PLATINUM GARDEN

     -Guardian of the ‟蒼穹”-

 

◆ 眠る君の傍で

 

 

―――風鈴高校 屋上・放課後

 

 

 

「えー! 飛鳥さん、その手どうしたんですか!?」

 

飛鳥を見るなり、開口一番に楡井秋彦がそれを見て叫んだ。言われた本人は、けろっとしていたが、自身の手を見て「あ……」と言葉を濁した。飛鳥の手は絆創膏だらけで、見るのも無残なまでにぼろぼろだったのだ。飛鳥は苦笑いを浮かべて、

 

「ん、ちょっと……料理……しようとしただけなんだけれど……」

 

飛鳥のその言葉を聞いた瞬間、梅宮一と柊登馬がぴしゃーん!と、衝撃が走った様に、驚愕の顔をした。

 

 

 

「料理!? 飛鳥が!!!?」

 

 

 

その驚き具合が、異常過ぎて、周りにいた桜遥や蘇枋隼飛までが振り返って首を傾げる。飛鳥はというと、少しむっとして、

 

「なぁに? 私が料理しようとしただけで、どうしてそんな反応――」

 

「飛鳥、料理だけは止めとくんだ! な?」

 

と、梅宮

 

「そうだぞ! 電子レンジに生たまご突っ込むやつが、料理出来るかぁ!! うっ…胃が……」

と、柊が叫ぶなりいつもの「ガスクン10」を取り出す。そんな2人の反応を見て、楡井がはわわとなりながら、

 

「電子レンジに生たまごって……」

 

「あれだねえー。斬新だよね」

 

「斬新という問題じゃないと思いますぅ!!」

 

蘇枋の突っ込みに、楡井があわあわなりながら、反論していた。桜はというと……。

 

「レンジに生たまごって……やり方によってはいけんじゃね?」

 

などとぼやいていたので、すかさず楡井が、

 

「普通の人はしません!!!!」

 

と、盛大に突っ込んでいた。すると、飛鳥がむーと頬を膨らませて、

 

「楡井君、それって私にも言ってる?」

 

「え‟!? い、いえいえ、そういうつもりは――」

 

「言ってるよな?」

 

「言ってるねえ」

 

などと、桜と蘇枋がぼやいていたものだから、楡井が半泣きになりながら、「違います~~」と訴えていた。すると、梅宮が小さく息を吐いて、

 

「なんで、また料理しようと思ったんだ? いつものお手伝いさんはどうした」

 

「え、あ~川田さん今、体調崩していてお休みしてもらっているのよ。数日は作り置きをして頂いてたから、それでなんとか凌いでたのだけれど……、流石にもう無くて、それで――」

 

「自分で作ろうとしたのか」

 

「ええ……でも、なんか上手くいかないのよね。本の通りにしてるんだけれど……」

 

根本的に、生たまごを電子レンジに入れるという思考自体が間違ってます。と皆が心の中で突っ込んだのは言うまでもない。すると、蘇枋が助け舟を出すかのように、

 

「良かったら、オレが作りましょうか?」

 

「え?」

 

蘇枋のまさかの言葉に、飛鳥が目を瞬かせる。が――それにいち早く反応したのは、蘇枋ではなかった。楡井と桜が、

 

「え? え!? 蘇枋さん、料理出来るんですか!?」

 

「ん? うんー簡単なものだけど」

 

「お、オレだって出来るぜ!?」

 

「何で、桜さん張り合ってるんですか?」

 

と、何やら話がとんとんと進んでしまいそうだったので、飛鳥は少し考えた後、

 

「それなら、蘇枋君と、楡井君。それから桜君に頼もうかしら」

 

そう言った時だった。すると、梅宮がにかっと笑って、

 

「それなら、オレは材料を提供するぞ! いい野菜が獲れる頃合いだしな~。それに、蘇枋の料理ってのも気になる!」

 

「え?」

 

梅宮はそう言いながら、いそいそと野菜の収穫に向かった。そんな彼を見て、「あ、この人も来る気なんだ……」と、皆が思ったのは言うまでもない。

 

