腕にぶら下がっているシュンを見た。すると、シュンがぴょんっと飛び降りると、とととっと、キースとフェイスの傍にやって来て、2人の制服を引っ張りながら、

 

「キースにいさんと、フェイスおじさんも、しよう!」

 

「あ~オレもするのか? マジか……勘弁してくれ」

 

と、キースがぼやく。そんな事を言いながらも、キースは仕方ないなと立ち上がる。一応ブラッドの子供という事で、キースなりに可愛がってくれているらしい。

が、その横でフェイスが「は?」と素っ頓狂な声を上げた。

 

「ちょっと待って。キースもディノも“兄さん”なのに、なんで俺だけ……納得いかないんだけど」

 

「そりゃぁ、お前は“叔父さん”だからだろうが」

 

キースがさも当然のようにそう言うが、フェイスにはそれが不満なのか、むっと頬を膨らませる。

 

「いや、まだブラッドの子供って決まった訳じゃ――」

 

「お前な~悪足掻きも大概にしろよ? 殆ど確定だろうが。特に、こいつらのこの目! ブラッドと瓜二つじゃねぇか。しかも兄貴の方は性格までブラッドに似てやがるしよ~」

 

確かに、ティアもシュンもブラッドと同じルビーの瞳をしていた。特に、シュンは髪色の所為もあって、ブラッドの面影がある。それに年に割に言動もしっかりしていた。逆にティアは、瞳の色以外は、アリスに似ている。

 

「まあ、確かに。見た目だけ言ったら、どう見ても2人共ブラッドとアリスの子だよな」

 

と、ディノが笑いながら言う。ディノの言う通り、見た目はブラッドとアリスに瓜二つだった。まだ幼いので、少し柔らかい感じはあるが、それでも2人の子供だと言われれば納得できる程に似ている。

だが、フェイスはまだ納得できないのか、「ふーん」と、ぼやきながら視線を逸らす。

 

すると、シュンがくいっとまたフェイスの制服を引っ張った。

 

「フェイスおじさん、一緒に遊べないの? いつも、遊んでくれるのに……」

 

そう言って、しゅんっとしながら見上げてくる。その、まるで捨てられた子犬のような瞳に、フェイスがぐっと言葉を詰まらせた。そして、「はぁ……」と溜息を洩らすと、

 

「……分かったって、遊べばいいんでしょ。遊べば」

 

そう言いながら、グラスをカウンターに置くと立ち上がった。すると、シュンはぱぁっと顔を輝かせて「はやく、はやく!」とフェイスの手を引っ張って行った。

 

それを見ながら、キースが珍しいものを見たかのように、

 

「あのフェイスがねぇ~甥っ子パワーすげぇな」

 

そんな様子に、アリスはくすっと笑みを浮かべるのだった。

 

 

 

 

*** ***

 

 

 

 

―――エリオスタワー・研究部 ノヴァのラボ

 

 

 

「ブラッドくん、お待たせ~」

 

ノヴァがラボの奥からやって来る。DNA検査の結果が出たと連絡があったので、ブラッドは会議と視察の合間にこうしてラボへとやって来たのだが、ノヴァの方も色々調べてくれていたらしく、資料を持ってやって来た様だった。

 

「まずは、はいこれ」

 

と、検査結果を渡される。ブラッドとの検査結果と、アリスとの検査結果だ。それぞれ、シュンとティアと遺伝子型は、ブラッドとアリスの物と一致していた。

 

「結果だけで言うなら、99.99%以上の確率でブラッドくんと、アリスくんの実子だね。100%の結果を得ることは理論上不可能だから、まあ、ほぼ確定かな」

 

「……」

 

「これで、少なくとも【サブスタンス】の影響で夢が具現化したって言う仮説は、無くなったかな。いくらなんでも、遺伝子まで具現化するとは思えないからね。となると、やっぱり、リトル・フェイスくんと時とは逆で、今度は未来からタイムトラベルしてきた可能性が限りなく高い。少なくとも、先の未来には時間移動の技術があるみたいだし……問題は――」

 

そう言いながら、ノヴァはふぅ…と小さく息を吐いた。

 

