スノーホワイト

   ~Imperial force~

 

◆ pieces of children4

 

 

 

―――エリオスタワー アリスの部屋・夜

 

 

 

アリスがキッチンで料理をしていると、扉の開く音が聞こえてきた。瞬間、リビングで遊んでいたシュンとティアが「あ!」と声を洩らしたかと思うと、入り口の方へとぱたぱたと駆けていく。

 

「父さん、おかえりなさい!」

 

「パパ! おかえり~」

 

どうやら仕事が終わって、ブラッドが様子を見にやって来たようだった。アリスはタオルで手を拭くと入り口に向かった。すると、入り口でブラッドがティアとシュンの2人に捕まっていた。

 

「パパ~」と、ティアがブラッドに手を伸ばす。ブラッドが一瞬、そのルビーの瞳を瞬かすが、直ぐにふっと笑ってティアを抱き上げた。

 

「えへへ、パパ大好き」

 

そう言って、ティアが嬉しそうにブラッドにぎゅ~と抱き付くと、それを見ていたシュンも、

 

「僕だって、大好きだもん!」

 

と、ブラッドの足にしがみ付いた。するとブラッドが少し困ったような苦笑いを浮かべて、

 

「そんなにくっつかれたら、歩けないんだが……」

 

とぼやいているのが何だが微笑ましくて、アリスは思わず くすっと笑ってしまった。

 

「お疲れ様です、ブラッドさん」

 

アリスがそう声を掛けると、ブラッドが「ああ」と頷く。

 

「変わりはなかったか?」

 

「はい、大丈夫ですよ。今、ディナーの用意をしているので、もう少し待っていて下さいね」

 

それだけ言うと、アリスはぱたぱたとキッチンへ戻っていった。その後ろ姿をブラッドが優しげな瞳で見つめていると、不意にティアがくいくいっとブラッドの制服を引っ張った。

 

「……? どうした」

 

「えへ、パパ! いつものあれやって~!」

 

と、謎の言葉を掛けられた。

 

「いつもの?」

 

と、ブラッドが首を傾げると、ティアがきらきらの瞳でブラッドを見ながら、

 

「パパはね、いつも、おはようと、おやすみと、いってきますと、ただいまのちゅ~してくれるの~」

 

「何……?」

 

ブラッドが驚いたようにティアを見下ろすと、ティアは得意げにえっへんと胸を張った。思わず、シュンを見るとシュンも期待の眼差しでこちらを見ているではないか。

 

「……仕方ない」

 

ブラッドは諦めにも似た溜息を付くと、「ただいま」と言いながら、ティアとシュンの頬にそれぞれキスを落とした。すると、ティアが「えへ」と嬉しそうに笑う。

と、その時だった。今度はシュンがくいくいっとブラッドの制服を引っ張った。何かと思ってブラッドが耳を寄せると、

 

「ねぇ、母さんにもしないと!」

 

「ん?」

 

一瞬、何を? と、ブラッドは思ったが、ティアがにこ~と笑って、

 

「ママにも、ちゅ~しないと! パパはいつもママだけ特別だっていって、お口にちゅ~するの!」

 

「な……っ」

 

ティアの言葉に、ブラッドは今度こそ絶句した。

アリスにキスだと? 流石にそれは……とブラッドが思っていると、いつまでも入り口にいるブラッド達を不思議に思ったのか、アリスがひょっこりキッチンから顔を出した。

 

「ブラッドさん? どうかなさったのですか?」

 

「……あ、いや……」

 

と、ブラッドにしては動揺しているのが見て取れて、アリスが首を傾げる。すると、シュンが後ろからブラッドを押した。

 

「父さん、ほら早く!」

 

「ま、待て……っ」

 

ブラッドが慌ててそう言うが、腕の中のティアも「パパ、がんばって~」と言い出した。結局、そのままアリスの目の前まで行かされてしまう。

 

「……?」

 

アリスが不思議そうにブラッドを見上げる。ブラッドはぐっと言葉に詰まった後、「はぁ……」と溜息を付いた。そして、そっとアリスのキャラメルブロンドの髪に触れると、そのまま指を絡めて頬を撫でた。

 

突然のブラッドの行動に、アリスがどき……っとする。知らず、顔がどんどん朱に染まっていくのが分かった。

 

「あ、あの……、ブラッドさ……」

 

