スノーホワイト
~Imperial force~
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◆ pieces of children3
「わぁ~~~」
目の前に並べられた目玉焼きハンバーグに、女の子と、男の子、そしてジュニアがきらきらの目で歓喜の声を上げた。
「ね、ママ! これ食べていいの!?」
女の子が、くいくいっとアリスの制服を引っ張った。そんな様子に、アリスがくすっと笑う。
「どうぞ」
「わ~い、いただきまーす」
ぱくっと、女の子がハンバーグを頬張る。もきゅもきゅと食べる姿は可愛らしく、見ているこっちも嬉しくなった。ふと、ソースが女の子に口に付いているのに気づき、アリスがナプキンで拭き取ると、女の子が「えへへ」と笑った。
「ママ、ありがとう~」
そんな2人のやり取りを見て、男の子がむぅ~と頬を膨らませる。
「ティア、ばっかりずるいぞ! 僕は、父さんにあーん、してもらうから!」
そう言って、男の子がブラッドに向かって大きく口を開ける。
「な……っ」
ブラッドが言葉を失っていると、アリスがふふと笑った。すると、ブラッドは小さく息を吐き、
「……仕方ない」
そう言って、男の子小さな口にナイフで切ったハンバーグを運ぶ。男の子が嬉しそうに笑う。そんな顔を見ていると、自然と頬が緩むのを感じ、男の子の頭を優しく撫でた。
「や~すっかり親子だな~はっはっは」
と、そんな4人の様子を見て、ジェイが笑いながら言う。
「ジェイ、からかわないでくれ」
ブラッドが咳払いをしてそう言うと、ジェイはにやにやしながら、フォークでハンバーグを刺したまま、びしっとブラッドに向けて、
「そんな事言って、実はまんざらでもないだろう?」
「ジェイ!」
「はっはっは、そうやって反応するのが、図星付かれた証拠だぞ~」
そう言いながら、ジェイがフォークに刺したハンバーグを口に運ぶ。そんな2人のやり取りに、アリスは苦笑いを浮かべるしかなかった。
と、その時だった。どすっ!とフェイスが目の前のハンバーグにフォークを刺した。
「ねぇ、これどういう状態な訳? 俺、全然説明受けてないんだけど」
ぎろっとブラッドを見る。すると、ブラッドは静かにフォークとナイフでハンバーグを切り分けながら、
「先に食べろ、フェイス。料理が冷める。話はそれから――」
「いや、そういう問題じゃないでしょ! 大体、この子達何!?」
もっともな突っ込みである。というか、むしろこちらが聞きたい気分だった。
「えっと、この子達は――」
アリスが苦笑いを浮かべながら、口を開きかけた時だった。ジュニアが大好物のハンバーグを頬張りながら、
「ブラッドとアリスの子じゃねえの? うっまっ! もぐ……このハンバーグめっちゃうめえ! もぐもぐ」
「……おチビちゃんは、黙ってて」
ふるふると、フェイスが怒りを抑えながら言う。すると、見かねたジェイがハンバーグを食べながら、
「まあ、落ち着けフェイス。実の所俺達もよく分からんのだ」
「どういう意味?」
「アリスもブラッドも子をもうけた覚えがない。だが、見ての通り、この子達は2人を親だと言っているんだ。俺は2人が入所した時から知っているが、子供を~という話は聞いた事も、見た事もないな」
「……つまり、この子達が嘘言ってるって事?」
そう言いながら、フェイスが女の子と、男の子を見る。すると、女の子がきょとんとしながら、くりっと首を傾げた。
「ティア、嘘言ってないよ。パパとママだもん!」
そう言って、ブラッドとアリスの制服を掴む。じわっとそのルビーの瞳に涙を浮かべ、必死にそう言う女の子を見て、ぴくっとフェイスのこめかみが引き攣る。すると、ブラッドが女の子と視線を合わせながら、頭を優しく撫でた。
「フェイス」
「な、何……」
「子供を泣かすな」
「……っ」
ブラッドの言葉に、フェイスが押し黙る。すると、ジェイがけらけら笑いながら、
「まぁまぁ落ち着け、2人共。とりあえず、食事が終わったらノヴァ博士の所に行こうじゃないか。何か分かるかもしれないしな」
「そう、ですね。他にも相談したい事ありましたし……」
アリスがそう言いながら、女の子の口についたソースを拭く。すると、女の子がアリスに抱き付き、その小さな手でぎゅっと制服を掴んだ。そんな女の子にほだされた様に、アリスが笑みを浮かべる。
すると、女の子の顔がぱあっと明るくなり、満面の笑みを浮かべたのだった。
*** ***
―――エリオスタワー 研究部・ノヴァのラボ
「お待たせ~」
