花薄雪ノ抄
     ~鈴蘭編~

 

◆ 鶴丸国永 「水鞠の匣」

(刀剣乱舞夢 「華ノ嘔戀 ~神漣奇譚~」 より)

 

 

 

―――“審神者”会合・春の園遊会

 

 

この日、沙紀と鶴丸は春と秋に行われる、“審神者”会合の一環である園遊会に来ていた。本来、園遊会とは皇室の行事なのだが、それに習ってか、会合でもこうして開かれる時が年に二回程ある。

 

今回の場所は、京都では有名な庭園で開かれていた。中央に大きな湖があり、その周りを一面の桜が囲っている。その一角に席を設けているのだ。

 

が……、今はまだ三月で「春」というにはいささか、肌寒さが残る時期だった。かといって、何か羽織る訳にもいかず、朱の袴と白衣の上に千早を羽織るぐらいが関の山だった。

 

「沙紀、寒くないか?」

 

鶴丸にそう問われるが、沙紀は苦笑いを浮かべて、

 

「こ、このぐらいなら大丈夫です、よ?」

 

そう言って、笑ってみせたが……予想以上に寒い。きっと前までの沙紀なら、このくらい耐えられただろう。

何せ、真冬でも儀式の前は大国見山の奥にある“布留の滝”で禊をしていたのだから。それに比べれば、暖かい方である。

 

なの、だが……。

 

「……」

 

“神凪”だけでなく、“審神者”としても活動する様になって、その回数は確実に減っていた。

それはそうだろう。今までは週に最低一度は禊をしていたのに、今は月に一度、多くても二度しかしていない。

そのせいか、冷たさに慣れていた身体が、徐々に忘れつつあるのだ。

 

瞬間、ひゅうっと風が吹いた。

 

「……っ」

 

突然の風に、思わず沙紀が身震いをする。それを見た、鶴丸が心配そうに沙紀を見た。

 

「沙紀、寒いんだろう? 我慢しなくていい」

 

そう言って、自身の上着を脱ぐと、そっと沙紀の肩に掛けた。

 

「あ、あの……それだと、りんさんが……」

 

沙紀が戸惑ったようにそう口を開くが、鶴丸は何でもない事の様に、

 

「俺は鍛えてるからな。平気だから安心しろ」

 

そう言って くすっと笑うと、沙紀の頭を優しく撫でた。

 

「ですが……」

 

「きみに風邪引かれたら敵わないからな」

 

そう言って、笑い出す。そこまで言われたら、「大丈夫だから」と返す訳にもいかず、沙紀はぎゅっと、鶴丸が掛けてくれた彼の白い上着を握りしめ、

 

「あ、ありがとうございます」

 

はにかむようにそう答えると、鶴丸が嬉しそうに笑った。

 

「……っ」

 

その顔が余りにも優しげで、沙紀の心臓が大きく跳ねる。知らず、顔が熱を帯びていくのが分かった。

な、何を考えているのよ、私……。

 

顔が熱い。

沙紀はそれを悟られまいと、両の手で頬を覆った。すると、それに気づいた鶴丸が、ひょいっと顔を覗き込んできて、

 

「どうした、沙紀? 顔が赤いが――」

 

「あ、い、いえ、その……、す、少し喉が渇いただけで……」

 

と、適当に誤魔化すと、鶴丸が一瞬その金の瞳を瞬かせた後、ふっと微かに笑って、

 

「わかったよ、そういう事にしておいてやる。じゃぁ、何か飲み物取ってきてやるよ。何がいい?」

 

「え? あ……そ、それでしたら自分で――」

 

「いいって。こういう時ぐらい、俺を使ってくれ。さっぱりしたものでいいか?」

 

「あ、はい……」

 

引っ込みがつかなくなったのか、沙紀がこくりと頷く。すると、鶴丸は「わかった、ちょっと待ってろ」と言って、沙紀を近くの赤い布の掛けられた椅子に座らせると、そのまま何処かへ行ってしまった。

 

「……」

 

沙紀は、鶴丸の背を見送りながら、小さく溜息を洩らした。こんなお世話されっぱなし、で本当にちゃんとした“審神者”と言えるのだろうか。

 

駄目ね、私……もっとしっかりとしないと――。

 

そう思っていた時だった。

 

「あら、そこにいるのは、うちの・・・大包平を横取りしようとした、身の程知らずの新人さんじゃないかしら?」

 

はっとして顔を上げると、いかにも高飛車そうな女審神者と、見覚えのある刀剣男士がいた。

 

「あ……」

 

女はにやりとその口もとに笑みを浮かべ、

 

「あんたよね? 以前、うちの・・・大包平を勝手に使った女ってのは」

 

「え……? あの……」

 

沙紀は慌てて立ち上がると、すっと頭を下げた。

 

「ご無沙汰しております、睡蓮様」

 

そう――それはこの日本で五人しかいないという、特SSランクの“審神者”。またの名を、“睡蓮の本丸の審神者”だった。

そして、以前任務でお世話になった大包平の主でもあった。

 

頭を下げる沙紀を見て、睡蓮の審神者はふんっと、鼻を鳴らすと、

 

「へぇ? この私に頭を下げる殊勝な心掛け程度はあったようね」

 

そう言って、にやりとその口元に笑みを浮かべる。その時だった、睡蓮の審神者の後ろにいた大包平が痺れを切らしたように、

 

「おい、お前いい加減にしろ! 沙紀に失礼だろうが!!」

 

「は?」

 

大包平の言葉に、睡蓮の審神者が眉を寄せる。だが、大包平は気にする様子もなく、沙紀に近づくと嬉しそうに顔を綻ばせ、

 

「久しぶりだな、沙紀。ずっと会いたかったぞ! ――そういえば、一人なのか? 鶴丸はどうした?」

 

「あ、ご無沙汰しております、大包平さん。りんさんでしたら――」

 

と、沙紀がそこまで言いかけた時だった。

 

「ちょっと!! あんた、どういうつもりよ!!」

 

「え……?」

 

沙紀がはっとして顔を上げると、突然伸びてきた手が思いっきり振り上げられ――。

 

 

 

 

 ばち――ん!!