「アリス、嫌だったら言って欲しい」

 

「え……?」

 

そう思った瞬間――ブラッドの顔が近づいてきたかと思うと、そのまま唇が重なった。それは、ほんの一瞬で、ちゅ……っと小さな音と共に柔らかい感触を感じたかと思うと、すぐに離れていく。

 

「……」

 

アリスは咄嗟に何が起こったのか分からなかったが、直ぐにそれがキスだと理解すると真っ赤になりながら慌てて顔を押さえた。するとブラッドはふっと笑ってアリスの髪に手をやる。そして優しい仕草で髪を撫でると、

 

「ただいま、アリス」

 

「……お、かえり、な……さい……」

 

アリスがやっとそれだけ言うと、ブラッドはふっと笑ってリビングの方に行ってしまった。残されたアリスが、頭の整理が追い付かず、顔を真っ赤にしたまま立ち尽くしてしまうのだった。

 

 

 

 

ブラッドはリビングに来るとソファに座った。そして、抱き上げていたティアを膝の上に降ろすと、大きく溜息を付いて頭を抱えた。

 

俺は、何をやっているんだ……。いくら、子供達にせがまれたからといってアリスに……。

 

「……」

 

そこまで考えて、ブラッドは苦笑いを浮かべた。

いや、違うな。あれは俺の意志でやった事だ。アリスなら構わないと思った。だから、俺は――。

 

「パパ?」

 

不意に、膝の上に乗せていたティアが首をちょんっと傾げてこちらを見た。ブラッドはふっと笑みを浮かべると、ティアの頭を撫でる。すると、ティアが「えへへ」と嬉しそうに笑った。そんな笑みを見ていたら、自然と心が落ち着いてくる。

と、その時だった。突然、「父さん!」とシュンが後ろから抱き付いてきた。

 

「どうした?」

 

そう声を掛けると、シュンは「へへ」と笑いながら、

 

「母さん、顔真っ赤だったね! 母さん、いつも父さんにキスされると顔赤くするんだよ!」

 

「そう、なのか?」

 

「うん! 嬉しいけど、恥かしいって言ってる~」

 

「……っ」

 

ブラッドが思わず言葉を詰まらせると、シュンが不思議そうに見上げてきた。その瞳には純粋な疑問しか浮かんでいない。

 

「なんだか、楽しそうですね」

 

不意に後ろから声が聞こえてきたかと思うと、アリスがキッチンから料理を持って出てきた。すると、シュンがぱぁっと嬉しそうに笑みを浮かべて、

 

「オムライスだ~~!!」

 

そう言って、アリスの方に駆けて行く。アリスはくすっと笑いながら、

 

「本当は、栄養バランス的にこういうのばっかりは駄目なんだけれど、今日だけだからね」

 

「うん!」

 

そう言ってシュンが自分の分のオムライスを受け取ると、運び出す。ブラッドもティアを降ろすと、立ち上がってアリスの方へと向かった。

 

「俺が運ぼう」

 

「あ、ありがとうございま――あ」

 

と、アリスが笑顔で答えようとした時だった。ブラッドの手がアリスの手に当たる。瞬間、アリスがかぁ……っと頬を朱に染めた。

 

「アリス?」

 

「あ、えっと……わ、私、サラダ取ってきます……っ」

 

そう言って、オムライスの乗ったトレイをブラッドに預けると、アリスは脱兎の如くキッチンへと逃げたのだった。

 

 

 

 

 

ディナーが終り、アリスがキッチンで片付けをしていると、ブラッドが「手伝おう」とやってきた。

 

「ありがとうございます。あの2人は大丈夫なのですか?」

 

アリスがそう尋ねると、ブラッドは小さく頷き、

 

「ああ、今は2人で遊んでいる」

 

「ふふ、子供って元気なんですね」

 

「そうだな……」

 

そんな会話をしながら、洗った皿を片付けていく。仕上げにアリスがキッチンを拭いている時だった。

 

「アリス、そろそろ俺は戻るが……。後は大丈夫か?」

 

「え? あ……もうそんな時間なんですね」

 

見ると、時計の針が“9”の位置を指していた。アリスは少し考えた後、にこっと微笑んで、

 

「大丈夫ですよ。後は寝かしつけるだけですし」

 

