スノーホワイト

   ~Imperial force~

 

◆ ROMANTIC SYNDROME1

 

 

 

―――エリオスタワー内・ブリーフィングルーム

 

 

 

「ロマンチック暴走症?」

 

「はい」

 

訝し気に顔を顰めるアキラに、アリスが小さく頷きながら資料をめくった。

事の発端は、少し前に遡る。

 

バレンタインが近くなり、『HELIOSエリオス』では、各セクター毎に市民との交流を目的とした“バレンタイン交流会”なるものが当日まで何度か開催されることとなっていた。バレンタイン当日も勿論バレンタイン【LOM】が開催されるが、当日だけでは捌き切れないと判断した上層部が、何度かに分けて、親睦会を開き、ヒーローへの負担と、市民からのプレゼントを分散させようという事だった。

 

それで、昨日サウスセクターの交流会が行われたのだが――そこで、問題が起きた。【サブスタンス】がメインスタジアムに現れたのだ。回収こそ、迅速に行われたが……、その【サブスタンス】は人体へ影響を及ぼすものだったのだ。

その為、集まっていた市民が“ロマンチック暴走症”に陥ってしまったという訳である。

 

「簡単に言うと、あの【サブスタンス】に影響を受けた相手は、過度にときめきを求める効果があるらしいの。ノヴァ博士曰はく、それを“ロマンチック暴走症”と呼ぶことにしたらしいわ」

 

「ろまん、ちっく……?」

 

「そう、ロマンチック」

 

アキラが聞き慣れない言葉に、ますます首を傾げた。それは、アキラだけではなかったようで、オスカーも些か理解が出来ないという感じに顔を顰めている。

 

「あの……ブラッドさま、それは具体的にどういう状況になるのでしょうか?」

 

そうオスカーがアリスの横にいたブラッドにそう尋ねるが、ブラッドもどう言っていいのか分からないらしく、難解な問題を解くかのように顔を顰めた。

 

「すまないが端的に示す表現が思いつかない。今言える事はスタジアムで見た。市民達の異常な光景が全て……という事だろうか」

 

スタジアムの光景……。あの、熱狂的過ぎるファンの暴走ともいえる、異様なまでのファンサービスの要求と、熱意とでもいうべきか。あれは「異常な光景」と呼ぶに相応しかったかもしれない。

 

「……確かに、あの状況は異様でした。暴力的ではないので手が付けられず、市民をどのように扱えばよいのか困りました」

 

オスカーの言葉に、ウィルとアキラもうんうんと頷いている。

 

「凄い熱気でしたからね。あ……でも、何って言うか、自分がスターになったみたいな気分でした」

 

「悪い気はしなかったけどな!」

 

そう言う問題ではないのだが……。と、突っ込みたいのをアリスは堪えると、とりあえず、資料を読み続けた。

 

「影響を受けた方々は、暫く研究部が検査していたみたいですが、今は落ち着きを取り戻して、帰宅が許されたそうです。ただ――」

 

「ただ?」

 

「その……まだ詳細は調査中でして、“ロマンチック暴走症”の根本的解決にはなってないとの事で、また切っ掛けがあれば、暴走症に陥る可能性があるそうです。研究部も【サブスタンス】の効果を打ち消す薬を開発中ですが、暫く時間が掛かるそうで……」

 

こればかりは、待つしかないというのが、見解だった。かといって、いつ出来るか分からない薬を待つというのも、なかなか心苦しもので。なによりも、市民はこの“バレンタイン交流会”を楽しみにしていた。特に、女性市民はそうだろう。公然的に憧れのヒーローと交流も出来て、チョコレートも渡せる絶好の機会なのだ。

それをこんな良く分からない【サブスタンス】の所為で、台無しにされては――流石に、申し訳ない。

 

と、その時だった。

 

「なぁ、薬以外に戻す方法はねーのか?」

 

アキラがいつものように、そう口にした。その言葉に、アリスとブラッドが顔を見合わせる。

 

「ふむ……過去に同様の事例がなかったかを調べたところ、似たような影響を及ぼす【サブスタンス】があった。それによると、強く求める欲求が満たされた場合、回復する事があるようだ。実際、今回のケースも暴走状態の市民がある種の高揚を感じた事で、精神が安定したとされるデータもある」

 

「どゆことだ?」

 

ブラッドの言葉が理解出来なかったのか、アキラが首を傾げる。すると、アリスが付け加える様に、

 

「んー要は、ロマンチックな気分――簡単に言うと、“ときめき”を感じで満たされたら治まったという事よ」

 