 

 

 

 

「……っ」

 

いきなり頬を叩かれた。

咄嗟に、沙紀と睡蓮の審神者の間に入った大包平が――。

 

「お、大包平さん……っ」

 

まさか、庇われるとは思わなかったのか、沙紀が慌てて頬を叩かれた大包平の傍に駈け寄る。

 

「……っ」

 

「だ、大丈夫ですか? どうして、私などを庇って――」

 

おろおろしながら、沙紀がそう言うと、大包平は何でもない事の様に、

 

「はは、お前に心配されるのも、なかなか気持ちの良いものだな」

 

「そ、そんな事を言っている場合では――血が……」

 

見ると唇を切ったのか、大包平の口元から微かに血が流れ出ていた。沙紀は慌てて巾着からハンカチを取り出すと、すっとそのハンカチを大包平の口元に当てる。すると、大包平が少し苦笑いを浮かべながら、

 

「よせ、沙紀のその綺麗なハンカチが汚れるぞ」

 

「そんな事……洗えば大丈夫ですので――」

 

そこまで言った時だった。わなわなと怒りで震えた睡蓮の審神者が、ものすごい目で沙紀を睨みつけたのだ。

 

「なん、な、のよ……あんたっ! 大包平もあたしというものがありながら、さっきから“沙紀”、“沙紀”ってこんな女の事、名前で呼んで!!」

 

「おいっ!」

 

大包平が止めようとするが、睡蓮の審神者は止まらなかった。

 

「なんで、こんな女庇うのよ!? 大包平はあんたなんかに渡さないわ!!」

 

そう叫ぶなり、ぐいっと沙紀の襟首を鷲掴みにするとそのままと引っ張ってきた。

 

「……ぁっ」

 

無理矢理立たされる。

 

 

「やめろ!!」

 

 

慌てて大包平が間に入ろうとするが――それは、逆効果だった。

 

「大包平はねえ! あたしの物なの!! 人の物に手を出そうなんて、なんて卑しい女!!」

 

「おい! いい加減に――」

 

大包平が止めようとするが、睡蓮の審神者はくすっと笑って、

 

「あんたみたいなのが、あたしの物に手を出そうなんて身の程知らずな考え――直ぐに、捨てられるようにしてあげるわ」

 

そう言った瞬間――。

 

 

 

 

―――どん!!

 

 

 

 

え……。

 

一瞬、沙紀は何が起きたのか分からなかった。

 

押されたかと思うと、視界がぐらりと揺れ足場が消える。そしてそのまま――。

 

 

 

 ざば――――ん!!

 

 

 

真っ逆さまに、後ろの湖に落ちたのだ。

 

 

 

 

「――沙紀!!」

 

 

 

 

大包平の声が響く。

 

「あははははは! いいザマね!! あんたには、そこがお似合いよ!!」

 

睡蓮の審神者は面白いものでも見たかの様に、笑い出した。

 

だが、大包平はそれ所ではなかった。沙紀が湖に落とされたのだ。この女によって。

 

大包平の中で、憎悪の様などす黒い感情がどんどん大きくなる。出来る事なら、今すぐこの女を斬り捨ててしましい感情に駆られる。

だが――今は。

 

大包平は素早く靴を脱ぐと、湖に飛びこもうとした。しかし――突然、ぐいっと睡蓮の審神者に腕を引かれる。

 

「ちょっと! なにやってんのよ!!」

 

「――っ、放せ! 沙紀が……っ!!」

 

「はぁ!? あんな女放っておきなさいよ! あんたの主は、私よ!?」

 

「黙――」

 

「黙れ」と言おうとした時だった。突然、大包平の横を誰かが通り過ぎたかと思うと、そのまま湖に飛び込んだのだ。

 

「!?」

 

大包平が、はっと何かに気付いたかの様に目を見開く。

まさか――。

 

「何、今の。鳥?」

 

睡蓮の審神者には認識出来なかったのか、「はん!」と声を上げながらそうぼやいた。

 

違う、あれは……っ。

 

「鶴丸……っ!!」

 

 

 

 

 

*** ***

 

 

 

 

 

「……っ」

 

冷たい水が足や手に絡まる。早く上にあがらなければと思うのに、服が邪魔して上手く上がれない。

今まで、水の中で身を清める事はあっても、こうして深い足場のない場所には、入った事はなかった。“泳ぐ”という行為が、どうしていいのか沙紀には分からなかったのだ。

 

とりあえず、手と足で踠いてみるが――どんどん身体が沈んでいく一方で、息をしようとしても、口を開けば泡となって空気が逆に出ていく。

 

どう……すれば――。

 

酸素が足りていないのか、どんどん頭がくらくらしてくる。手も足も痺れた様に動かない。頭が朦朧として、何も――。

 

ああ、このまま私は死ぬのだろうか……。

こうして、誰にも気づかれ……このまま……。

 

意識が遠くなっていく。こんな事になるならば、もっと鶴丸の傍にいればよかった。“本丸”の皆とも、もっと沢山話しておけば、よかった……。

そう思うも、それも、もう――。

 

その時だった。

 

 

 

―――沙紀!!