ラボで待っていると、ノヴァが奥から戻って来た。
食事の後、ノヴァのラボに訪れて事情を話した所、少し調べたいと言って、ノヴァが女の子と男の子を連れて奥の部屋に入っていったのだが、戻って来たのはノヴァ1人だった。
「2人はどうしたんですか?」
心配になりアリスがそう尋ねると、ノヴァは肩を竦めて、
「疲れたみたいで寝ちゃったんだよね。今は奥のベッドで寝かせてるよ~」
「そう、ですか」
アリスがノヴァの言葉にほっとすると、ブラッドが口を開いた。
「それで、何か分かったのか?」
ブラッドの問いに、ノヴァがう~んと唸りながら頭をかく。それから、じっとブラッドとアリスを見た。
「ひとつ確認しておきたいんだけど、ブラッドくんも、アリスくんも、子供を作った覚えはないんだよね?」
「……ない、筈だが」
「……覚えも何も、妊娠した事もないんですが……それは、ノヴァ博士もご存じですよね?」
2人の答えに、ノヴァが「だよねえ~」と頷く。でも、何か引っかかるのか、ノヴァは言葉を濁した。
「可能性は2つ。まず1つはブラッドくんとアリスくんが同時に見てたっていう夢。それは何かの【サブスタンス】の所為で、その【サブスタンス】の影響を受けて具現化した。でも、それらしい【サブスタンス】は発見されてないし、『HELIOS』内にも存在しない。まぁ、見つかってないだけで、何処かにある可能性もあるけど……」
「もう1つは?」
「う~ん、おれとしてはこっちかなぁ~って気がしてるんだよね。ほら、以前リトル・フェイスくんの件があったでしょ? あの時の逆バージョン的な?」
「逆……といいますと……」
リトル・フェイスの時は、過去の幼いフェイスが現代にタイムトラベルしてしまった。その逆という事は……。
「……まさか、未来の俺達の子供達が現代にタイムトラベルしてきたと言いたのか、ノヴァ博士」
ブラッドの問いに、ノヴァが「そうそう~」と答えた。
「ま、確証はないけどね。ただ、色々照らし合わせるとその線が濃厚かなって」
「……」
突拍子もないその話に、ブラッドとアリスが難しい顔をする。それがもし本当だとしたら、アリスは将来ブラッドと結婚して子をもうけるという事になる。
……ブラッドさんと……。
アリスがちらりと、自分の隣に立っているブラッドを見上げる。すると、お互いに目が合った。
「……っ」
瞬間、頬がかぁっと熱くなるのを感じ、アリスは慌てて視線を逸らした。ブラッドも、少しだけ頬を染め視線を逸らして、それを誤魔化す様にごほんと咳払いをする。すると、ノヴァがそんな2人の様子に苦笑いを浮かべながら、
「あは~ま、もう少し調べてみないと分かんないけどね~。今回は、リトル・フェイスくんの時みたいな、媒体もないみたいだし」
あの時は、謎の乗り物の様なものがあった。しかし、今回はそれらしい物がないという。子供達の話を信じるならば、気が付いたらここにいたのだという。
「今、分かっているのは、男の子の名前は、シュン・ビームス。女の子はティア・ビームス。10歳と、6歳だって~。後、親御さんの名前は、ブラッド・ビームスと、アリス・ビームス。ちなみに、フェイス・ビームスっていうお父さんの弟さん――つまり叔父さんがいるって事」
「……」
「それと興味深いのは、住んでいる所はセントラルスクエアにある“エメラルドスクエア”ていう、タワマンの140階。これ、今建設中の『HELIOS』(エリオス)が開発に関わってるっていう建物だよね?」
「それは……」
今朝の会議で途中経過を聞いていた建設物の名前だった。今はまだ土台の段階で、建物自体は建っていない。
「DNA検査の結果は少し待って~時間掛かるから。結果出たら教えるよ。でも、まぁ、途中結果だけで言うなら、十中八九 ブラッドくんと、アリスくんの子供で間違いなさそうだけどね~」
「……」
ブラッドが、何をどう言っていいのか分からず黙り込む。アリスも、どうしていいのか分からず、反応に困っていた。そんな2人に、ノヴァは「あ~」と苦笑いを浮かべながら、
「とりあえず、どうする?」
「どうする、とは?」
ブラッドがそう尋ねると、ノヴァはさも当然のように、
「あの子達の面倒。勿論、もし本当に未来から来たなら、元の時代に帰れるようにこっちでは善処するし、【サブスタンス】の影響だとしても調査するけど――それまでの間、あの子達を面倒みなきゃでしょ? ブラッドくんもアリスくんも忙しい身だし、ラボで預かってもいいけど……あんまりお勧めしないかな~。まあ、あの子達がどうしたいかにもよるけど~」
「あ……」