「だが、これはあくまでも可能性だ。【サブスタンス】の影響を受け、求めているものが“ロマンチック”、もしくはそれに類するものだった場合の話だ」

 

「なるほど……ん?」

 

そこまで聞いてふと、アキラが何か名案が思い浮かんだとばかりににやりと笑った。

 

「へへ、いや、だったら元に戻すの簡単じゃねーか?」

 

「ほぅ」

 

「ほら、中止しちまったイベントをもう一回やったらいいんだよ! それで、オレ達がファン全員“ロマンチック”な気分にしてやったら、回復すんじゃねーか?!」

 

「……」

 

ええーと……。また、突拍子の無い事を言いだしたアキラにアリスが頭を抱える。そもそも、アキラは“ロマンチック”な気分にどうやったらさせられるのか、分かっているのだろうか? 多分、いや、絶対、分かっていない。

 

「アキラ君、どうやって、市民の方々を“ロマンチック”な気分にさせるのか、分かって言ってるの?」

 

アリスが、疑惑の目でアキラに問いかけると、アキラはさも当然のように、

 

「それは――あれだ! ボルテージマックスだ!!」

 

「……」

 

駄目だわ……話が通じていない……。

それ言ったら、アキラは常に“ロマンチック全開”と叫んでいる事になるが、それでよいのだろうか? などと思いつつ、アリスはブラッドの方を見た。

 

「どうします? ブラッドさん」

 

「ふむ……表現は適切と言い難いが、アキラが言っている事も一理ある。薬の完成を待ちつつ、可能性があるならば、別のアプローチを試す事は効果的だろう」

 

「まぁ、そうなのですが……では、開催の方向で?」

 

「ああ、中止したイベントを再開するように手配しておく」

 

「っしゃァ!」

 

アキラがガッツポーズを取る。そして、ふっふっふと笑いながら、

 

「そうと決まれば、全員ときめかせてやるぜ! ボルテージマックス!!」

 

そうして、中止した“バレンタイン交流会”が再開される事となった。

 

 

 

 

*** ***

 

 

 

 

―――サウスセクター バレンタイン交流会・当日

 

 

 

アリスは監視塔から、スタジアムの様子を見ていた。列はやはりブラッドの所が特に多く、他のヒーローの所より、圧巻だった。それでも、スタジアムは満員なほど、市民が集まっている。やはり、皆この日を楽しみにしていたのだというのが良く伺えた。

 

「はぁ……」

 

一応、アリスは女性なので、スタジアムにいると混乱を招きかねない。ので、ここにある意味避難しているのだが……。

 

「私もあの列に混ざりたい……」

 

などと、ぼやいていた時だった。

 

「な~に言ってんだ、アリス。お前はブラッドに2人っきりで渡せんだろ~」

 

「お疲れーアリス!」

 

と、後ろからキースとディノが手を上げて現れた。まさかの2人の登場に、アリスが慌てて口を手で塞ぐ。

独り言絶対聞かれた……。

 

そんなアリスを見て、キースがニヤニヤと笑いながら、

 

「お~お。真っ赤だよこいつ」

 

「キース……。アリスをからかっちゃだめだろー」

 

「うう……、お2人共、そこには触れないで下さい……」

 

もう、穴があったら入りたい気分だ。

 

気を紛らわす為に、スタジアムの方を見る。アキラはその場で食べるチョコレートがかなり、辛そうだった。ずっと市民から渡されるチョコレートをその場で食べているのだ。胸やけもしてくるだろう。

ウィルは――全く問題なさそうに、激甘チョコレートを食べている。恐るべし、甘党と言うべきか……。

オスカーも、自然体な返しで市民をときめかすのに成功しているようだった。

ブラッドはというと……。

 

「お、なんか、ブラッドの助手席に乗せて欲しいとか言ってぞ~」

 

「いいのか、アリス!? ブラッド、招待しようとか言っちゃってるぞ!?」

 

「え……いえ、あの……」

 

それは、市民をときめかせる為で……。

 

「お~お、ブラッドの車の助手席はアリスの特権だろ~? いいのかねえ~」

 

「俺達だって、めったに助手席は座らない様にしてるんだぞ!?」

 

「あの、別に私の特権という訳では……」

 

確かに、2人で出る時は基本助手席ですけれど……それは、普通では!?