 

 

 

遠くの方で誰かが、自分を呼んだような――気がした。薄っすら目を開けると、白い影が自分に近づいて来るのが見える。

 

だ、れ……?

 

「……っ」

 

その影が、何かを言っている。が、頭がぼぅっとして、沙紀の耳ではもう聞き取る事が出来なかった。ぐいっと、その影が沙紀の腕を掴む。

 

「……、……、……」

 

……?

 

ぼんやりと聞こえる声は、鶴丸の声に似ていた。

 

ああ、きっと最期に幻を見せてくれているのかもしれない――。

よかった……りんさ、んの、こえ、が、聞け……て……。

 

そう思った瞬間、沙紀の意識は水底の方に沈んでいったのだった。

 

 

 

 

 

*** ***

 

 

 

 

 

「おい! 女の子と刀剣男士が落ちたぞ!?」

 

会場は一気にざわめき出した。

 

「どこの“審神者”だ?」

 

「いや、分からんが――」

 

大包平は、湖の方を見たままぐっと、拳を握りしめた。

ざわざわと、騒ぐ周りの声が煩い。そんな中、一番煩わしいのは、自分の腕を掴んで離さないこの女だった。

 

「ちょっと、いつまでここにいるつもりよ! 早く行きましょ?」

 

「……」

 

睡蓮の審神者がそう言うが、大包平は動こうとしなかった。

 

鶴丸は沙紀の為に、躊躇わず湖に飛び込んだ。

なのに、俺は何をしているんだ……っ。こんな女に遮られて、助けに飛び込む事すら出来ない――。

 

「沙紀……、鶴丸……」

 

俺は……池田輝政に見出された最高傑作と言われた刀だぞ!?

それなのに……っ!!

 

「ねぇ~大包平~、あっち行きましょ? ここにいても意味ないんだしぃ~」

 

そう言いながら、睡蓮の審神者がぐいぐいと腕を引っ張ってくる。猫撫で声の様に聞こえてくる、この女の声が余計に苛付く。

 

「……は、何も感じないのか?」

 

「え?」

 

苛々が収まらない。この腹立たしさは、睡蓮の審神者に対してか、それとも自分に対してなのか。少なくとも――。

瞬間、大包平が怒りの眼差しで睡蓮の審神者を見たかと思うと、そのままぐいっと彼女の胸ぐらを鷲掴みにした。そして、

 

 

「貴様は――! 貴様が沙紀をここに落としておきながら、何も感じないのか!?」

 

 

大包平は今まで、本気で睡蓮の審神者に対して怒りを覚えても、それを表に出す事は一切しなかった。どうせ無駄だと思っていたからだ。だが、今回ばかりは許せるものではなかった。

 

「ちょっ、お、大包平……? 何言って――」

 

「もしも……もしも、沙紀に万が一の事があったら、貴様を叩き斬ってやる!!」

 

「は……? 大包平どうしちゃったの? あたしはあんたの主よ? あたしの為に、あの身の程知らずの子を斬るって言うなら分かるけど」

 

 

 

 

「――ふざけるな!!」

 

 

 

 

そう叫ぶや否や、大包平は睡蓮の審神者を どんっ! と、突き飛ばした。「きゃっ!」と声を上げて、睡蓮の審神者がそのまま後ろへ倒れる。

だが、大包平は手を貸すどころか、上から怒りの形相で彼女を睨みつけ、

 

「二度は言わん。二度と沙紀に近づくな!!」

 

それだけ言うと、大包平は踵を返した。上着を脱ぎ湖に飛び込もうとする。

と、その時だった。

 

湖の水面にぶくぶくと泡が上がってきたかと思った瞬間、ばしゃん! っという音と共に、沙紀

を連れた鶴丸が姿を現したのだ。

 

「沙紀! 鶴丸!!」

 

大包平が慌てて駆け寄る。

 

「げほっ、げほっ……、大包平、手、貸せ」

 

鶴丸が陸にいる大包平にそう声を掛けると、そのまま沙紀を大包平と一緒に陸に上げる。沙紀はぐったりしていて、その意識がなかった。

 

「沙紀……っ」

 

大包平が、沙紀を抱えながらぎゅっとその手に力を籠める。

 

「医者を――」

 

大包平がそう言おうとした時だった。鶴丸が、ざぱんっと湖から陸に上がってくると、そのまま自身の着物の首元をぐいっと緩める。

 

「そんな暇あるか。いいから、沙紀をそこに寝かせろ」

 

大包平が「あ、ああ……」と答えながら、そっとその場に沙紀を寝かす。

すると、鶴丸は沙紀の胸元を緩めると、そのままそこに手を当てた。そして、そのままぐっと胸元をマッサージする様に何度か抑えると、今度は彼女の口の中に息を吹き込んだ。それを何度も繰り返す。

水を吐かせようというのだ。

 

「沙紀……っ」

 

鶴丸が願う様に、彼女の名を呟く。

 

 

――目を覚ましてくれっ。

 

 

そうして、何度も同じ行動を繰り返していくと、ふと、沙紀の手がぴくんっと微かに動いた。

瞬間、彼女の口から水が吐き出される。そして、少ししてから沙紀が苦しそうな表情を浮かべながらも、ゆっくりと目を開けたのだ。

 

「沙紀……っ」

 

鶴丸がほっとした様に、彼女の名を呼ぶと、そのまま彼女を抱きしめた。

沙紀はまだ頭が働いていないのか、今の状況が分かっていないのか、ぼんやりした眼差しで鶴丸と、近くにいた大包平を見た。

 

