スノーホワイト

 

  Chapter1 氷結の魔女1

 

 

今から約50年前――。

宇宙から飛来した高エネルギー体「サブスタンス」がミリオン州に墜落した。

 

それは、資源が枯渇した地球に大きな影響を与える。

――しかし、それと同時に厄災を振りまく存在となり、人々を苦しめた。

 

被害を受けたミリオン州に設立された。

 

 

対策機構 『HELIOSエリオス

 

 

彼らは、「サブスタンス」から発見された能力型結晶石を精鋭に託し――。

特殊能力を持つ、「ヒーロー」を誕生させたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 スノーホワイト

 

 

 

 

 

 

 

―――レッドサウス・ルーム

 

 

 

その日は、晴天だった。カーテンの隙間からそよそよと、風が吹いている。朝日が、徹夜明けの目に染みた。

ブラッドは少し目を抑えながら、小さく息を吐いた。

 

数ヶ月前にルーキー達がこの『HELIOSエリオス』入所してきた。各セクターことにメンターを2人、ルーキーをそれぞれ2人に振り分けた。

最初こそ、衝突やチームが全くの皆無だったが、彼らも成長しているのだろう。最近は、少しはまともになってきていた。

 

そんな、メンターの統括――。サウス・セクターのメンターでありつつ、メンターリーダーとしての仕事と掛け持ちでやる業務は決して簡単ではなかった。

 

毎日毎日、会議の連続。その上、謎のイプリクスという敵との交戦。

問題は山積みだった。

 

だが、そんな中 殉職したと思われていた「仲間」が生きていた。

 

彼の名は、ディノ・アルバーニ。

 

メジャーヒーローであるブラッドと、同期であり、同じメジャーヒーローのキース。彼は2人の共通の「友人」であり同じ10期生の「仲間」だった。

アカデミー時代からの繋がりで、気がつけば、よくディノの言葉に乗せられて3人で行動していた。

 

生きていてくれたことは、素直に嬉しい。しかし、ディノは「洗脳」されていた――イプリクスの連中の手によって。

ずっと、昔から。それは赤子の頃から仕込まれたものだった。

 

あの時――ディノと対峙した時、彼は涙を流し自分を「――殺してくれ」と言った。あの時の、ディノの洗脳の中から、絞りだされた言葉が、今でも耳に残っている。

 

ブラッドは、また小さく息を吐いた。微かに手が震える。

 

もしも、あの時――この手にディノを掛けていたらと思うと……。考えただけで、ゾッとした。

 

「……情けないな」

 

ぽつりと、小さな声でブラッドが呟いた。まさか、自分が「怖い」なとど思うとは――。滑稽で笑いすら出てくる。もう、そんな感情は捨てたかと思っていたのに。

 

その時だった。

コツン……と、サイドテーブルに何かが置かれる音が聞こえた。ふと、音のした方を見ると、そこには、一人の若い女性が立っていた。

 

「あ……」

 

女性がブラッドの視線に気づき、少し申し訳なさそうに頭を垂れると、そのまま部屋を出ていこうとした。

 

「……っ、待て!」

 

咄嗟に、思わず手が出た。まさか、手を掴まれるとは思わなかったらしく、その女性が驚いたように、そのライトグリーン色の瞳を瞬かせる。

 

「あ、あの、手を……」

 

「離して」という言葉は声にならなかった。彼女のキャラメルブロンドの柔らかい髪に、ブラッドの手が伸びる。一瞬、彼女がぴくっと肩を震わせた。

 

「悪い……驚かせて済まない、アリス」

 

“アリス”と呼ばれたその女性は、少しだけ頬を染め、小さくかぶりを振った。

 

「いえ……大丈夫です。それよりも――」

 

ちらりと、アリスと呼ばれた女性がサイドテーブルの方を見る。

 

「冷めないうちに、召し上がって下さい」

 

言われてそちらの方を見ると、コーヒーと一緒に、サンドイッチが置かれていた。

それだけ言って、アリスが立ち去ろうとする。が――ブラッドがその手を離さなかった。

 

ブラッドの行動が理解出来ず、アリスが困惑した様にそのライトグリーンの瞳を瞬かせる。

 

「えっと、あの……ブラッドさん?」

 

ブラッドのルビー色の瞳と目が合った。

 

「あ……」

 

