スノーホワイト
~Imperial force~
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◆ ROMANTIC SYNDROME2
―――翌日・朝
アキラは、制服の上に外出用の上着を着てエリオスタワーの入り口で待っていた。ブラッドに、ここで待つように言われたからだ。だが、ブラッドがなかなか現れず、何だかやきもきしながら、辺りの様子を見ていると、朝から通勤組が歩いているのが見えた。
と、そんな時だった、車のエンジン音が聞こえてきたので、そちらの方を見る。すると、綺麗でぴかぴかした新車のような車が、アキラの傍までやってきて停まった。
アキラが、首を傾げていると――、
「お待たせ、アキラ君」
車の助手席のウィンドウが開き、アリスが姿を現した。よく見ると、運転席にはブラッドもいる。
「待たせたな」
ブラッドのそう言われて、アキラが少しだけその瞳を瞬かせた。
「なんだ、アリス迎えに行ってたのかよ。てか、なんかいつもより車がピカピカしてねーか?」
そうなのだ。普段よりも何だか車が綺麗に見えるのだ。すると、ブラッドがさも当然のように、
「ああ、朝から洗車して、ワックス掛けをしておいた」
「……」
ブラッドのその言葉に、何故かアキラが無言になり難しい顔をする。何か思う所があるのか、アキラは「うーん」と唸りながら、首を捻っていた。思わず、ブラッドとアリスが顔を見合わせる。何か悩む箇所でも今の答えにあっただろうかと、アリスが疑問に思っていると、アキラはやはり首を捻りながら後部座席に乗り込んだ。
「……?」
アキラの挙動の意図は分からないが、とりあえず、今日の仕事は終わらせなければならないと思い、アリスはパパっとスマホでパネルを操作しながら、
「とりあえず、撮影スタジオのあるブルーノースに行きましょうか。その後はどうするかアキラ君が考えてくるって話だったけれど……アキラ君?」
「ん? お、おお」
と、いきなり話を振られてアキラが顔を上げた。アキラの様子がいつもと違う事に気付いたのか、ブラッドが視線だけを一度ミラー越しにアキラへ向けると、
「どうした、アキラ」
と、尋ねた。すると、アキラはやはり「うーん」と唸りながら、首をくりっと捻った。
「いや……大したことじゃねーんだけどよ……。こんな新車みてーな車に乗って今から遊びにいけるってのに、全然ロマンチック測定器が反応しねーなと、思ってよ……」
遊びに……の部分に突っ込むか否か悩む所だが、確かにアキラの持つ測定器はうんともすんともいっていなかった。アリスは少し考えると、
「スイッチは入れているのよね?」
「入れてるぜ? 昨日からあのままずーと入れてるけど、全く反応しねぇ」
アキラが難しそうな顔をしながらそう言うと、ブラッドが「ふむ……」と少し考える素振りをした。何か思い当たる節でもあるのだろうかと、アリスがブラッドを見る。
「そうだな……人によってはドライブでときめく者もいるだろうが、お前が求めるものとは違うということだろう」
「そうですね……。私はドライブ好きですけれど、アキラ君が好きとは限らないですものね」
「そういう事だな」
と、2人で納得してしまった感じだったが、アキラは納得いっていないのか、むむ……と、顔を顰めた。
「だったらよー。今のコレはなんだ?」
「コレ?」
「こう、この早くどっかに連れてってくれーって気持ちは!?」
「……それは……ときめくというよりも、遊びに行きたくて“わくわく”って感じなんじゃないからしら」
アリスのその言葉に、ふっとブラッドが運転しながら微かに笑う。突然笑ったブラッドに、アキラがむっとして後部座席から身を乗り出してきた。
「なんだよ。言いたい事があるなら――」
「ちょっ……、アキラ君危ないから身を乗り出さないで」
アリスが慌てて制止を掛けると、アキラはむーと頬を膨らませたまま、後ろへ下がる。そんなアキラの様子に、ブラッドはやはり笑っていた。
「どうかしたんですか?」
アリスがそう尋ねると、ブラッドは「いや……」と答えながら、
「大きな子供がいるなと、思っただけだ」
「……んなっ! 誰が、子供だ!!」
「もぅ……アキラ君。身を乗り出さないの」