「りん、さ……、大包平さ、も……げほっ、げほっ!」

 

「沙紀!?」

 

慌てて、大包平が沙紀と鶴丸の方へと駆け寄る。すると、鶴丸が沙紀の背を摩りながら、

 

「大丈夫だ。ゆっくり息を吸って吐くんだ」

 

そう言って、彼女の背をゆっくりと撫でた。

 

「りんさん……わ、たし……」

 

「ああ、安心しろ。もう大丈夫だから――」

 

鶴丸の手が優しく沙紀の背を、ぽんぽんっと叩く。

 

だが、沙紀のその小さな身体は震えていた。それはそうだろう、春先とは言えまだ水は冷たかった筈だ。それに水の中は暗く、下手をすればそのまま闇の中に捕らわれていたかもしれないからだ。

 

「沙紀……」

 

鶴丸がぎゅっと沙紀を抱きしめる。すると、大包平がすっと上着を差し出した。

 

「かけてやってくれ。無いよりマシだろう」

 

一瞬、鶴丸が驚いた様にその金の瞳を瞬かせるが、次の瞬間ふっと微かに笑い、

 

「悪いな、助かる」

 

そう言って、大包平からの上着を受け取ると、そのままそれを沙紀に掛けた。

本当なら、自分の上着を掛けてやりたいが、残念ながら彼女と一緒に湖に落ちたので、びしょ濡れだった。

 

だが、それだけでは足りないのか――沙紀の身体は震えが止まらなかった。小さく震えたままで、その瞳もじっと何かに耐える様に閉じたままだ。唇の色も紫色に変わり始めている。

 

「……」

 

鶴丸はぎゅっと沙紀を抱き締める。そして、そのまま抱き上げたかと思うと歩き始めた。

驚いたのは、大包平だった。

 

「鶴丸? 医者を待たないのか?」

 

慌てて、二人の後に続く。

 

「……待つ時間が惜しい」

 

確かに医者も必要かもしれない。しかし、こんなに身体が凍えているのに、こんな寒い外で待つのは、沙紀の身体にも酷というものだった。

 

 

 

 

 

 

そのまま園遊会の会場になっていた庭園の入り口まで歩いていくと、近くにいたタクシーを呼ぶ。鶴丸は沙紀を抱えたままタクシーに乗り込むと、

 

「俺達は先に失礼する。後処理、頼んでいいか?」

 

そう大包平に尋ねると、大包平は小さく頷き、

 

「ああ、任せろ」

 

そう自信満々に答える大包平に、鶴丸がふっと微かにその口元に笑みを浮かべる。そして、すっと左手を伸ばすと、拳でぽんっと大包平の胸を叩いた。

 

「お前のそういう所、嫌いじゃないぜ?」

 

それだけ言うと、そのまま運転手にホテルの場所を伝える。そして、タクシーで去っていった。

その様子を、大包平はただ見ている事しか出来なかったのだった―――。

 

 

 

 

 

*** ***

 

 

 

 

 

―――京都市内・某所ホテル

 

 

 

鶴丸は泊まっていたホテルに着くと、フロントで医者の手配を済ませ、すぐさま部屋へ向かった。部屋の中に入ると、鍵をかける。そして沙紀を抱えたままシャワールームへ直行した。

 

震える彼女の身体を浴室に連れていくと、問答無用でシャワーの蛇口を捻った。

瞬間、お湯がざあああと言う音共に、流れ出てくる。それに、びくんっと沙紀の身体が反応した。

 

「え……、あ……り、んさ……ん?」

 

沙紀は何が起きたのか理解出来なかったのか、その大きな躑躅色の瞳を瞬かせて、鶴丸を見た。だが、鶴丸はそっとその手で沙紀の頬に触れると、

 

「まだ冷たい……。唇の色も頬の色も、青いままだ。寒いんだろう? 無理はするな」

 

「あ、いえ、あの……そう、では、な、くて……」

 

これは、何?

何故、私はりんさんの腕の中でシャワールームの中にいるの?

 

その時だった。

すっと鶴丸の手が沙紀の白衣に伸ばされたのだ。ぎくりとしたのは沙紀だ。慌てて、鶴丸の手を止めようと手を伸ばす。

 

「あ、あの……っ、なに、を――」

 

「何って、濡れた服を脱がすんだよ。このままだと風邪引いちまう」

 

「そ、そのっ、じ、自分で出来ます、の、で……」

 

そう言ってはみたが、手がかじかんで上手く指が動かない。

 

「無理するな。俺がやってやるから。ほら、手もまだ冷たい」

 

そう言って、そっと沙紀の手を握ると、その手の甲に口付けを落とした。

 

「……っ、ぁ……」

 

シャワーのお湯で敏感になっているのか……沙紀がぴくんっと肩を揺らす。それを見た鶴丸が、一瞬驚いた様にその金の瞳を瞬かせたが、次の瞬間くすっと笑って、

 

「なんだ、感じてるのか?」

 

「ち、ちがっ……」

 

嘘だ。

違わない。

本当は、ずっと鶴丸に触れられている箇所を過敏に感じていた。

 

「沙紀……」

 

そっと、鶴丸の手が沙紀の頬に触れる。

 

「……ぁ……」

 

そのまま上を向かされたかと思うと、口付けが降ってきた。

 

「ん……っ、り、ん……さ……」

 

そのままするっと、鶴丸の手が沙紀の衣に触れると、白衣が下げられる。ぱさりと白衣がタイルの上に落ちた。

 

「ぁ……だ、だめ……」

 

