深紅の冠 ~無幻碧環~

 

◆ disappearing little by little

 

 

「やっべ、遅くなった。また傑にどやされる……っ」

 

五条悟は雨の中、傘をさして高専の寮に向かっていた。その手には、家入硝子と夏油傑に頼まれた菓子が入った紙袋がある。というのも、じゃんけん勝負で負けて買い出しに行かされたのだ。

最初は、なんで自分が……っ! と、思ったが、特権として「好きなもの」を買ってきて良いという権利を得た。正直、行くのは面倒くさいが、「好きなもの買える権」は強い。という訳で、ここぞとばかりに、甘いものを大量に買ってやった。まあ、それだけだと、家入あたりから罵倒されかねないので、一応、塩辛い系も少しだけ買っておいた。

これで、苦情言われても知ったことではない。

 

「俺に買いに行かせた時点で、間違いないんだよ」

 

そんな事をぼやきながら、五条は高専へと続く石畳の階段へ差し掛かった時だった。

 

「――」

 

「ん……?」

 

何処からか、何か声の様なものが聞こえてきた。思わず、ぴたりと五条が足を止める。一瞬、呪霊かと思い辺りを見るが――それらしい気配はなかった。

 

「なんだ?」

 

雨に混ざった風の音か何かだろうか? そう思って、「ま、いっか」とその場を後にしようとした時だった。

 

「――」

 

また、何かの声が聞こえてきた。今度はもう少しはっきりと。雨の音で掻き消えかけているが、どうやら石畳の横の木の方から聞こえてくるらしい。五条は「はー」と息を吐きながら、そちらの方へと向かった。

木の枝を掻き分け、根元の方へと行く。すると、そこには小さなびしょ濡れのダンボールが置かれていた。ダンボールには、雨で消えかけているが、何か文字か書かれている。

 

「ったく、誰だよ。こんな所にゴミ置きやがったの――」

 

そう言って、五条が蓋の空いているダンボールの中を見た時だった。そこには……。

 

 

 

*** ***

 

 

 

「悟の様子がおかしい?」

 

夏油の言葉に、神妻昴は首を傾げた。一瞬、教室の外で家入と何か話している五条を見る。その姿は至っていつも通りで……。

 

「いつも、あんな感じゃないか?」

 

そう昴は言うが、夏油は「いや……」と答えた。夏油が五条の様子がおかしいと気付いたのは、丁度数日前。五条が買い出しから帰って来た後からだ。最初は、買い出しに行かされたことに、不満を漏らしているのかと思ったが、どうやらそうではないらしい。

どちらかというと、気もそぞろな感じで、そわそわしているというか、落ち着きがない。

 

まるで、何か気になるものがあって、何も手に付かない――といった感じに見受けられる。この感じ、前にもあった。そう――丁度、夏油や昴に内緒で、昴の妹の凛花とクリスマスデートを控えていた時だ。あの時も、五条はそわそわしていた。もし、凛花絡みだとすると……。

 

と、そこまで考えて夏油が昴を見た。それから「はぁ~~~~」と盛大な溜息を付く。もし、凛花絡みだと、超シスコンの昴がこの上なく、面倒くさくなるからだ。そんな夏油を知って知らでか、昴はけろっとしていた。この様子から察するに、少なくとも昴はこの件は知らないのだろう。

だが……。

 

ちらりと、五条と話している家入を見る。家入は怪しいと思った。クリスマスの時もそうだが、この件も知っているのでは? という気がする。それは、昴も思ったようで……。

 

「硝子だな」

 

「ああ」

 

と、2人が頷いたのは言うまでもない。

 

 

 

 

 

 

一方―――。

 

「ちょと五条、ちゃんと言った通りにしてんの?」

 

と、家入が腕を組んでぼやいた。その様子に、五条がむっとするが、反論出来ないらしく、口籠もる。

 

「……してんだけどよ、なんかどんどん弱ってくし……」

 

「……」

 

五条の言葉に、家入が小さく息を吐くと、頭をかいた。なんか、色々言うのも面倒くさくなってきた。

 

「あのさ、私が診た方が早くない?」

 

そう提案するが、五条が何故か「駄目だ」という。何故駄目なのか、家入にはさっぱりだった。いっその事、放置してやろうかとも思うが、ここまで関わってしまった以上それは目覚めが悪い。