 

「アリス~ちゃんとブラッド抑えとかねぇと、獲られちまうぞ~」

 

「ドライブに、よく2人で行ってるらしいなーアリスは。ブラッドが羨ましい~俺もアリスとドライブしたい」

 

「おいおい、ディノ。本音駄々洩れだぞ? それ、ブラッドの前で言うなよ~血の雨が降る」

 

「なんだよ~言うくらいで、ブラッドは怒ったりしないぞ?」

 

「どうかねえ~。あいつ、アリスが関わると人格変わるからなぁ~」

 

「……」

 

最早、論点がズレていて、どこからどう突っ込んでいいのか分からない……。

 

そうこうしている内に、スタジアムの方は大分市民が捌けてきたようだった。ノヴァに渡された装置を見ると、現段階でスタジアムの市民の状態がデータ化されたものがパネルに映し出されている。

今、これと同じデータを研究部が見ている訳だが……。

 

「んー」

 

そのデータを見て、アリスは少し考え込む仕草をした。正常値に戻っている市民もいるが……。

 

「これは……」

 

ここまで差がでるものなのかしら……。少し、意外な結果が出ていて、アリスはそのデータを見て、難しい顔をした。ウィルとオスカーの対応した市民はほぼ正常値に回復しているが、アキラはまだ分かるが、ブラッドが対応した市民の一部がまだ正常値に戻っていない人がいるのだ。

ブラッドならば、完璧にこなせそうな気もしたが、やはり、得手不得手があるという事だろうか? 後は、単純にブラッドの捌く人数が多かったというのもあるのかもしれない。人が多ければ多いほど、それだけ要求が多種になるからだ。

 

その時だった、通信が入って来た。ノヴァだ。

 

「はい」

 

『あ、アリスくん~? データ見てる?』

 

「見ています。少し意外な結果が出ていて――」

 

『その事で、ちょっとスタジアムの様子も聞きたいから、俺の研究室に来れる~?』

 

「……分かりました。直ぐ向かいますね」

 

通信を切った後、アリスはキースとディノの方を見て、

 

「すみません、キースさん、ディノさん。私今から研究部の方に行くので――」

 

そう言い掛けると、キースが「お~」と手を上げながら、

 

「頑張れよ~メンター補佐」

 

「こっちは、俺とキースで片しておくから、アリスは心配せずに行ってきていいぞ」

 

「おいおい、ディノ。オレまで巻き込むなよな~」

 

そう言う2人に頭を下げると、アリスはそのまま監視塔を後にしたのだった。

 

 

 

 

*** ***

 

 

 

 

―――エリオスタワー内・ブリーフィングルーム

 

 

 

ブラッドやアキラたちが着替えてブリーフィングルームに戻ると、ノヴァとアリスが待っていた。戻って来たブラッド達を見ると、ノヴァは軽く手を上げて

 

「皆、お疲れさまーふぃーるど~……☆。ロマンチック暴走症から回復した人のデータ出たよ~。はい、アリスくん説明~」

 

と、何故かアリスに話を振られた。アリスは小さく息を吐くと、資料を見ながら、

 

「とりあえず、ウィル君と、オスカー君に会いに来ていた方々は、皆さんバイタルが正常値に戻って、暴走状態から回復しています。ただ……ブラッドさんと、アキラ君に会いに来た方々は、まだ一部暴走状態のまま……です」

 

アリスのその言葉に驚いたのは、アキラだけではなかった。まさかのブラッドの結果に他の2人も、驚愕の声を上げる。すると、ノヴァが、

 

「まぁ、ブラッドくんは、参加してくれたファンも多かったからね~。皆よりも人数多かったから要求もかなり難解だったと思うよ~」

 

そうフォローするが、ブラッドが「いや……」と首を横に振った。

 

「それは理由にならない。予定通りに進めば、問題なく終わる筈だったからな。市民の多様なニーズに応えられなかった俺の力不足だ」

 

「ブラッドさん……」

 

確かに、ブラッドにしては珍しく押していた。だが、あの人数だ。仕方ないともいえる。それは、決してブラッドの所為ではない。

 

「ふーん、ブラッドもオレと同じって事かよ」

 

「否定はしない」

 

「……なんか、らしくねーな」

 

アキラの言葉に、ブラッドは小さく息を吐くと、

 

「俺ももう少し、“ロマンチック”というものを学ぶ必要がありそうだ」

 

そう呟いた。するとノヴァが「ふふ~」と笑いながら、

 

「人がどんな事に“ロマンチック”を感じで、ときめくかなんて、個人の主観に基づくからね~。だから、何かのヒントになればと思って、今日取ったデータを元に、こんなの作ってみたんだ~。名付けて、“ロマンチック計測装置”~♪」

 

「……」

 

アリスが、その装置を見た瞬間、微妙な顔をする。だが、ノヴァは意気揚々とその装置をデスクに置いた。

 