また、身を乗り出してきたアキラにアリスが注意する。すると、アキラが渋々後ろへと下がった。アキラは何だか納得いかないといった風だったが、アリスにはブラッドの言う意味がなんとなく理解出来てしまった。
要は遠足前の子供の様に、わくわくそわそわして落ち着きがないという事だろう。そう思うと、何だがアリスも思わず笑ってしまった。それを見た、アキラがむぅ~と更に掘を膨らませる。
「んだよ、アリスまで笑って……」
と、ぶつくさ不貞腐れている様子が、なんとも「らしい」と思えた。
「ふふ……ブラッドさんも、冗談を仰る時があるんですね」
思わずアリスがそう零すと、ブラッドがそれを見てくすっと笑った。瞬間――。
“シャララ~ン”
「ああ!」
突然アキラが叫んだ。急に大きな声を出したアキラに、思わずアリスが振り返る。ブラッドもミラー越しにアキラを見た。だが、アキラはそれ所では無かった。持っていたロマンチック測定器を指さしながら、
「今! 今、こいつ鳴った!!!」
「え?」
アキラの装置鳴った発言に、アリスがそのライトグリーンの瞳を瞬かせる。装置が鳴ったという事は、誰かが何かにときめいたという事に他ならない。しかし、ブラッドは運転しているし、アキラは不貞腐れていた。アリスはというと――。
ううん、確かにそう思ったけれど……。でも、それは――。
「なぁ、なぁ、なぁ! どっちだよ!? 今のどっち!!?」
「ちょ、ちょっとアキラ君、落ち着いて――」
「アキラ、身を乗り出すな」
と、アリスとブラッドまで注意するが、アキラは「落ち着けるかよ!」と、今度は引き下がらなかった。かといって、このままではブラッドの運転に支障が出てしまう。それに、ここで自分が思った事を言うという事は、ブラッドにも聞かれるという事だ。
無理! 絶対無理!!
そんなの、耐えられる筈がなかった。そして、アリスがどうしようか、考えあぐねた結果――。
「も、もう! 後で教えてあげるから、今は大人しくして頂戴!」
というものだった。
*** ***
―――ブルーノースシティ・撮影スタジオ
スタジオでは、ブラッドがバレンタイン用の衣装に身を包み、写真撮影をしていた。アリスはというと、現場の後ろの方でその様子を見ていたのだが……その横で、アキラが「なぁ、なぁ!」とずっと話しかけてきていた。
合間に、ロマンチック測定器がず~~~と“シャララ~ン”“シャララ~ン”と鳴っている。
「なぁ、アリスー! さっきの教えてくれよー。何で車の中で鳴ったんだ? それにこいつ、さっきからずっと鳴りっぱなしなんだけどよ、壊れたのか?」
「……」
いっその事、壊れてしまってくれた方がどんなによかったか……。とアリスが思ったのはいうまでもなく、だが、あのノヴァが作った装置が早々壊れる筈がないというのも分かっているので、正常に稼働しているのだろうという事は分かる。分かるが……。
「……」
「アリスー、さっき後で教えるって言ったじゃねーか!」
そう問い詰められたら、言い逃れが出来ない。それでも、絶対にそうだと言い切れないので、言い辛い。後、今鳴り続けている理由は――明白だった。
それは、周りの様子を見れば一目瞭然なのだが……どうしてアキラはそれに気付かないのか……。
「え、えっと……アキラ君。今鳴ってる理由は周り見たら分かると思うけれど――」
「周り?」
言われてアキラが周りの様子を見た。女性スタッフが目をハートにして黄色い声を上げている。男性スタッフでも感嘆の溜息を洩らしている者もいる。中でも男なのに女の様なカメラマンが、「ブラッドくんーいいよいいよ~!」と、一番興奮気味である。
「何って……、いつもと同じじゃね? ブラッド見て周りがキャーキャー言ってるだけだろ?」
あ……いつもと同じで片付けられてしまった……。
これをどう説明すべきなのか……と、アリスは悩んだ。
「……アキラ君は、そんな普段のブラッドさん見て、どう思う?」
「どうって……アイツ、別人みたいになるんだよなー。爽やか~に笑ってさ! ブラッドだけど、ブラッドじゃねーヤツ!!」
「いや、そういう意味では無くてね……」
難しい。果てしなく説明が難しい……っ。どう言えばいいのか……。
「んーじゃぁ、どうして皆さんはブラッドさんを見ただけで、あんな風になるんだと思う?」
「何でって……。……。……。……。……なんでだ?」