あれだけ、食べて遊んだのだ。流石にティアもシュンも眠い時間だろう。そう思って、アリスはそう答えた。すると、ブラッドは少しほっとした様な表情を見せた後、そっとアリスの髪を撫でた。

 

「すまない、苦労を掛ける。俺も明日の朝、また様子を見に来よう」

 

「分かりました」

 

そんな会話をしている時だった。突然シュンがやって来たかと思うと、ブラッドの足にしがみ付いた。

 

「父さん、どこか行っちゃうの?」

 

「……っ」

 

ブラッドが言葉に詰まっていると、アリスがすっとしゃがんでシュンの頭を撫でた。

 

「ブラッドさんは、ご自身の部屋に戻られるだけよ。明日の朝また来てくださるって……」

 

「やだ! 父さんと母さんといっしょがいい! いっしょに寝よう?」

 

「それは……」

 

流石にそれは予想していなかったのか、アリスが困った様にブラッドを見る。ブラッドも、思ってもみなかったらしく、困惑気味にシュンを見下ろしていた。

 

と、その時だった。突然、ティアがリビングから走ってくると、ブラッドの足にしがみ付いた。そして、うるっとした瞳で見上げて、

 

「パパ~ティアといっしょにいて~」

 

「……アリス」

 

今度は、ブラッドが困った様にアリスを見た。そんなブラッドにアリスはくすっと笑うと、

 

「ブラッドさんさえ良ければ、この子達がいる間だけでも泊っていってください。ゲストルーム空いてますし――」

 

「いや、しかし……」

 

流石に、未婚の――しかも、アリスの部屋に泊まるのはいささかブラッドといえども気が引けた。だが、アリスは寝室が別れている事に安心しているのか、さして気にした様子もなく、

 

「私、小さい子の相手あまりした事ないので……男手あると、何かあった時助かりますし……それに……」

 

と、そこまで言ってアリスが言葉を切る。それから少し頬を赤らめてブラッドの方を見ると、恥かしそうに視線を逸らして、

 

「……ブ、ブラッドさんなら……別に……」

 

と、小さく呟いた。その言葉に、今度はブラッドが顔を赤くする番だった。

 

アリスは、自分の言葉に自分で恥ずかしくなってしまったのか、そのまま慌ててキッチンの奥へと逃げるように戻って行ってしまう。残されたブラッドが呆然と立ち尽くしていると、シュンがブラッドの服の裾を引っ張った。そして、にこっと笑うと、

 

「父さん、母さんのこと追いかけないと!」

 

と、何故か応援されてしまった。ブラッドはその笑顔を見て思わず苦笑すると、しゃがみこんでシュンの頭をそっと撫でる。それから立ち上がると、アリスの逃げて行った方へと向かったのだった。

 

 

 

キッチンの奥へ行くと、アリスは顔を真っ赤にして顔を手で覆っていた。そんな彼女の後姿が愛おしくて、ブラッドはくすっと笑うと、そっとそのまま彼女を後ろから抱きすくめた。

途端、アリスがぴくんっと肩を跳ねさせるのが分かった。それから、ゆっくりとこちらに振り返り、潤んだ瞳で見上げてくる。

 

「アリス……」

 

彼女の名を呼び、キャラメルブロンドの髪に指を絡ませ、その頬に触れる。すると、アリスがブラッドの手にそっと手を重ね、恥ずかしそうにしながらも微笑んだのだ。

 

「……っ」

 

瞬間、どき……っと鼓動が早くなる気がした。

 

アリスのその微笑みはとても美しいく、ブラッドはそっと彼女の顔に自身のそれを近付けた。すると、アリスの赤い顔がますます赤くなる。

 

「ブラ……」

 

アリスが、ブラッドの名を呼びかけるが、それは音にならなかった。

 

ブラッドの長い指がアリスを抱き寄せると、唇が彼女のそれに静かに重なったのだ。一瞬、アリスが驚いた様にそのライトグリーンの瞳を見開くが、そのままゆっくり閉じていく――。

 

そんな彼女が堪らなく愛おしく感じ、ブラッドは更に深く口付けた。

 

二度三度と繰り返す内に、アリスの吐息が甘くなっていくのを感じる。

更に深く口付けていくと、彼女は縋る様にブラッドの制服をぎゅっと掴んできた。それがまた可愛くてブラッドはそのまま唇を重ね続けたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2025.03.19