「これはね~この装置を持ってると、誰かがときめいた時に音が鳴って報せてくれるんだ~。これで、だれがどんな時に、“ロマンチック”を感じるのか、分かるでしょ? 何かのヒントになるんじゃないかな~って思って。ちなみに……」

 

ぎくっと、アリスの顔が強張った。だが、ノヴァは全く気にせずに、

 

「これ、アリスくんの私見もた~っぷり入れたから~。アリスくん、落としたい人にはかなりお勧めだよ~」

 

「あああああ~~~」

 

アリスが顔を真っ赤にして手で覆うう。そんなアリスを見てオスカーが「アリス……?」と、訝しげにアリスを見たが……、アリスは半泣きになりながら、

 

「何も言わないでオスカー君! 私だって、データ取られてるって知っていたら質問に答えなかったわよ……っ」

 

「あ~」と、ウィルとオスカーが思ったのは言うまでもない。アキラはというと……その測定装置を見て「げっ」と声を上げていた。

 

「……機械じゃねーか。オレ機械苦手なんだけど……」

 

と、さっそく機械音痴を発揮していた。すると、ノヴァはへらっとしながら、

 

「大丈夫だよ~ここの、赤いスイッチ押だけで、後は自動で検知して……アリスくん、ちょと、あ~後、ブラッドくんも」

 

「え?」

 

「ん?」

 

何故か、ノヴァに手招きされて、アリスとブラッドが首を傾げる。すると、ノヴァは、アリスをブラッドの前に立たせて、ブラッドに何かひそひそと耳打ちした。

 

「……ノヴァ博士、それをすればいいのか?」

 

「うん~それだけで大丈夫~」

 

「ふむ……よく分からないが、わかった」

 

そう答えたかと思うと、じっとブラッドがアリスを見た。アリスが「え……?」と思った瞬間――ブラッドの手がアリスの柔らかな髪にそっと触れてきたのだ。そして、そのまま頬を撫でられる。

 

「……っ」

 

突然のブラッドからの行為に、アリスの顔が次第に朱に染まっていった。

 

「あ、の……っ」

 

どう何を発していいのか分からなくなり、アリスが混乱している時だった。

 

“シャララ~ン”

 

「……っ」

 

何処からか謎の音が聞こえて来て、アリスがびくううっと肩を震わせた。すると、ノヴァが笑いながら、

 

「こんな風に、こんな音が鳴って報せてくれるんだ~」

 

「な……な……っ」

 

アリスが顔を真っ赤にしていると、それを見ていたウィルが「なるほど……」と納得してしまった。

 

「私で実験検証しないで下さい……っ」

 

「あは、ごめ~ん」

 

絶対、悪いなどと思ってないだろうノヴァが、へらっとして謝罪する。だが、アキラにはこの流れが通じなかったのか、首をくりっと捻りながら、

 

「うんん? なんで今鳴ったんだ? ブラッドがアリスの髪に触れただけだろ? その程度で、アリスは“ロマンチック”な気分になるのか?」

 

そう言って、アキラがすっとアリスの髪に触れようとした時だった。

 

「アキラ」

 

と、後ろからブラッドの低音の声が響いたかと思うと、すっと、アキラとアリスの間に割り込んできた。心なしか怒っている風に見えるブラッドに、アキラが顔を引き攣らせながら、

 

「じゃ、邪魔すんなよ、ブラッド」

 

「お前が触れても鳴らない。無駄な事は止めておけ」

 

「はぁ? んなの、やってみなきゃわかんねぇーだろ!?」

 

「ま、待って下さい! アキラ! ブラッドさんの言うとおりだから!!」

 

と、一触即発になりそうなところを、ウィルが慌てて間に入って来た。それでも、アキラは納得いかないのか、「ウィル、離せ!」と暴れている。そんなアキラにウィルは苦笑いを浮かべながら、

 

「あれは、ブラッドさんだから鳴ったんだよ。アキラがアリスさんに触れても鳴らないから」

 

「だから、それが分かんねーって言ってんだよ」

 

「う~ん、それは、だな……」

 

ウィルが言い辛そうにしていると、助け船の様にオスカーが真顔で、

 

「それはだな、アキラ。アリスがブラッドさまを好――「オスカー君!!!」

 

流石に、黙っていられなかったのか、アリスがオスカーの言葉を遮った。オスカーが不思議そうな顔をするが、アリスが必死に首を横に振る。目が「それ以上言うな」と訴えていた。そんな5人を見てノヴァが、面白そうに笑いながら、

 

「あは~きみ達、ほんと面白いね~」

 

「面白くありません!! んんっ……、そ、そんな事より、ノヴァ博士。その装置、本人が体験しても鳴るんですよね?」

 

と、アリスが話を装置に戻す。するとノヴァは小さく頷いた。

 

「その筈だよ~」

 

すると、その話を聞いたアキラがまた何か閃いたかの様に、ニヤリと笑って、

 

「なるほど~へへ、だったら、皆で探しに行くっきゃねーな」

 

「え?」

 

何を……?