不意に、ゆっくりとブラッドの顔が近づいてくる。思わず、アリスがぎゅっと、目を瞑った時だった。

 

「あ――! 腹減った――!! ウィル、なんか、食い物あったっけ?」

 

突然、部屋の中にどやどやと、騒がしい声が聞こえてきた。はっとして、慌ててアリスが声のした方を見る。すると、そこには今期のルーキーの鳳アキラと、ウィル・スプラウトの姿があった。

そういえば、ここはレッドサウスセクターの部屋だった。

 

最初に口を開いたのは、案の定アキラだった。

 

 

 

「ああああ―――!!!」

 

 

 

アリスとブラッドを指さした叫んだ。

 

「ブラッドが!! 女連れ込んで……もが! ももがもが」

 

すかさず、ウィルがアキラの口を抑える。

 

「す、すみません、ブラッドさん! 俺たちすぐ出ていきますので――」

 

と、ずるずると、抗議するアキラを連れて部屋を出ていこうとする。

 

「あ、あの、違っ……」

 

何か、誤解されている!!

アリスが慌ててウィルを止めようとした時だった。

 

「ブラッド――! いるか――?」

 

「二日酔いに響くから、叫ぶなよ……」

 

不意に入口が開き、ディノがキースを引き連れて現れた。

瞬間――。

 

 

 

 

「あ……」

 

 

 

 

ディノとキースの声が被った。だが、それはほんの一瞬で、ディノがアリスを見て、ぱぁ!っと、顔を綻ばせる。

 

「アリス!! アリスもいたのか!! ……って、あれ? もしかして、俺らお邪魔……しちゃった?」

 

ディノが苦笑いを浮かべてそう言うと、ばしっと、キースがディノの頭を叩いた。

 

「……どう見たって、お邪魔だろうか。おら、帰るぞ」

 

そう言って、面倒くさそうにディノの首根っこを捕まえて、ずるずると引きずり始める。

 

「え!? わ、わっ! 待ってくれよ、キース!!」

 

「ほら、アキラも!」

 

そう言って、ウィルがアキラを連れ出そうとする。

慌てたのは、ブラッドでもなく、出ていこうとしたメンツでもなく、当のアリスだった。アリスが慌てて、ばっとブラッドから離れると、

 

「ち、ちち違うんです!! 私はっ!! その……ブラッドさんがまた徹夜されていたので、その軽食とコーヒーをお持ちしただけで……その……」

 

言葉の最後の方は、声になっていなかった。

 

 

 

 

「し、失礼します!!!」

 

 

 

 

そう叫ぶと、アリスはばたばたと部屋を飛び出していった。その顔が耳まで真っ赤だったのは、言うまでもない。

 

 

 

 

*** ***

 

 

 

 

「あ~あ、耳まで真っ赤にして逃げちゃったよ……。アリスも可愛いとこあるねぇ~」

 

と、さもどうでも良さそうにキースが頭をかきながらぼやいた。逆に、ディノはおろおろとしながら、

 

「ぶ、ブラッド!! お、追わなくていのか!? アリス、行っちゃったぞ?!」

 

と、当事者であるブラッドにそう進言するが……ブラッドは、小さく息を吐くと、

 

「構わん。別に追う理由はない」

 

とだけ答え、そのまま再びモニターの前に腰を下ろした。余りにも素っ気ないその態度に、思わずディノがむっとする。

 

「でも、アリスはブラッドの為に軽食を用意してくれたんだろ?! そのサイドテーブルのそれ! アリスの手作りだよな。ちゃんとお礼言ったか?」

 

「……」

 

一度だけ、ブラッドがその軽食の方を見るが、そのままモニターに視線を戻す。ブラッドのその態度に、ディノがますますむっとして、

 

「駄目だろ――ブラッド!! ラブアンドピースだぞ!!」

 

「いや、いまそのラブアンドピースは関係ないだろ……」

 

と、すかさずキースが突っ込むが……

 

「だって、このままじゃアリスが――」

 

尚も言い募ろうとするディノを、キースが「あーはいはい、そこまでね~」と、制した。

 

「ブラッドは俺達と違って忙しいんだから、それぐらいにしてやれ……。ディノも、ブラッドの性格はわかってんだろ? こいつが、素直に礼を言うタマかよ」

 

そういって、キースが頭をかく。

 

「むううううううう」

 