沙紀が、慌てて自身の露わになった胸元を両手で隠す。その身は、流れ続けているシャワーのお湯で濡れており、ほのかに紅潮した頬が余計に沙紀を色っぽく見せた。

すると、鶴丸はとんっと、壁際に手を掛け、沙紀が逃げられない様に追い込むと、

 

「馬鹿、そういうのは逆効果だっていつも言ってるだろう?」

 

「そ、そんな事を、言われまして、も……」

 

かぁぁっと、ますます頬を赤くする沙紀がたまらなく可愛く見えた。

 

「あ、あの……、手、手もその動きますので、後は自分で……」

 

「駄目だ。まだ身体も唇も全部冷たいじゃないか。こんなきみを、放っておける訳ないだろう? それに――」

 

そのままとんっと、額をくっ付けられる。間近に迫った、鶴丸の金の瞳と目が合った。

 

「俺が――無理」

 

そう言うなり、再び口付けが降ってきた。

 

「……ぁっ、ンン……は、ぁ……っ」

 

そのまま、何度も角度を変えて繰り返される口付けに、沙紀は抵抗する事が出来なかった。だが、それも仕方がない事だった。心の何処かで、この冷え切った身体を温めてくれるのなら――と、そう思ってしまったのだ。

 

鶴丸の舌が、そっと沙紀の唇を舐める。まるで開けろと言っているかの様に。

 

だが、沙紀は恥ずかしさからなのか、唇を開く事が出来ないでいた。すると、鶴丸がそっと手を沙紀の頬に添える。そして親指の腹で優しく撫でると、耳元へと触れた。

 

「……ぁっ……」

 

途端、沙紀の口から小さな吐息と共に、僅かに口が開かれた。

すると、その合間を縫う様に鶴丸の舌が沙紀の口内へ侵入してくる。それはあっという間の出来事で、気付いた時には既に遅かった。

 

逃げる間もなく、鶴丸の舌が絡みつく。その熱さに、沙紀はびくんっと身体を震わせた。

 

「は、ぁ……んっ……り、んさ……ン……」

 

水音を立てながら、何度も互いの唾液を混ぜ合わせる様な口付けを交わす。

 

「沙紀……」

 

熱の籠もった声で呼ばれ、沙紀が肩を震わせた。

すると、そのまま鶴丸は沙紀の首筋へ顔を寄せると、ちゅっと吸い付いてきた。白い首筋には赤い痕が残り、それがまたなんとも艶めかしく見えてしまう。鶴丸は満足そうに微笑むと、今度は鎖骨に軽く歯を立てた。

 

「あ、ンン……っ」

 

びくんっと沙紀の身体が震えるが、構わずにそのまま強く吸うと、沙紀の肌に紅い花びらが散った。

 

「あ、あの……、待っ……」

 

何とか抵抗の意を伝えようとするが、それはとても弱々しいもので。鶴丸がくすっと笑うと、

 

「待てない、無理」

 

そう言って、そのまま鶴丸は唇を下へ移動させると、胸の膨らみに触れる。

 

「ああ……ここも冷たい。今温めてやるから――」

 

そう言うと、その柔らかな感触を楽しむ様に揉み始めたのだ。

 

「あっ……、ンン……は、ぁ……り、りん、さ……っ」

 

びくん、びくんっと沙紀の身体が、鶴丸の指に翻弄されて反応する。次第に先端の突起が主張を始めたのを見て、鶴丸はそれを指先で摘まんでは転がした。

 

「あぁ……んっ」

 

すると、沙紀から甘い声が上がる。

 

「もっと、沙紀の声。……聞きたい」

 

懇願する様にそう言うと、鶴丸は片方の先端を口に含むと舌の上で弄び始めた。

 

「り、ん――ぁあ……っ」

 

もう片方は手で包み込み、時折爪を立てて引っ掻いてやれば、沙紀の身体が何かに耐えるかの様に震え始める。それに気をよくしたのか、鶴丸が口に含んだ方を強く吸い上げていく。その度に、沙紀の身体がびくびくっと跳ね上がった。

 

「……ぁあ、ん……待っ……あぁ……は、ぁ……あん」

 

シャワールームに響くのはシャワーの水の音だけで、沙紀の喘ぐような吐息だけが反響して聞こえる。それが余計に鶴丸を煽っているとは知らず、沙紀は必死に耐えていた。

だが、身体の奥底がじわっと熱を帯びてくる。その感覚に、沙紀は困惑していた。

 

な、何こ、れ……変に、なりそう……っ

 

身体が熱い。

今まで感じた事のない感覚に戸惑いを隠せないでいると、不意に下腹部の方へ刺激を感じた。視線をそちらへ向けると、いつの間にか朱の袴が下げられていて、そこから鶴丸の手が下着の中へと入り込んでいたのだ。そして、直接秘部に触れられる。

 

「あ……っ」

 

びくんっと沙紀の身体が震えた。そこは既に蜜で溢れており、少し触れただけでもくちゅっと音が聞こえてくる。

 

瞬間、かぁっと沙紀が顔を赤くした。

だが、それを見た鶴丸は嬉しそうな表情を浮かべると、そのまま割れ目をなぞる様に触れてきたのだ。そして、そのままゆっくりと中へと指を挿入してくる。

 

「ああ……っ!」

 

すると、沙紀の口から一際高い声が上がった。そこは熱く蕩けており、鶴丸の指を飲み込んでいく。そのまま抜き差しを繰り返していると、段々と水音が大きくなっていった。

 

「あ、ああ……やっ、あぁん……だ、だめぇ……っ」

 

