スノーホワイト

 

  Chapter1 氷結の魔女2

 

 

もう!!

もうもうもうもう!!

 

恥ずかしい~~~~!!

 

アリスは顔を真っ赤にして、タワー内の廊下を走っていた。今思い出しただけでも、恥ずかしい。穴があったら駆け込みたいぐらいだ。

 

でも……。

 

思わず、その足を止める。先程のブラッドの行動を思い出す。

 

触れられた手に、髪に……彼の感触が未だに残っている。あの時――もし、誰もこなかったら……。

 

「……っ」

 

知らず、顔が紅潮していく。考えただけで、頭が沸騰しそうだった。

そんな――きっと、私の思い違いよ……。

 

そうだ。ブラッドに限ってきっとそれはない。

まさか、あのブラッドが自分に―――。

 

「あれ、アリス?」

 

ふと、そこまで考えた所で、誰かに呼び止められた。はっとして振り返ると、ブラッドと同じ、ルビーの瞳にブルネットの髪の青年が立っていた。その青年の顔を見た瞬間、アリスがじわりと涙を浮かべる。

 

「フェイス君~~」

 

思わず、泣きついてくる彼女に、フェイスは何かを察したのか……。彼女の柔らかいキャラメルブロンドの髪に触れながら、

 

「なに~? また・・、ブラッドになにかされたの?」

 

フェイスのその言葉に、アリスが小さく首を振る。だが、それとは裏腹に彼女の顔は真っ赤だった。それで全てを察したのか……。フェイスは、よしよしとアリスの髪を撫でながら、

 

「もう、ブラッドなんてやめて、俺にしたら? 俺だったら、アリスを泣かせたりしないよ?」

 

冗談めかしてそう言うが、アリスは、むぅ……と頬を膨らませて、

 

「フェイス君……、いつもそうやって女の人を口説いているのね……」

 

アリスがそう言う。が、フェイスは心外そうに、

 

「まさか、俺からこうして言うのはアリスにだけだよ?」

 

「……でも、“彼女達”が沢山いるじゃない」

 

そこ突かれるが、フェイスが何でもない事の様に、

 

「“彼女達”は、俺から誘たんじゃないよ? みんな自分から俺の“彼女”になりたいって言ってきたんだ」

 

「……だからって、複数と同時に付き合うのはどうかと思うの」

 

アリスのその言葉に、フェイスが「ふぅん?」と意味深に笑みを浮かべた。そして、不意に顔を近づけてきて、

 

「だったら……さ、アリスが“俺だけの彼女”になってくれる?」

 

「え……?」

 

一瞬、何を言われたのか理解できず、アリスのそのライトグリーンの瞳を瞬かせる。

 

「だから、ブラッドなんてやめて俺にしてよ……ね? アリス」

 

「な……」

 

やっと問われた意味が理解出来たのか、アリスが、かぁっと顔を赤らませた。

 

「も、もう! 冗談はよしてよ……。心臓に悪いわ」

 

どきどきと鳴り響く心臓を押さえたくて、アリスがふいっとそっぽを向く。だが、その顔は朱に染まっていた。

 

馬鹿だなぁ……アリス。そういう態度が“余計にそそられる”のに……。

 

などと、フェイスが思っているなど当の本人は微塵も思っていないだろう。アリスは、「んんっ」と、息を整えると、

 

「もう、フェイス君の話は真に受けていたら、身が幾つあっても足りません!」

 

はぁ……と、小さくため息を洩らして、そう言う。そんなアリスを見たフェイスが、くつくつと笑いだし、

 

「でも、ブラッドと何かあった時、いつも俺の所に来るのはアリスの方だよ?」

 

「うっ……」

 

痛い所を突かれて、アリスが口籠る。

 

「それは、その……だって、こんな話聞いてくれるのは、フェイス君だけだし……」

 

もごもごと、小さな声でそう呟く。それを見たフェイスは、満足げに笑った。

 

「ありがと」

 

「……お礼を言われるようなことはしてないと思うけど」

 

と、その時だった。

 

 

 

 

「アリス」

 

 

 

 

不意に、誰かに呼ばれた。はっとして顔を上げると、いつの間に来たのか……そこには、フェイスの兄・ブラッドが立っていた。

 

驚いたのは外でもないアリスだ。ぎょっとして、思わずフェイスの影に隠れようとするが――伸びてきたブラッドの手に、あっという間に捕まってしまう。

 

「あっ……」

 

そのままぐいっと肩を抱き寄せられる。まさかの展開にアリスが付ていけないでいると、フェイスが「へぇ……」と少し怒気の混じった声で、ブラッドを見た。

だが、ブラッドは平然したまま、

 

「アリス、行くぞ」

 

そう言って、そのままアリスの肩を抱き寄せて歩き出す。アリスがおろおろと、ブラッドとフェイスを見た。瞬間、フェイスの声が響いた。

 

「――邪魔しなでくれる? ブラッド。アリスは俺と話してたんだけど」

 

フェイスのその言葉に、一瞬ブラッドが一瞥する。が、そのまま何でもない事の様に、

 

「――そうか。アリスが世話になったな」

 

その言葉に、フェイスはカチンッとした。まるで、アリスを自分の所有物の様に言うブラッドのその言葉に、苛立ちを抑えきれなかったのだ。

 

 

 

 

「あんたが! そうやってアリスに期待させる態度だけして流してっから、アリスが泣くんだろ!!」

 

 

 

 

堪らずそう叫ぶと、ふとブラッドがフェイスの方を見た。だが、ブラッドは一言だけ――。

 

「――お前には関係ない事だろう」

 