 

 

 

*** ***

 

 

 

 

―――飛鳥のマンション

 

 

 

「わ~飛鳥さんの部屋、広いですね~」

 

楡井が、マンションの部屋に入るなり、きょろきょろ部屋の中を見ながらそう言う。そんな楡井と一緒に、桜も物珍しそうにあたりを見ていた。すると、後ろから梅宮がぽかっと、2人の頭を軽く叩いた。

 

「こら! あんまり、女子の部屋をきょろきょろするなよ~」

 

そう注意されて、2人がうっと口籠もる。そんな2人を気にした様子もなく、飛鳥はくすくすと笑いながら、

 

「見ても何もないわよ? あ、キッチンはこっちよ」

 

そう言って、ダイニングへと続く扉を開けた。南から入る暖かい日差しが、一気に視界に入ってくる。広々としたダイニングに、カウンター越しのキッチンがあった。

 

「ある物は、使ってくれて構わないわ。鍋とかは確か……この上に。細かいものはこっちのー」

 

と、蘇枋に一通り道具の場所の説明をする。

 

「足りそう?」

 

少し不安になりそう尋ねると、蘇枋はにっこりと微笑んで、

 

「大丈夫ですよ。無さそうだなって思ってたものは、オレの家から持ってきましたから。じゃあ、始めちゃいますね」

 

そう言って、腕まくりをする。

 

「あ、何か手伝ったほうが――」

 

と、飛鳥が言い掛けるが、何故かぐいっと後ろから梅宮に引き寄せられた。そして、持ってきた野菜の入った袋をキッチンに置きながら、

 

「はい、飛鳥は食う専門だから、立ち入り禁止な。後は、蘇枋達に任せておけ」

 

「……いや、食べる専門って……」

 

その言い方はどうなのかと、突っ込みたくなるが……、事実なだけに反論出来ない。飛鳥が複雑な顔をしていると、よしよしと、梅宮に頭を撫でられた。

 

「オレと一緒にリビングで待ってような~」

 

と、まるで、子供あやすかのように言われて、飛鳥がむぅっと頬を膨らませるが、梅宮には通用しないらしく、「はいはい~膨れない膨れない」と、飛鳥の頬をぷにぷにとつついた。

仕方ないので、リビングで梅宮が淹れてくれたお茶を飲みながら、3人の様子を見ていた。すると、キッチンから良い匂いが漂ってくる。

 

その匂いに釣られてか、何かを取りにいっていた桜がひょこっと顔を出した。そして、くんくんと鼻を動かすなり、ぐぅ~。と桜の腹の音が鳴ったので、飛鳥は思わずくすくすと笑ってしまった。

桜は恥ずかしそうにしながらも、蘇芳達の元へと慌てて隠れるかの様に戻っていく。

 

「なんだか楽しそう」

 

飛鳥が笑いながらそう言うと、梅宮がくすっと笑いながら、

 

「飛鳥は、料理がからっきしだからなぁ」

 

「う……だって、仕方ないじゃない。今まで、必要に迫られた事なかったんだもの……」

 

と、もごもごと言い訳をする飛鳥を、梅宮が優しい目で見るものだから、なんだか恥ずかしくなってしまった。

 

「ま、いい機会だ。これを機に覚えればいいさ。飛鳥の飯ならいつでも大歓迎だしな!」

 

そう言って、梅宮はにっこりと微笑んだ。その笑顔が眩しくて……飛鳥はつい目を逸らしてしまったのだった。

 

 

 

 

 

「おお~」

 

程なくして、蘇枋特製の料理がテーブルの上に並べられた。蟹と卵のあんかけチャーハンに、青椒肉絲、四川麻婆豆腐に、あっさり棒棒鶏と、油淋鶏。目の前に広がる本格中華料理に歓声が上がるのも無理がなかった。

 

「凄い、蘇枋君!」

 