と、周りが首を傾げていると、アキラはさも当然のように、

 

「何って、“ロマンチック”だよ、“ロマンチック”! どこへ行って何をしたらときめくのかを探すんだよ!」

 

「え、ええ~」

 

確かに、何かのヒントにはなるかもしれないが……。“ロマンチック”探しなど、見た事も、聞いた事もない。というか、誰もした事無いと思う。

だが、アキラは相変わらずの暴走で、ブラッドとアリスを見ると、

 

「おい、ブラッド、アリス。お前も付き合えよ?」

 

「……」

 

流石のブラッドも黙った。それはそうだろう。“ロマンチック”探しの旅に付き合えと言われても反応に困る。普通は……。

ブラッドは小さく息を吐くと、アキラを見た。

 

「その装置を活用し、解決方法を探るという事に異論はない」

 

「おっ、なら早速――」

 

「だがこの状況で、俺もアリスも職務から離れる訳にはいかない」

 

「はぁ?」

 

ブラッドから出た「職務」に、アキラが顔を顰める。だが、ブラッドは淡々としたまま、

 

「この件についての対策を協議せねばならないし、市民の状況を鑑みてパトロールも増員を検討する必要がある。さらに、バレンタインデー当日は【LOM】も控えている。その手配も同時に進めなければならない」

 

「……」

 

ブラッドの意見はもっともだった。アリスもその手伝いで当分忙しい。少なくとも、2人とも、“ロマンチック”を探しに行く余裕などないのだ。

 

「人手を割くなら、解決を図るためのデータ集めに回した方がいいだろう。チームの業務は俺が対応しておく」

 

ブラッドはそう言うが、アキラは納得いかないようだった。それもそうだろう。今回、結果として、ブラッドとアキラの進捗があまり良くなかったのだ。それを踏まえた上で、アキラはブラッドを誘ったのだろう。

多分、それはブラッドも分かってる、が……。

 

「事実問題として、成したい事と、成さねばならぬ事が並ぶなら、俺は後者を優先する事になる」

 

実際、効率化を図るならば、ブラッドの意見が正しい。その方が、確実に解決へと導ける。でも――それで、本当に良いのだろうか?

このままでは、ブラッドもアキラも行き詰ってしまう。

 

「……ブラッドさん、もし宜しければ私が業務を担当いたしますので――ブラッドさんは、アキラ君と行かれては?」

 

「アリス?」

 

「対策会議も【LOM】の対応も、私でも何とか出来ます。パトロールは、流石にオスカー君達にも手伝って貰わないと無理ですけれど……」

 

「……」

 

と、そこまでアリスが妥協案を出した時だった。

 

「それは、駄目だ! アリスも一緒に来てくれねぇと!!」

 

「え……?」

 

何故か、アキラに止められた。だが、アリスには何故駄目なのか理解出来なかった。

 

「えっと……、どうして私も一緒じゃないと駄目なのかしら?」

 

一緒に行く事の、デメリットは浮かんでもメリットが浮かばない。すると、アキラはさも当然のように、

 

「決まってんだろ!? オレとブラッドの2人だけで出かけても面白くねーじゃん。どうせマナーが~とか、言って絶対肩凝るしよー」

 

「……」

 

誘っておきながら、その理由もどうかと思うが……。そう思いながら、ブラッドの明日のスケジュールを確認していてある事に、気付いた。

 

「あ……ブラッドさん。明日、例の依頼のあったスチール撮影が入っています。その後そのままアキラ君に付き合うのでしたら、他の調整掛けられますけれど……」

 

「スチール撮影?」

 

アキラが、聞き慣れない言葉に首を傾げた。すると、ブラッドが小さく息を吐いて、

 

「バレンタインの特集に使いたいそうだ。付き合うのは、その後になるがそれでもいいか、アキラ」

 

「おう! なんなら、オレもそのスチール撮影行ってもいいか?」

 

「お前が?」

 

「けけけ、今後の役に立つかもしんねーだろ? オレは超天才だからな!!」

 

「……はぁ、好きにしろ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2025.02.18