 

「とりあえず、体力ないだろうから風呂入れたら駄目だよ。身体は拭いてあげてんの? ミルクは?」

 

「やってるって、その……あんまり飲んでくれねーけど」

 

「……」

 

まさかとは思うが……。

 

「ねえ、それさ、ちゃんと――」

 

「あ、やべっ! 傑と昴がこっち来る!! またな、硝子!!」

 

「は? ちょ、ちょっと……」

 

何故か、逃げるように五条が走り去っていった。残された家入が「何なのよ……」とぼやいた瞬間だった。突然、がしぃ!と両肩を掴まれた。後ろから……。なんだか、とっても嫌な予感がして、家入が内心「振り向きたくない」と思っていると、

 

「硝子、少しいいかな?」

 

「悟と何の話してたんだ?」

 

と、後ろから夏油と昴の声が聞こえてきた。その声を聞いた瞬間、家入が「サイアク……」と言ったのはいうまでもない。

 

 

 

 

*** ***

 

 

 

 

―――都立呪術高等専門学校・東京校 学生寮

 

 

 

「な~なんでお前飲まねーの?」

 

五条がそうぼやきながら、ちょいちょいっと“それ”に触れる。しかし、“それ”は身体を丸めたままで、ぴくりとも動こうとしなかった。皿に温めたミルクを出しても、飲む気配すらない。煮干しで釣ってみるが、反応すらしない。

もう、五条にはどうしていいのか分からなかった。八方塞がりとはまさに、この事ではないだろうか。どうしたものかと、五条が考えあぐねている時だった。

 

突然、寮の廊下の方が騒がしくなった。まだ皆寮に戻ってくる時間ではないのに、だ。五条が何事かと顔を上げたその時だった。

 

「悟、いるかい?」

 

そう夏油の声が聞こえたかと思うと、ノックも無しに問答無用で部屋の扉が開けられた。ぎょっとしたのは、五条だ。余りにも急な訪問に“それ”を何処かに隠す余裕すらなく、とりあえず、慌てて背で見えない様にするが……。夏油は目聡く“それ”を見つけると、ずかずかと部屋の中に入って来た。

 

「ちょっ……、お、おい!」

 

五条が止める間もなく、夏油はそのまま五条を手でどかすと、彼の後ろにいる“それ”を見て、小さく息を吐いた。そこには、白い子猫がいたのだ。その子猫は弱っているのか、元気もなく、ぐったりしていた。

 

「悟、こんな状態になるまで、どうして放っておいたんだい?」

 

「そ……っ、べ、別に放っておいた訳じゃ――。俺だって……っ」

 

「少なくとも、この状態を見て“世話していた”とは思えないよ」

 

「ぐっ……」

 

痛い所を突かれて、五条が押し黙る。そんなつもりはなかった。五条だって五条なりに、世話をしようとした。……けれど、何をやっても駄目だった。まるで五条を拒むかのように、冷たい態度で……。そんな状態が続いてしまい、どうしようもなかった。だから、この有様だったのだ。何もしていない訳じゃないのだ。ただ、どうすればいいのか分からなかっただけで……。

しかし、それを言っても言い訳にしかならないのは分かっていた。

 

どうすればよかったというのだ。夏油や昴達に相談しておけばよかったというのか。でも、もし、「捨ててこい」と言われたらと思うと、言えなかった。なんとか、助けようと――ただ、それだけだったのに……。

 

「……しろって言うんだよ」

 

「悟?」

 

「じゃぁ……! どうしろって――っ」

 

思わず、声が大きくなった。しかし、その続きは言葉にならなかった。夏油が五条の胸座を摑み上げたのだ。そして、そのまま壁に五条を押し付ける。

どんっ!と軽く背中を打った衝撃に、一瞬息が詰まった。だが、それよりも……真っ直ぐな瞳で自分を射抜くように見る親友の目に――何も言えなくなったのだ。まるで、蛇に睨まれた蛙の様に動けなかった。

 

「悟、1人で出来る事と出来ない事が世の中にはあるんだよ」

 

「……」

 

「この子猫が望んでいる事、分からないのかい?」

 

その言葉に、五条の瞳が揺れる。まさか――とは思った。でも……。そんな都合のいい話があってたまるかとも思った。だって……。だって……っ!