沙紀の喘ぐ声がシャワールームに響く。それに気を良くした鶴丸が、さらに本数を増やしていった。

 

沙紀はもう立っている事も出来ず、壁に付いていた手は、今は鶴丸にしがみ付く様に腕に掴まっている状態だった。だが、鶴丸の攻めは止まらず、三本の指でバラバラに動かしたかと思うと、ある場所を集中的に擦る。

その度に、沙紀の口からは甘い声が漏れ続けた。

 

やがて、沙紀の限界が近い事を悟ったのか、鶴丸はそっと耳元で囁いた。

 

「沙紀――このまま、きみを俺のものにしたい」

 

それは、いつもより低く、どこか甘さを孕んだ声で――。

 

途端、びくんっと沙紀の身体が震えた。同時に、鶴丸の腕をぎゅっと握り締める。そして、沙紀がそのままずるりと壁伝いに崩れ落ちそうになった。

 

「おっと」

 

咄嗟に鶴丸が支える。

 

「ぁ……すみま、せ……」

 

沙紀が申し訳なさそうにそう言うと、鶴丸はくすっと笑って、

 

「馬鹿、きみが謝る必要はないだろう?」

 

そう言ってそのまま抱き上げると、自身の膝の上に乗せた。まだ身体が敏感なのか、沙紀がふるっと身体を震わせる。

鶴丸は、そんな様子を愛おしそうに見つめると、そっと頬を撫でてやった。すると、沙紀は潤んだ瞳で見つめ返してきた。

 

「りん、さ、ん……」

 

火照った彼女の顔が、いつも以上に色っぽく見える。それはきっと、この湯煙の所為だけではないはずだ。

そう思うと、鶴丸は自分の中の欲情が膨れ上がっていくのを感じて、ごくりと喉を鳴らした。その音に気付いたのか、沙紀が恥ずかしそうに身を捩る。しかし、それを逃さないと言わんばかりに、鶴丸は両手で腰を掴むと、自分の方へ引き寄せた。

 

「あ……」

 

必然的に、二人の身体が密着する形になる。

――どくん、どくんと脈打つ鼓動だけが伝わってきた。

 

それは沙紀だけではなく、鶴丸も同じだった。互いの心臓の音が重なる。それが心地よくて――二人は暫くそのままでいた。

 

次第に、どちらからともなく口付けを交わす。軽く触れるだけのものだったが、それでも心はとても満たされていた。

すると、突然沙紀がくすりと笑みを零した。不思議そうに鶴丸が首を傾げると、沙紀が優しく微笑んで、

 

「ありがとうございます」

 

それは、先程までとは違う温かさを含んだ笑顔だった。

 

鶴丸は思わず息を呑んだ。

こんな風にも笑うのか――と。そして、改めて沙紀への想いが募っていくのを感じていた。

 

だが、それも束の間。沙紀は、ふわりとした浮遊感を感じたかと思ったら、今度は視界が反転していた。

背中にはタイルの壁の冷たく固い感触が伝わる。目の前には、鶴丸の顔があった。そこで初めて押し倒された事に気付き、沙紀はその瞳を見開いた。

 

「りん……」

 

「りんさん?」と呼ぼうとしたが、すぐに唇を塞がれてしまい言葉は呑み込まれてしまった。

そのまま舌を絡め取られ、口内を蹂躙される。歯列をなぞられ、舌を吸われ、甘噛みされていく度に、沙紀の口から甘い声が零れた。

 

息継ぎすらままならない激しい口付けに、沙紀の意識が段々ぼぅ……としてくる。だが、それさえも気持ちいいと思ってしまうのは、やはりこの状況だからだろうか。

瞬間、鶴丸の手が沙紀の太腿に触れた。

 

「あ……」

 

びくっと沙紀が反応するが、抵抗する事は出来なかった。そのまま脚を割り開かれ、その間に身体を入れられる。

 

鶴丸の手が、秘部に触れた。そこは既に十分すぎるほど濡れており、鶴丸の指を難なく受け入れた。

 

「んん……はぁ、あ……ああ……やぁ……っ」

 

一本、二本と増やされていく度、くちゅくちゅと水音が響く。その度に、沙紀の身体が小さく震えた。

やがて、三本目が入る頃には、沙紀のそこは十分にほぐされていた。鶴丸は満足げな表情を浮かべると、指を引き抜く。

 

「……っぁ……は、ぁ……」

 

刹那、沙紀の口から吐息が漏れた。その声にさえ煽られながら、鶴丸は沙紀の耳元で囁く。

 

「沙紀、いいか?」

 

すると、沙紀の瞳が大きく揺れ動いた。そして、少し恥ずかしそうに頬を染めながら、

 

「はい……」

 

その言葉を聞いた瞬間、鶴丸の中で何かが弾けた気がした。

そして、そのまま一気に貫く。

 

「ああ……っ!!」

 

沙紀の口から悲鳴にも似た声が上がった。

だが、それも最初だけで、すぐに甘い声へと変わっていく。そのまま何度も激しく抽挿を繰り返すと、沙紀の声も大きくなっていった。

 

「あ、ぁあん……っ、は、ぁンン……っ、り、りんさ……ああっ」

 

同時に、結合部からは厭らしい音が立ち始めた。

シャワールームに響き渡る音に、沙紀は顔を真っ赤にさせていたが、そんな沙紀も鶴丸には可愛く見えて仕方なかった。鶴丸の動きが激しくなるにつれ、沙紀の口からは甘い喘ぎ声しか聞こえなくなる。

 