と、返すとそのままアリスを連れて去って行ってしまった。

残されたフェイスはぎりっと奥歯を噛みしめた。握った両手の爪が手に食い込む。

 

 

 

「――あんたのそういうところが、嫌いなんだよっ」

 

 

 

吐き捨てる様に呟いたフェイスの声は、そのままかき消えたのだった――。

 

 

 

 

 

 

 

 

   ****    ****

 

 

 

 

 

 

 

 

「あの……っ、待っ……待って下さい……っ、ブラッドさん……っ!」

 

ブラッドに引きずられるように廊下を歩きながら、アリスが声を掛けるが、ブラッドはこちらを見向きもしてくれなかった。心なしが、少し怒っている様にも見えるが、怒られる様な事をしたのかと、不安になる。

そして、そうこうしている内に、レッドサウス・ルームに着いてしまった。

 

ドアが横に開き、部屋の中へと連れていかれる。アリスはもう、意味が解らなかった。

どうして彼は自分をここに連れ戻したのだろうか……? もしかして、何かやはり不手際をしてしまったのだろうかと、怖くなる。

 

しかし、ブラッドは部屋に入るなり、ぱっとアリスから手を離した。そしてそのまま、朝座っていたモニターの方に行ってしまう。

アリスが困苦気味に、ブラッドの後ろ姿を見ていると、ふと、ブラッドがサイドテーブルにある空になった皿とカップを見た。

 

「アリス」

 

「え、あ、はい……」

 

名を呼ばれて、どきっと心臓が跳ねる。すると、ブラッドは一度だけアリスの方を見た後、再びサイドテーブルの方に視線を向け、

 

「――礼を言っていなかったからな。軽食、美味かった。ありがとう」

 

「あ……」

 

ただ礼を言われただけなのに、嬉しさが心の中に込み上げてくる。温かい気持ちになる。――嬉しい、と、そう思ってしまう。

アリスはふわりと、笑みを浮かべると、

 

「いえ、ご迷惑でなければ、またお持ちしても宜しいですか?」

 

勇気を出して、そう尋ねた。すると、一瞬ブラッドが少しだけ驚いたような顔をしたが、次の瞬間、苦笑いにも似た笑みを浮かべた。

 

「それだと、君の仕事が増えるんじゃないのか?」

 

「一応、メンターの補佐が私の仕事ですから。それに、料理するのはいい息抜きにもなりますし……その、ブラッドさんさえ良ければ――」

 

駄目……だっただろうか? こんな言い方では、まるで義務でやっている様に思われたかもしれない。そう思って、アリスは熱くなる頬を考えない様にしながら、ブラッドの方を見た。そして――、

 

「あの、ブラッドさんのお役に、少しでも立ちたいのです――」

 

言ってしまった。心臓が今までにない位、ばくばく鳴っている。でも、きちんと言わないと誤解されてしまうような気がして、言わずにはいられなかった。

ブラッドが少し驚いたように、ルビーの瞳を見開いた。が、くすっとその顔に微かに笑みを浮かべると、

 

「そうか――」

 

とだけ、応えてくれた。その事に、アリスがほっとして微笑むと、不意にブラッドの手が伸びてきたかと思うと、アリスのキャラメルブロンドの髪に触れてきた。

 

「……っ」

 

余りにも、突然の事にアリスが驚いて顔を上げると、ブラッドのルビーの瞳と目が合った。知らず、かぁ……っと頬が赤くなる。

 

「あ、の……」

 

どうしてよいのか分からないのに、アリスは視線を逸らす事が出来なかった。すると、ブラッドが、すっと顔を少し近付けると、手を微かに動かす。そして、そのままアリスの髪を一房手に取り、

 

「お前の髪は、本当に綺麗だな」

 

と、言った。その声音があまりにも優しかったから……。

 

「……っ」

 

アリスが思わず息を吞む。と、同時にその顔を真っ赤にさせた。

ブラッドは、そんなアリスを見てふっと笑うと、髪から手を離した。そして、再びサイドテーブルの方に向かうと、空になった皿とカップをトレイの上に乗せていく。そして最後に残ったティーポットを手に取ると――、

 

「これは俺が片付けよう」

 

そう言って、そのままキッチンの方へと運んでいく。瞬間、アリスがはっとして、慌ててブラッドを追いかけた。

 

「あ、あの……っ、片付けなら私が――」

 

「いや、これぐらいはさせてくれ。流石に、全部やってもらうのは忍びないのでな」

 

「で、でも……」

 

ブラッドに洗い物をさせるなんて、とてもじゃないがじっとしていられなかった。それに、彼はずっと徹夜で仕事をしていたのだ。洗い物をする暇があるなら、寝て欲しいし、休んで欲しいというのが本音だった。

だが、ブラッドは慣れた手つきでさっと洗ってしまうと、皿やカップをディッシュラックに立て掛けてしまった。

 

「あ……」

 

アリスが困ったように眉を下げると、ブラッドは微かに笑った。そしてそのままキッチンから出て行こうとする。と――ふと、思い出したように、振り返るとアリスの方を見た。そして、

 

「助かった……ありがとう」

 

そう言って小さく微笑った。

 

「……っ」

 

思わず、顔が赤らむのを感じる。心臓がどきどきと早鐘を打つように鳴っているのが分かる。

ブラッドさん……あんな顔もするんだ……と、思うと何だか不思議な気持ちになってくる。

 

だって、あのブラッドが……あんな優しい顔をするなんて――思わなかったから。だから、かもしれない……。彼があんな風に笑うのを見れるなら、こんな事ぐらい何でもない様な気がしてしまうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2025.01.04