「あの子達が、おれ達の時間軸の先の未来から来たのか、それとも多重世界――要はパラレルワールドの次元から来たのか。そこが分からない。今回は、“未来”だから、リトル・フェイスくんの時みたいに、繋がる何かがここにある訳じゃないしね」

 

確かに、リトル・フェイスの時は、過去に繋がる“写真”があった。実際そのリトル・フェイスが現代に来た事で、その“写真”に影響が出たから、繋がった過去だと判断出来た。しかし、今回は“未来”に繋がる品は、ここにはない。

 

「……ノヴァ博士はどちらだと思うんだ?」

 

ブラッドの問いに、ノヴァはう~んと唸った。

 

「正直な所、“分からない”としか言えないかなぁ~。まぁ、そもそもパラレルワールドが存在してるかも定かじゃないしね。後、気になるのは、前にも言ったけど今回は“媒体”が見当たらないって事。少なくとも、リトル・フェイスくんの時は、ちゃんと“媒体”があったからね。色々調べようがあったんだけど……今回はそれがないんだよね」

 

「どこかに、ある可能性は?」

 

「そうだねぇ、無きにしも非ずってとこかな。探してはみるけど、あまり期待はしないでね。ああ、後、もしおれ達の時間軸の未来ならだけど、あの子達をちゃんと元の時代に帰さないと、タイムパラドクスが起こる可能性がある。まぁ、起こるとしたらここじゃなくて、未来だけど」

 

「前にも言っていたな」

 

「そうだね、基本的に時間は、過去・現在・未来と一方通行でしかないんだよ。未来の人が過去にタイムトラベルして、後の時間に起こることに符合しない影響を与えると、未来は変わってしまう。その結果がタイムトラベル行為そのものに影響を与えた場合、矛盾が生じてしまうんだ。これがタイムパラドクス。タイムトラベルした過去で現代――要は、相対的未来に存在する事象を改変した場合、その事象における過去と現代の存在や状況、因果関係の不一致という逆説が生じる。例えば――」

 

そこまで言い掛けて、ノヴァがブラッドをボールペンでとんっと刺した。

 

「もし、シュンくんやティアくんを庇って、ブラッドくんなりアリスくんが、現代で怪我をして死んでしまった場合。その時点で、未来では存在している筈の2人の内1人が欠けた事により、タイムパラドクスが発生して、シュンくんと、ティアくんは消えてしまう――」

 

「……っ」

 

「まぁ、例え話だけどね。リトル・フェイスくんの時と同じだよ。あの時も、過去のフェイスくんが現代に来たことにより、過去のフェイスくんの存在が消えかけたでしょ?」

 

「……回避する方法はないのか?」

 

「あるよ。単純にあの2人を未来の元の時間軸に帰す事。それしかないよ」

 

「……」

 

「まぁ、その為には何か“媒体”があると思うんだけど……う~ん。おれ的には、シュンくんが鍵じゃないかなぁって思ってるんだよね」

 

「シュンが?」

 

「そ。何って言うか……ほら、この間色々質問させてもらった時にね、ちょっとこう違和感を覚えたんだよねー。何か隠してるような感じ? それが引っ掛かっててねー。だから、ブラッドくんからも、こう探りを入れて欲しい訳。アリスくんはこういうの得意じゃないでしょ? 彼女、直ぐ顔に出るから隠し事とか向いてないし」

 

確かに、アリスは何でも顔に出やすい。隠れてシュンに探りを入れるのには不向きだろう。ただ、シュンが隠してまでここに居たがる理由がなんなのか――。それが分かれば、何か解決の糸口が掴めそうな気がするが……。

 

「話は分かった。とりあえず、アリスにはシュンの事以外だけ話しておく。もし、何か分かれば直ぐに博士に連絡しよう」

 

「うん、宜しくね~。こっちでも、出来る限り調べてみるから~」

 

それだけ言うと、ブラッドはラボを後にした。

ラボで出て、歩きながらもう一度DNA検査結果を見る。

 

「99.99%以上、か……」

 

ノヴァは理論上100%にはなり得ないと言っていた。つまり、シュンもティアも間違いなく、ブラッドとアリスの実子であるという事が科学上証明された事に他ならない。

 

別に、アリスと子をもうける事が嫌という訳ではないが――こう、いきなり突き付けられると、どうにも困惑してしまう。

 

「どうしたものか……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2025.03.19