やがて限界が近付くと、沙紀は無意識の内に、鶴丸の背に手を回し、しがみ付いていた。その動きに合わせる様に、鶴丸が奥深くへと突き入れる。

 

最早、お互いの理性は完全に崩壊していた。

 

やがて、沙紀の身体がびくんっと跳ね上がると同時に、膣内が収縮する。その締め付けに耐え切れず、鶴丸もまた絶頂を迎えたのだった。沙紀の中に熱いものが注ぎ込まれる。

 

「――ぁあ!」

 

それと同時に、沙紀は身体を痙攣させ、一際大きな声で喘ぐと果てた。

 

そして、彼女の中から自身を引き抜き、そのまま沙紀の上に覆い被さる。

暫くそうしていると、荒かった呼吸が落ち着いてきたのか、沙紀の表情が柔らかくなった。

 

鶴丸はゆっくりと起き上がり、沙紀の瞳に自身を映しながら――。

 

 

「沙紀――愛してる」

 

 

真っ直ぐに見つめてくるその眼差しに、沙紀は自然と笑みが溢れた。

 

そして――沙紀がそっと手を伸ばして、鶴丸の首に腕を回す。そのまま引き寄せて抱き付くと――自分から鶴丸の唇に口付けたのだ。

 

沙紀からの口付けに、鶴丸の鼓動が高鳴る。鶴丸はそれに応えるように、強く抱きしめ返すと、再び深い口付けを交わしていったのだった。

 

 

 

それから暫くして。

二人は身体を清めると、今度はきちんと湯船に浸かり直した。

 

沙紀は鶴丸に背を預ける形で寄り掛かっている。

その身体はぐったりとしており、完全に力が抜けきっている様子だった。そんな沙紀の身体を後ろから抱き締める様にして支えながら、鶴丸は彼女の髪へ顔を埋めていた。

 

ふわりと香るのは、シャンプーの香りだろうか。

甘く優しい匂いが鼻腔をくすぐる度、鶴丸の中に何ともいえない感情が湧き起こってくる。それが何なのかは分からないが、決して不快ではないという事だけは確かだった。むしろ心地良いとさえ感じる程だ。

 

「あ、あの、……りん、さ、ん……」

 

そんな事を考えていると、不意に沙紀が身じろいだ。

沙紀がほのかにその頬を朱に染め、ゆっくりと後ろを振り返ってくる。その仕草にすら愛おしさを感じながらも、鶴丸は平静を装って口を開いた。

 

「ん、どうした?」

 

だがしかし――次の瞬間には言葉を失っていた。

 

何故なら、沙紀が鶴丸の頬に手を添えてきたからだ。そして、そのまま顔を引き寄せると、沙紀の方から、ちゅっと触れるだけの口付けをしてきた。

 

突然の事に驚いた鶴丸は、目を見開いて固まってしまった。

そんな鶴丸を見て、沙紀が少し恥ずかしそうに笑みを零す。それから、ゆっくりと優しげに微笑みながら、とても穏やかな声音で――、

 

「……驚きましたか?」

 

まさかの沙紀からの一本に、鶴丸がその金の瞳を見開いた。が、直ぐにいつもの余裕のある笑みを浮かべる。

 

「はは、沙紀は俺を驚かせるのが上手いな。でも――」

 

そう言ったかと思った瞬間、突然沙紀の腰に手を回すと、そのままぐいっと自身の方へ引き寄せた。流石にそれは予想していなかったのか、沙紀が「きゃっ……」と、声を上げて、慌てて鶴丸の肩に手を伸ばした。と、同時に、ばしゃん!とお湯が跳ねる。

 

「この俺を驚かせようなんて――いい度胸だ」

 

そう言って、鶴丸が不敵に笑うと、いきなり沙紀の身体をくすぐりだしたのだ。

 

「きゃっ……。ま、待っ……だ、だめ、そこは……っ」

 

今度こそ驚いたのは、沙紀の方で……。

身を捩って逃げようとするが、鶴丸にがっちりと、片腕で腰を掴まれている為動く事が出来ない。結局なす術もなく笑い続けた結果――。

 

「りんさ……っ、あぁ……っ! こ、降参っ、降参です……っ」

 

そう言って涙目になりながら白旗を上げる事になったのだった。

 

「はは、俺の勝ちだな」

 

してやったりな表情を浮かべる鶴丸に対し、沙紀は悔しそうに頬を膨らませた。それから、暫くして落ち着いてくると、沙紀がゆっくりと口を開いた。

 

「……りんさんを、驚かせられると思ったのに」

 

それはまるで独り言のように小さな声だったのだが――。しかし鶴丸の耳には確かに届いていたようで……彼は黙って耳を傾ける事にした。

 

そして、聞き終えた瞬間――思わず苦笑してしまったのである。何故ならそれは、あまりにも可愛らしい内容だったからだ。

 

まさか、そんな事を考えていたなんてなぁ……。

 

確かに言われてみればそうかもしれないなと思う反面、それでもやはり納得出来ない部分もあったりするわけで……。だがしかし、それで全てを否定してしまうのも何だか違う様な気がする。

 

鶴丸は暫く考え込んだ後――やがて一つの結論に至ったのだった。つまり、彼女は人並みに嫉妬するし独占欲もあるのだろう、と。

それを実感した途端、鶴丸の中にあった彼女への愛おしさが一気に膨れ上がってきた気がした。

 

ああ……本当に可愛いな。

 

そんな事を考えつつ沙紀の方を見ると、じっとこちらを見ていた彼女の躑躅色の瞳と目が合った。

その表情が堪らなく可愛くて、鶴丸が思わずその顔に笑みを浮かべてしまう。それから、「沙紀――」と甘く名を呼ぶとそのまま、彼女の唇に今度は自分から唇を重ねた。

 