そんな五条の考えを肯定するかの様に、夏油がそっと子猫の頭を撫でた。すると子猫は弱々しくもすりっと頭を摺り寄せて来たではないか。その仕草は、まるで夏油の言葉を肯定する様で……。

 

信じられない様に、五条の瞳が大きく揺れた。そんな五条の胸座を掴んでいた手を夏油は放すと、それからそっと子猫を抱き上げる。そして、そのまま五条をじっと見てきたのだ。その目には僅かな非難の色が見える。恐らくだが、この“子猫”の事を黙っていたことに怒っているのだろう。

 

それはそうだ。五条だって逆の立場だったら怒っていたかもしれない――。

でも……っ! それでも……っ!!

そう、叫びたくても“今”の五条には出来なかった。何も言えず、ただ唇を嚙んだまま俯く事しか出来なかったのだ。

 

 

 

 

*** ***

 

 

 

 

“ピロピロリーン! 2850点!!”

 

おおー! と、後ろから歓声が上がる。が、そのパンチングマシーンを殴った本人は、不服そうだった。

 

「何やってんだ、俺は……」

 

はぁ……っと、小さく溜息を付いて五条が、そのマシーンにもたれ掛かる。結局、あの後、あの子猫は夏油と昴が連れて行ってしまった。恐らく、家入に診せる為だろう。

五条は何だかあの場に居辛くて、寮を飛びだして、結局 適当なゲームセンターに逃げ込んだ。

ストレス発散にパンチングマシーンでも叩いてみたが、全く晴れない。むしろ、どんどんもやもやしたものが募ってきて、苛々する。そんな五条を、周りの人間が遠巻きに見ていたが、そんな事は今の五条の眼中になかった。

 

「くそ……っ」

 

堪らず、ばんっ!とパンチングマシーンを叩いた。しかし、結果はさっきと変わらない。逆に機械に表示された得点が3000点へと上がっていくだけだ。

その表示を見たくなくて、思わず視線を下に向けると、視界の端に自販機が目に入った。丁度喉が乾いていたし……と思い、そちらへと向かおうとした時だった。

 

「きゃ……っ」

 

どんっ!と、誰かにぶつかってしまった。五条がはっとして顔を上げると――そこには、驚いた顔の凛花がいたのだ。

 

「凛花?」

 

「え……、ご、五条、さん……?」

 

2人して、予想外の人物の登場に固まってしまう。この時、五条は混乱していたのかもしてない。凛花とゲームセンターが結びつかな過ぎて、何故ここにいるのかとか、どうしてかとか、色々頭が追い付かなかったのだ。

一方の凛花も、五条との遭遇に動揺していた。まさか、こんな所で逢うとは思わず、気が動転してしまう。

 

「あの……」

 

どうしようと、凛花が視線を彷徨わせていると……。突然、がしぃ!と、五条の大きな手に両肩を掴まれ、身体がびくっ!と跳ねた。

「え?」と思った時には遅く……そのままぐいっと引っ張られる。そして――気が付いたら、五条の胸に抱き締められていたのだった。

 

一瞬何が起こったのか凛花には分からなかった。が、すぐに我に返ると、凛花は顔を真っ赤にさせた。

 

「あ、の……っ、ご、五条さ――」

 

慌てて、五条から離れようともがくが、抱き締められる力が強すぎて、びくともしない。むしろ、ぎゅっと更に強く抱き締められてしまう。

凛花が困惑した様に、五条の背を叩いた。が、瞬間、気付いてしまった。五条の抱き締める手が微かに震えている事に。

 

「五条、さん……?」

 

何か、あったのだろうか……? そう思った凛花が、そっと五条の背を撫でる。すると、少し落ち着いたのか……震えていた五条の手から力が抜けた。そして、力のない声で、

 

「凛花、ごめん……」

 

「え……?」

 

その呟きは小さな声だったが、不思議と凛花の耳に届いた。そして、そんな五条に凛花は何も言えなくなってしまった。ただ、きゅっと五条の服を握り締める。すると、抱き締めて来る腕の力が強くなっていくのを感じたのだった。

 

 

 

 

 

「あの、落ち着きましたか?」

 

あの後、あの状態の五条を放っておくことが出来ず、凛花は一緒に来ていた友人に断りを入れて、五条と一緒にゲームセンターを出た。そして、そのまま近くに公園に入ると、そっと五条をベンチに座らせる。