歓喜の余り、飛鳥が拍手をすると、蘇芳はにこっと笑って、「どういたしまして」と微笑んだ。そして、蘇枋が手慣れた様子で取り皿に料理を取り分けていく。至れり尽くせりに、飛鳥がまた感動したのか、嬉しそうに笑った。

 

「冷めないうちにどうぞ」

 

そう蘇枋に促されて、飛鳥が「いただきます」と言った後、ぱくっと早速 青椒肉絲を口に運んだ。ピーマンのシャキシャキ感と、筍、そして豚肉の絶妙なバランスが堪らない。

 

「んん~美味しい~~」

 

「あ、このピーマンは、梅宮さんの菜園のですよ」

 

と、蘇枋が言うと、梅宮が「おう! 美味いだろう?」と、嬉しそうに笑った。飛鳥はそんな2人の会話を聞きながら、「ん~」とまた唸っていたかと思うと、今度は四川麻婆豆腐に箸を伸ばした。ピリリとした辛さが癖になる。そして、あんかけチャーハンを一口食べた瞬間だった。飛鳥が感動したように目を輝かせた。その美味しさに言葉が出ないらしい。

 

「蘇枋君のお嫁さんになる子は幸せね~。こんな料理食べられるなんて」

 

それは、何気なく出た言葉だった。が……何故か皆の視線が一気に飛鳥に集中した。突然、皆に見られて飛鳥が「ん?」と、首を傾げる。すると、蘇枋がにっこりと微笑んで、

 

「オレ、飛鳥さんならいつでも大歓迎ですよ」

 

「え?」

 

「ちょっ……、オ、オレだって玉子割ったりしたんだぞ!?」

 

「……何言ってるんですか、桜さん。桜さんは割った玉子に殻落としまくってただけでしょ」

 

「んな……っ!!」

 

と、何故か桜と楡井が、蘇芳のその一言に対して口論になる。だが、飛鳥は我関せずといった感じで、四川麻婆豆腐を幸せそうにもぐもぐと食べていた。そんな皆の様子に、梅宮が笑っていたのは言うまでもない。

 

 

 

 

*** ***

 

 

 

 

結局、あの後――。

皆で一緒に料理を食べて、気が付けばもう夕方になっていた。流石に片付けまでは申し訳ないと、飛鳥が名乗り出たが、何故か梅宮に止められた。

 

「洗い物ぐらいできます!!」

 

と、飛鳥が言い切って、1人片づけをしようしたが――滑らせてお皿を落とすわ、グラスは割るわで、早々に蘇枋達によってキッチンから追い出された。

 

「なんか、納得いかないわ……」

 

一応、これでも女子なんですが……。料理どころか片付けまで男の子にさせるのが悔しいのか、飛鳥が不貞腐れていた。そんな飛鳥を、よしよしと梅宮が頭を撫でる。

 

「人には、得手不得手があるもんだろ。飛鳥は、たまたま料理全般が駄目なだけだ」

 

「……それってどうなの」

 

「まあ、いいじゃないか。オレも食べるの専門だしな」

 

そう言って梅宮がにかっと笑うが、梅宮は材料を提供している。飛鳥はというと……場所を提供しただけだ。しかも、飛鳥の為に作る料理で、だ。なんだか、それとこれは一緒にしてはいけない様な気がするのは、気のせいだろうか? と、思ってしまう。

 

そんな話をしている内に、お腹いっぱいで、何だか少し眠くなってきた。飛鳥が小さく欠伸をすると、それに気付いた梅宮が、少し覗き込む様にしてきて、

 

「眠いのか?」

 

「ん~少しだけ……。大丈夫……」

 

梅宮の問いに、飛鳥はそう言うが、もう半分うとうとと舟を漕ぎ始めていた。そんな飛鳥に、梅宮は苦笑いを浮かべると、

 

「蘇枋、桜と楡井も。飛鳥が寝そうだから寝かしつけてくる。お前ら、テキトーなとこで、帰れよー?」

 

言われて3人が顔を見合わせるが、梅宮は飛鳥を横に抱きあげると、そのまま寝室の方へと、向かった。

 