「……ん……」

 

沙紀が、ぴくんっと肩を震わす。それでも、鶴丸は彼女を抱き寄せると、そのまま口付けをしていった。

触れるだけの優しい口付けを繰り返していく内に、次第にお互いを求め合う様に舌を絡め始める。

 

「……っ、ぁ……ん……ふ、ぁ……っ、り、んさ……ン……っ」

 

何度も角度を変えながら深く貪り合えば、沙紀の口から甘い吐息が漏れた。そんな沙紀の反応を楽しむかの様に、鶴丸は更に激しく求め続ける。

沙紀が、その手を鶴丸の首に回すと、鶴丸はいよいよ止められなくなってきた。

 

彼女が――沙紀が、自分に応えてくれる事が嬉しくて。

求められるのが、堪らなくて。

このまま、彼女を再び自分のものにしてしまいたい、衝動に駆られる。

 

彼女が欲しい。

沙紀が――欲しくて堪らない。

 

もう一度、沙紀をこの手で抱いてしまいたい。

 

「りん、さ……っ」

 

沙紀が、微かに鶴丸の名を呼んだ。それに応える様に、鶴丸が「沙紀……」と甘く名を呼び、彼女の髪を撫でる。

 

やがて唇が離れる頃には、二人の息は完全に上がっていた。

 

「は、ぁ……っ」

 

荒い呼吸を繰り返しながら、沙紀が潤んだ瞳で見つめてくる。その瞳からは物欲しそうな色が見え隠れしており、鶴丸はごくりと喉を鳴らした。

 

「……っ、りんさ、ん……、わた、し……」

 

ほのかに上がる息。

ほんのり、薄紅色に染まった頬。

潤んだ瞳に、塗れた唇。

 

その全てが、鶴丸を求めている様に見えた。惚れた彼女のそんな姿を見て、理性を保てというのは無理な話だった。

 

「沙紀……」

 

そっと、鶴丸が沙紀の頬に触れる。さらりと、彼女の艶やかな黒髪が指に絡まって、その一本一本に反応してしまいそうになる。

 

「馬鹿、これ以上俺を煽るな。そんな顔されたら、またきみが欲しくなるだろう?」

 

鶴丸は苦笑しつつそう言うと、沙紀がきょとんとした表情を浮かべた。そして次の瞬間には、恥ずかしそうに俯いてしまう。

 

そんな仕草がまた可愛らしくて堪らないのだが、鶴丸は敢えて何も言わずに沙紀を抱き締めた。

すると、沙紀もそれに応える様にして、鶴丸の背に腕を回してくる。それが嬉しくて堪らなくて――鶴丸は更に強く彼女を抱き寄せたのだった。

 

 

 

 

 

 

着替えを終えて部屋に戻った二人だったが、沙紀はまだ夢現の状態で、鶴丸に支えられながらベッドまでやってきた。

沙紀を座らせると、鶴丸は冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出し蓋を開けると、そのまま沙紀のいる方へやって来る。

 

「ほら口開けろ」

 

そう言って、ぐいっと自身の口にミネラルウォーターを含むと、そのまま口付ける。瞬間ごくりと、沙紀の喉に冷たい水が通っていき、そこでようやく意識がはっきりし始めた。

 

飲み終わったところで唇を離すと、今度は額同士を合わせてきた。

間近にある金色の瞳は、どこまでも優しくて、沙紀は思わず目を閉じる。すると、鶴丸の温もりが一層近くなった気がした。

 

沙紀はそっと鶴丸の首筋に手を添えると、自分から顔を近付けていく。

そして、そのまま軽く触れるだけの口付けをした。鶴丸が驚いた表情を浮かべたが、すぐに微笑み、そのまま深く口付けてくる。

 

舌を絡ませると、先程とは違う、お互いを確かめ合う様な深いものへと変わっていった。

そのまま押し倒されそうになるが、沙紀はやんわりと手で押さえる。不思議そうな表情をする鶴丸に、沙紀は笑顔を向けると、

 

「あ、あの……その、りんさんにお願いが、あるの、です……」

 

少し頬を赤らめて彼女はそう言った。そして、小さな声で、

 

「今日は一緒に寝たら、駄目、ですか?」

 

その言葉の意味を理解するのに、鶴丸には数秒の時間が掛かった。鶴丸はくすっと笑うと、

 

「ああ、構わない」

 

そして、沙紀を抱き締めると、お休みの挨拶代わりに軽い口付けを交わしたのだった。

 

 

 

 

 

 

それから、沙紀を医者に見せた後、彼女と一緒に食事をし、ベッドへと入る。向かい合って横になると、沙紀は嬉しそうに微笑みながら身体を摺り寄せてきた。

 

「なんだ? 甘えん坊だな」

 

ふっと笑みを浮かべて、沙紀の頭を撫でると、沙紀がちらっと鶴丸を見て、

 

「……駄目、ですか?」

 

「ん? いや、構わないさ」

 

そう答えると、沙紀の表情が和らいでいく。

 

「ありがとうございます」

 

そう言って嬉しそうに笑うと、そのままゆっくりと沙紀の瞼が落ちていった。

よほど疲れていたのだろう。すやすやと眠る沙紀を見て、鶴丸は優しい眼差しを向けながら、彼女の頭を撫でた。

 

 

「お休み、沙紀」

 

 

そう言って、彼女の瞼に口付けを落とす。

そして、その金の瞳をゆっくりと閉じたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2025.03.02