どうしてそんな回答になるのか、こちらが聞きたい気分だ。アキラにこの手の話は、まだ難しい様な気がするのは気のせいだろうか。
と、その時だった。突然アキラがとんでもない事を言い出したのだ。
「だったら、何でアリスはブラッド見ただけで、皆ああなるって思うんだ?」
「え……っ」
まさか、そう返されるとは思ってもおらず、アリスが言い淀む。でも、ここで言わないときっとアキラは引き下がらない。アリスは少し考えた後、撮影中のブラッドの方を見た。ほのかに、顔が熱い。
「そう、ね……。その……、ブラッドさんはやっぱり素敵だから……、皆様が憧れるのよ」
「憧れるって、ブラッドを? どこらへんがいいって言うんだ?」
「そ、それは……っ」
これ以上、聞かないで欲しい……っ。これは何の拷問なのか。そう思うのに、アキラが期待の眼差しでこちらを見てくる。答えを見つけようと必死なのは分かる、分かるが――お願いだから、私に聞かないで……っ。
と、アリスが心の中で叫んだのは言うまでもなく、次第に、顔が紅潮していくのが自分でも分かった。
答えなど分かりきっている――それは、ブラッドの事が好きだから。
きっと、アリスも他の人も変わらない――。ブラッドの事が好きで、好きだからこそ、彼を見て、心が躍り、焦がれ、惹かれる――。彼の一喜一憂に左右され、仕草や、ヒーローとしての活躍する姿をかっこいいと、素敵だと思う。それが、ときめくという事なのではないだろうか。
でも、それを、今、ここで、アキラに説明するのは、流石に憚られた。
そもそも、その気持ちをブラッドにも伝えていないのに、アキラに説明出来る筈がないのだ。
アリスが答えに困っていると、アキラが「ふーん」と、また何か言いたそうにアリスの事を見てくる。その視線が痛くて、アリスがアキラから視線を思わず逸らしてしまう。と、その時だった。
「ちょっと、ちょっと、アリスちゃ~ん。いいかしら~?」
不意に、カメラマンから名を呼ばれた。アリスは助かったとばかりに、慌てて顔を上げると、
- アキラ君、カメラマンさんに呼ばれたから少し行ってくるわね」
「え!? お、おい、アリス!」
「あ、あの装置。ここだとずっと鳴るから切っておいた方がいいわ」
それだけ言い残すと、アキラが声を掛ける間もなく、アリスは逃げる様にその場からいなくなったのだった。
残されたアキラが、持っていたロマンチック測定器を見て、
「いや、オレ機械駄目なんだって……。切れって言われても分かんねーよ」
と、ぼやいていた。
「何でしょうか?」
アリスがカメラマンの所に行くと、彼は「うふふー」と笑うと、アリスをじーと見て来て、にんまりとした。何だがその笑顔が微妙に怖くて、アリスが心なしか身震いしていると、何故か、がしっと手を掴まれた。
「あ、あの……?」
そして、まじまじと手を見られる。意味が分からず、アリスが首を傾げると、カメラマンはにっこりと微笑んで、
「うん、いいわね~」
「え?」
何が……?
と、思っている時だった。不意に後ろに誰かの気配がして、はっとして顔を上げると、いつの間に来たのかブラッドが立っていた。
「どうだろうか」
そう言いながら、ブラッドがカメラマンからアリスの手を離させる。すると、カメラマンは「あら」とおどけた様な声を上げながら、
「ブラッドくんの話通り、いいじゃない~。アリスちゃんの手、凄く綺麗ね!」
「……?」
話の意図が読めず、アリスが首を傾げる。すると突然ブラッドは、アリスの腰に腕を回して引き寄せたのだ。
「あ……っ」
いきなり腰を抱かれて、アリスが驚いてブラッドを見ると、ブラッドはふっと微かに笑みを零して、そっとアリスの髪に触れきた。そしてそのまま頬を撫でてくるではないか。ブラッドのまさかの行動に、アリスが息を吞んで顔を真っ赤にしたのは当然で――。
だが、ブラッドはさほど気にした様子もなく、くすっと笑みを浮かべると、
「アリスが綺麗なのは、手だけではないんだがな」
「……っ」
かぁ……っと、アリスの顔がますます朱に染まる。ブラッドのその発言に、カメラマンはというと、何故か目をキラキラさせながら、
「いいわね、いいわね~! もう、是非、アリスちゃんで撮りましょ!!」
…………
………………
……………………
え?