そうだ。リトル・フェイスの時も、フェイスがウエストセクターの部屋で面倒みていた。それに、アリス以上にブラッドは忙しい身だ。ブラッドの任せるのは気が引けた。
「あ、その……」
アリスが口を開こうとした時だった。
「ママ~?」
突然、目をこすりながら女の子――ティアが奥の部屋から現れた。すると、その後ろから男の子――シュンが慌ててティアの手を握る。
「ティア、駄目だよ。話の邪魔したら……」
「でもぉ~」
ふと、ティアがブラッドとアリスを見つけると、ぱぁっと嬉しそうに笑った。そして、シュンの手を振りほどくと、2人に駆け寄ってきた。
「パパ~、ママ~!」
アリスが慌ててしゃがむと、ティアが勢いよく抱き付いてくる。アリスはそれを受け止めると、優しくティアの頭を撫でた。
すると、いつの間に来たのか、ぎゅっとシュンがブラッドの制服を掴む。
「父さん……」
不安そうな表情を浮かべるシュンに、ブラッドはふっと笑うと、頭を優しく撫でた。すると、嬉しそうにシュンがはにかむ。
その一連のやり取りを見ていたノヴァとジェイが顔を見合わせた。
「その様子だと、その子達は2人と一緒にいたいみたいだねぇ~」
「もう、お前達が一緒に面倒みればいいんじゃないか?」
と、ノヴァだけではなく、ジェイまでもそう言いだした。すると、アリスが苦笑いを浮かべて、 ゆっくりと立ち上がる。
「ブラッドさん、どうしますか? とりあえず、私の部屋で預かろうかと思うのですが……」
流石にサウスセクターの部屋で預かると、他のメンバーに迷惑が掛かる。そう思って、アリスはそう提示した。すると、ブラッドは少し申し訳なさそうに笑みを浮かべた後、
「……すまない、アリス。夜には俺も様子を見に行こう。何かあれば直ぐ電話してくれ」
「分かりました」
アリスが頷くと、ブラッドがふっと優しげに笑った。そして、シュンとティアの方を見て、
「お前達も、アリスに迷惑掛けないように大人しくしてるんだぞ」
「うん、父さん!」
「は~い、ティアいい子にしてる~」
そう言うと、シュンとティアが元気よく手を上げた。そんな2人にほだされたのか、ブラッドはくすっと笑うと、2人の頭を撫でた。すると、2人が嬉しそうに笑う。
そんな4人のやり取りを見ていて、ジェイがうんうんと何故か嬉しそうに頷いていた。
「いい光景だ。メンティーのこんな姿が見れるとは……俺は今、感動している」
と、何故か感極まっている。
そんなジェイにアリスが苦笑いを浮かべていると、ブラッドが何かに気付いたかのように「ああ……」と声を洩らした。
「すまない、次の会議に行かねばならない時間だ」
「あ……」
そういえば、午後から会議が2件あった。本来であれば、アリスも出席する予定だったのだが……。
思わず、腕の中のティアと、ブラッドの制服を掴んでいるシュンを見る。流石にこの2人を放置して行くのは気が引けた。
「……あの、ブラッドさん。私は――」
アリスが何か言い掛けた時だった。それよりも早くブラッドが口を開いた。
「アリスは、2人に付いていてやってくれ」
「……え? よ、宜しいのですか?」
アリスが驚いた様に、そのライトグリーンの瞳を瞬かせる。すると、ブラッドはふっと笑って、
「仕方あるまい。この子供達を放置して俺達2人が会議に行く訳にもいかないだろう」
「それは……そうですか……」
まさか、ブラッドからそう言ってくれるとは思わす、アリスが戸惑っていると、ブラッドがくすっと笑って、そっとアリスの髪を撫でた。それが何だかくすぐったくて、アリスがほのかに顔を赤くして俯いてしまう。
「父さん、仕事?」
すると、ブラッドの制服を掴んでいたシュンがそう尋ねて来た。ブラッドはシュンの頭を撫でると、
「ああ、仕事だ」
そう答えた。シュンがブラッドの答えにしょんぼりした表情を浮かべるが、次の瞬間、ぱっと明るく笑って、
「分かった。仕事がんばって! 母さんとティアは僕が守るから、安心して!」
「……」
まさかのシュンの反応に、ブラッドが一瞬 虚を突かれたような顔をする。が、すぐに、くすっと笑って、
「そうか、頼んだ」
そう言って、もう一度シュンの頭を撫でた。すると、シュンが「へへ」と嬉しそうに笑う。それを見ていたティアが、ばっとブラッドに向かって手を広げた。
「パパ、ティアも~~!」
どうやら、ブラッドがシュンを撫でた所を自分も撫でて欲しいらしい。そんなティアの頭を撫でながら、ブラッドはアリスを見た。
「アリス、後は頼む」
「はい。会議、頑張ってください」
「ああ」
それだけ言うと、ブラッドはラボを後にしたのだった。
2025.03.16