傍にあった、自販機で暖かいココアを2つ買うと、そのまま五条の待つベンチへと戻った。五条は相変わらず俯いたままで、その表情は分からない。ただ、先程よりは落ち着いた様に感じ、凛花は少しほっとした。

 

五条にココアを渡すと、そのまま彼の隣に座ると、不意に五条が口を開いた。

 

「……オマエ、さ、何でゲーセンにいた訳?」

 

「え?」

 

唐突に聞かれて、凛花が思わず首を傾げてしまう。

 

「私は……友人が欲しいクレーンゲームの猫のぬいぐるみがあるとかで、一緒にいただけなんですが。そういう五条さんは? お1人、ですか?」

 

それは、何気なく出た言葉だった。だが、五条には何かが引っ掛かったのか、ぴくりっと肩を震わせて、それから、ぎゅっとココアの缶を握り締めた。

その様子がいつもと違い過ぎて、凛花が思わず「五条さん」と声を掛けようとした時だった。不意に伸びてきた五条の手が、凛花をぎゅっと抱き締めたのだ。

 

突然の事に、一瞬凛花が驚くが、今度は抵抗しなかった。されるがままに五条を受け入れていると、ぽつりぽつりと五条の口から言葉が零れてきた。

 

1週間前ぐらいに、子猫を拾った事。1人で何とかできると思って、夏油や昴には黙っていた事。でも、全然うまくいかなくて、子猫はどんどん弱っていった事。結局、夏油や昴にバレて、子猫は連れていかれてしまった事。

 

「……俺、どうすればよかったんだ? 最初から、傑達に頼ってればよかったのか? でも、俺だって……っ」

 

出来ると思った。子猫1匹の世話ぐらい、どうとでも。でも、実際は……。

 

「なぁ、あいつ……死んじまうのか? 俺の……俺の所為で……」

 

ぎゅうっと、五条の腕の力が強まる。それに合わせるかの様に、凛花を抱き締めている手にも力が入った。だが、凛花はそんな五条を非難する事はなかった。

ただそっと五条の背を撫でると、優しい声音で、

 

「大丈夫ですよ。きっとその子は、五条さんに拾われて、こんなにも思われて、幸せな筈です。だから、そんなに自分を責めないでください。……ね?」

 

その声色はどこまでも穏やかで……。そんな凛花の言葉に安心したのか、五条は何故か無性に泣きたくなった。今、涙を見せたら駄目だと思ったから、ぐっと耐える様に歯を食いしばって俯いたが……結局堪えきれず、涙がぽたぽたと地面に落ちていった。

 

「大丈夫ですから、後で様子見に一緒に行きましょう?」

 

五条の涙に気付かぬ振りをしているのか、気付いているが知らない振りをしてくれているのか。凛花は五条を責める事もせず、そう言って、ただ優しく背中を撫でてくれていたのだった。

 

 

 

 

*** ***

 

 

 

 

―――2時間後

都立呪術高等専門学校・東京校 学生寮

 

 

 

凛花に促されて、五条は渋々寮に戻って来た。その隣には、心配そうにこちらを見ている凛花もいた。

五条は、大きく息を吸うと吐いてから、明かりの点いている談話室の方へと向かった。そっと談話室を覗くと、皆丁度そこにいた。その事に、少しほっとしてから、五条がどう声を掛けようか考えあぐねている時だった。

 

「凛花!?」

 

いち早く、昴が凛花の存在に気付いた。センサーでも付いているのか?! と言いたくなる程の素早さに、一同の視線が一気に凛花に注がれる。

 

「凛花ちゃん?」

 

「……神妻の妹じゃん」

 

と、夏油と家入まで反応してきたものだから、今更隠れる訳にもいかず、凛花はぺこりと頭を下げた。すると、場の空気を全く読まないシスコン兄・昴が歓喜の声を上げて、凛花に飛びつこうとしたが――何故か、凛花の後ろから伸びてきた手に妨害された。

 

「何やつ……って、悟!?」

 

まさかの五条の登場に、昴が驚きの声を上げる。それに気付いた夏油が、こちらを見て小さく笑った。

 

「……悟、やっと戻ったのか」

 