そう言われてしまっては、流石のディノも解っているだけに反論できないらしく、頬を膨らませたまま、押し黙ってしまう。

と、その時だった。

 

「あの~~~」

 

ふいに、後ろの方から声が聞こえてきた。

 

「ん? お、おお……お前ら、いたんだたな」

 

と、半分存在を忘れ去られていたウィルとアキラが、居辛そうにこちらを見ていた。

 

「先ほどの、女性は……?」

 

と、少し遠慮がちに聞いてくるウィルとは裏腹に、アキラはというと……、

 

「なぁなぁ! さっきの女って、もしかしてもしかして、ブラッドの――!?」

 

と、こちらは好奇心以外感じられない。そんな両極端な2人を見たキースは「はぁ~~~」と、超面倒くさそうに溜息を付き、

 

「あ? あ~あいつ? あいつは――」

 

そこまで言いかけた所で、ディノが案の定 口を挟んできた。

 

「キース! “あいつ”じゃないだろ! 彼女にはちゃんと“アリス・ティアリーズ”って名前があるんだから、ちゃんと名前で呼んでやれよ」

 

「あーはいはい、そうですね~」

 

と、面倒くさそうにキースが生半端な返事をする。

 

「アリス……?」

 

ウィルが何かに気付いたかのように、そう呟いた。それにキースが「お?」と、反応する。

 

「なんだ、勤勉だな~ウィルは。アキラも少し見習ったほうがいいぞ~」

 

と、半分冗談めかしてそう言うが、当のアキラは聞いてもおらず……。

 

「ウィル、知ってんのかよ?」

 

「知ってるっていうか……聞いた事があるだけだよ。『HELIOS』の11期生に、“氷結の魔女”って呼ばれる、リリー教官の再来とも言われている女性ヒーローがいるって……確か、その人の名前が――」

 

「そう!!」

 

突然、ディノが大きな声で頷いた。

 

「アリス・ティアリーズ。それが彼女の名前だよ。アリスの力は“エンドレススノーホワイト”っていって、雪を操ることが出来るんだ。なんでもかんでも雪で凍らせちゃうから、付いた呼び名が――」

 

「“氷結の魔女”……? なんか、怒らせたら怖そうだな……」

 

ごくりと、アキラが息を吞んだ。それを聞いた、キースがにやりと笑みを浮かべ、

 

「お、鋭いな~アキラ。あいつだけ・・は怒らせない方が賢明だぞ~」

 

それを聞いた、アキラが「やっぱり!!」と青ざめる。

 

「きっと、凍らさえてコレクションに飾られたりとか……、二度と動けなくなるとか……うあああああ、俺はいやだああああああ!!!」

 

「どんなイメージなんだよ……アキラの中のアリスさんって」

 

「ん? 雪女?」

 

と、ウィルの問いにさくっと答えたものだから、キースが「ぶはっ!!」と、吹き出した。

 

「あいつが、“雪女”!? あはははは、こりゃぁ、一本取られたなぁ~!」

 

 

と、瞬間―――。

 

 

 

 

 

ばんっ!!!!!

 

 

 

 

 

突如、部屋に響いた大きな音に、4人がびくっとする。恐る恐る、そちらを見ると――今にも切れそうなブラッドが、冷やかな目でこちらを見ていた。

 

「……ぶ、ブラッド……?」

 

「――れ」

 

「え?」

 

 

ぎろっと、ブラッドがこちらを睨み――。

 

 

 

 

 

「――騒ぐのなら、余所でやれ」

 

 

 

 

 

それだけ言うと、ばたん!!と、大きな音を立ててドアを閉めたのだ。思いっきり、廊下に放り出された4人はというと……。

 

「あ~あれは、怒ってるな……」

 

「怒ってるね」

 

と、キースとディノ。

 

「え? いや、確かに騒がしくしてしまった俺達が悪いんですけど……」

 

「つか、ここ俺らの部屋でもあるんだけど!?」

 

と、ウィルとアキラ。

だが、キースは小さく首を振り、

 

「いや、どっちかというと、怒ってるのは騒いでた事じゃなくてだな……」

 

「そーそー、どちらかというと、アリスの事をあれこれ言ってた事に……かな?」

 

と、ディノが苦笑いを浮かべていた。

 

どうやら、アリス本人だけでなく、ブラッドにもこの件はタブーなのだと、ウィルとアキラが心に刻んだのは言うまでもなかったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2025.01.04