 

寝室の扉を開けて、明かりも点けないまま部屋の中に入る。そして、そっと飛鳥をベッドの上に降ろした。飛鳥は、とろんとした眼差しで梅宮を見たまま、そっと手を伸ばしてきた。

 

「どうしたんだ?」

 

梅宮が、その手を握り締めると、飛鳥が嬉しそうに笑う。そして、

 

「はじめ、さん……もう帰ってしまうの?」

 

「ん? お前がいて欲しいなら、まだオレはいるぞ」

 

梅宮のその言葉に、少しほっとしたのか……飛鳥がにこっと微笑んだ。その顔が余りにも無防備で、梅宮が思わず、飛鳥の頬に触れた。

すると……飛鳥は嬉しそうに目を閉じてすりっと頬を寄せてきたのだ。

 

――あ、やばいな……。

 

飛鳥のその仕草に、思わず胸がどきりとする。そして、気が付けば梅宮は顔を近付けていた。徐々に距離が縮まっていくと、お互いの吐息が感じられるぐらいに近づいた時、飛鳥が静かに目を開いた。だが、まだ寝ぼけているのか焦点は合っておらず……ぼーっとしている様だった。その様子を見ながらも、梅宮は止まろうとせず……そのまま唇を重ねた。

 

「……んっ」

 

少し開いた唇から舌を割り込ませると、飛鳥が小さく声を漏らして反応する。その声と、舌に感じる熱で梅宮が煽られていくのが自分でも分かった。キッチンには蘇枋達がまだいる。でも――、梅宮はもう止められそうになかった。

 

「飛鳥……」

 

彼女の名を甘く呼び、そっと頬を撫でれば、飛鳥が嬉しそうに微笑む。そんな顔をされて、理性を保っていられる程、梅宮も出来た男ではなかったらしい。

梅宮は、飛鳥に覆い被さる様にしながら……もう一度口付けた。今度は先程よりも深く、長く――。互いの舌を絡めながら、時折強く吸い上げて。何度も角度を変えては、その甘い唇を貪っていく。そして、ゆっくりと唇を離すと、2人の間に銀糸が伝い……ぷつりと切れた。

 

「……んっ……はじ、め、さ……」

 

飛鳥の唇は赤く色付き、少し開いたままになっていたので、ついまた唇を重ねたくなってしまう。だが、飛鳥は意識が朦朧としている様で、そっと頬を撫でる梅宮の手に、気持ち良さそうに目を細めると……そのまますーっと瞳を閉じてしまった。

 

梅宮が頬をつんつんとしてみても起きる気配がない。どうやら完全に寝入ってしまった様だ。そんな飛鳥の寝顔を愛おし気に見つめながら……。

 

「参ったな……」

 

思わずそう呟いてしまう。まさかこんな状況で自分から手を出すとは思わなくて、我ながら驚いているのだ。飛鳥を前にするとどうにも自制心が利かなくなってしまうようだ。

それにしても、飛鳥のあの警戒心の無さは……どうにかならないものなのか。と、梅宮が思うのだった。

 

でも、そんな所も可愛く思ってしまうあたり、自分もどうしようもないなと思ってしまう。

 

そして――。

この気持ちに歯止めが利かなくなったら……自分は一体どうなってしまうのか。それが少しだけ怖い様な気がした。だが、それでもいいと思っている自分がいて……梅宮は思わず苦笑いを零すのだった。

 

 

 

余談―――。

 

 

「なあ、あいつら遅くね? ちょっと様子見に――」

 

「ん~桜くん、ここは、大人しくしてた方がいいよー」

 

「は? なんでだよ」

 

「桜くんには、まだ早いかなぁ」

 

「はぁ!?」

 

などと、蘇枋と桜がやり取りしている間で、楡井が片付けていた調味料にふと何か気付いき、

 

「あ、この料理酒、アルコール度数高いですね」

 

「ん? ああ、それ? それぐらいで酔ったりはしないでしょ」

 

などと、会話していたとかなんとか……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2025.02.04