夏油の言葉に、少し気恥ずかしいのか、五条が「……お、おう」とだけ答えた。いつもなら、ここでふざけた調子で何か言いそうなものだが……。今回はそれがなかった。いや、言えなかったのかもしれない。――多分、さっきの事もあって。

すると、今まで黙っていた家入が口を開いた。

 

「とりあえず、五条。この子だけど、今は少し落ち着いてる。後、ミルクは皿であげたって飲めないよ。哺乳瓶であげないと。それから、身体はちゃんと蚤取りして拭いてあげて、体力付いたら、風呂」

 

「あ、ああ……」

 

「何?」

 

余りにも素直に聞き入れる五条に違和感を抱いたのか、家入が訝し気に眉を寄せた。すると、とんっと凛花が五条の背を叩いた。それに促されるように、五条が一度だけ凛花の方を見た後、目の前の3人の方に向き直り――。

 

「そ、その、だな。……今回の件、黙ってて悪かったよ。だけど、どうにかしなきゃって思って……。でも、俺1人じゃ無理だから、その……」

 

と、急に始まった五条らしからぬ、謝罪劇に3人が呆気に取られていたが、次の瞬間、昴が突然ぷはっと笑いだした。それに驚いたのは、他ならぬ五条だ。凛花も目を瞬かせて昴を見た。そんな2人を見返しながら、昴は笑い過ぎて出て来た涙を指で拭うと、五条の肩をぽんっと叩いて、

 

「まさか、オマエからそんな殊勝な言葉が聞ける日が来るとはな! 成長したな、悟。俺は、嬉しいぞ!」

 

「は……? いや、何で俺褒められてんの?!」

 

五条の突っ込みはもっともだろう。だが、そんな突っ込みをものともせず、昴が続けた。

 

「まぁ、1人でどうにかしようと思うのは悪い事じゃないと思うよ? でも、頼れる存在がいる時は、頼って欲しいかな、俺はね。ただな……」

 

とそこで言葉を区切ると、今度は五条の肩に腕を回して、ぐっと引き寄せると、そのまま耳元で何かを忠告するかのように、

 

「うちの凛花に心配掛けるのは、よくないかなぁ?」

 

と、笑顔で言っているが、声が笑ってない。その事に、流石の五条も気付いたのか、びくっと身体を震わせると、ちらりと隣にいる凛花を見やった。それに気付いて凛花が首を傾げる。すると、何故か五条の頬がほんのりと色付いた。

それが面白くなくて、昴が更に五条の首を絞めるかの如くその腕に力を入れる。

 

「はいそこー! お兄ちゃんの前で、何いちゃついてんだ! 離・れ・ろ!!」

 

「痛っ、痛って! 別にいちゃついてねぇし! てか、離せ!」

 

と、そんな言い合いを五条と昴がしているのを見て、夏油と家入が呆れにも似た溜息を付いたのは、言うまでもない。

 

 

それから――数日後。

今では、すっかり元気になった子猫は、中庭で走り回っている。そんな様子を、五条は凛花と2人中庭の木の下で見ていた。傍には、昴から預かった子猫用のケージが置かれている。

あの日以降、凛花はこうして子猫の様子を見に、度々高専に寄る様になった。それは、五条的には逢う機会が増えて嬉しいのだが、少し複雑でもあった。

 

今までは基本、兄である昴に用が無いと高専には立ち寄らなかったのに、子猫にはこうもあっさり会いに来ているというのが、なんというか少し不満だった。

 

「凛花は、さ……こいつにだけ会いに来てんのかよ」

 

「え……?」

 

思わず出た言葉に、五条がはっとして慌てて口を抑えるが、凛花には聞こえていたらしく、かぁっとその頬を少しだけ朱に染めたのだ。凛花のその反応に、五条の心臓がどきっとする。まさか、そんな反応をされるとは思ってなかったからだ。淡い期待が膨らむ。凛花はというと、恥かしくて五条の方を見れないのか……子猫の方を見たまま、

 

「その……えっと、ですね……」

 

と、歯切れ悪く答えた。

 

そして――少しの沈黙の後……。そっと五条を見上げたかと思うと、

 

「その……五条さんにも、逢えるので……」

 

それはとても小さな声だったが……五条の耳には、はっきりと聞こえらしく……。その言葉に、今度は五条の顔が赤くなる番だったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2025.02.04