撮る? 何を?
アリスが、きょとんとした目をカメラマンに向けた。すると、彼はとても嬉しそうで、 そして何故かその手にはカメラが握られていた。
………………え?
と、思った瞬間だった。何故か何処からともなく現れたスタイリストに囲まれたかと思うと――そのまま背中を押された。
「あ、あの……っ」
訳が分からないアリスは、困惑気味にブラッドの方を見た。すると、ブラッドがふっと優しげに笑った。その顔が余りにも綺麗過ぎて、アリスの顔が更に真っ赤になる。だが、ブラッドはそんなアリスの反応など気にした風もなく、やはりくすっと笑うと、
「アリスにハンドモデルの代役を頼もうと思ってな」
「だい、や、く……?」
はっとして、ハンドモデルの方を見ると、その内の1人が手を押さえていた。そして、その手は包帯で巻かれていたのだ。
「あの、怪我を……?」
されたのかと聞こうと思った時だった。カメラマンがアリスの疑問に答える様に説明してくれた。
どうやら、撮影中に機材が倒れてきて手を怪我してしまったらしい。それで、急遽代理のハンドモデルを呼ぶか協議していたところ、ブラッドがアリスを代役としてはどうかと提案したという事だった。
だが、そこでまた新たな疑問が生まれる。何故、そのハンドモデルの代わりが、自分なのか……と。
ブラッドを見ると、彼は少し悪戯っぽく笑ってから、アリスに向かって、
「勿論、アリスの手は綺麗だからだ」
「……っ」
至極当然の様に、ブラッドがそう言ってくる。その発言に、アリスの顔が更に赤みを増したのは言うまでもない。だが、そんな2人の事などお構いなしに、カメラマンはどんどん話を進めていくのだ。
そして、いつの間にかアリスはスタイリスト達によって着替えさせられていたのだった。
―――そして、撮影が再開された訳だが……。
は、恥かしい……っ。
アリスはその手をブラッドに優しく掴まれて、カメラの前に立たされていた。しかも、ブラッドがアリスの指や手に触れてくるので、余計に緊張してしまうのだ。
ハンドモデルなのだから、仕方ないのは分かる。これも職務の内――と、思いたいが……。何故、ハンドモデルなのに、全身着替えさせられたのかとか、色々疑問が残る。
それに……。
「あの……、顔は写らないんですよね? 出来れば、手以外も――広報の問題もありますし……」
とは、言ってみたものの、カメラマンは「うふふ~」と笑ったまま、
「分かってる分かってる~」
と、全然分かっていないような、返事しか返ってこないので、不安で仕方がない。
ブラッドはというと、そんなアリスを余所に、カメラマンと何やら話し込んでいる。そして時折、こちらに視線を投げてくるのだが……その目がとても優しくて、目が合うたびに、どきん……と胸が高鳴った。
「……っ」
……もう、本当に心臓に悪い。
そう思っていた矢先だった。ブラッドが戻って来たかと思うと、突然アリスの腰に手を回して抱き寄せてきたのだ。しかもそのまま身体を密着させてきて――。
「ブ、ブラッドさ……っ」
手を繋がれるだけでも緊張するのに、こんな状況、アリスが正常でいられる筈もなく……心臓が破裂しそうだった。アリスの顔がどんどん紅潮していく。
でも、ブラッドはそんな事お構いなしで、更にアリスに顔を近づけてくと、耳元でそっと囁く様に、
「力を抜け、アリス」
「で、ですが……っ」
ブラッドのその行動に、アリスが更に顔を赤くする。だが、ブラッドはというと、そのままカメラの方を見てから、ふっと笑ったのだ。そして、アリスの耳元に唇を寄せて来ると、
「――大丈夫だ。俺に任せればいい」
そう……優しく囁くように言われてしまい……アリスはもう何も言えなくなってしまったのだった。
2025.02.18

