深紅の冠 ~無幻碧環~

 

◆ confession

 

 

―――2007年・12月

都立呪術高等専門学校・東京校

 

 

 

ここ数日、五条悟はおかしかった。授業中も、食事中も、任務中も、ず~~~と、ぼーとしたり、何か唸ったり、とにかくに様子がおかしいのだ。その様子が余りにも変で、神妻昴と夏油傑は、顔を見合わせた。

 

「なんか……悟おかしくないか?」

 

「おかしいねえ」

 

そう言いながら、じっと五条を見る。と、五条は何か考え込みながら、ぱらぱらと雑誌を見ていた。ふと、それを見た夏油が何かに気付いたのか、

 

「あの雑誌……。女性物のクリスマス特集の雑誌だね」

 

「クリスマス特集、だって?」

 

ぴっくーんっと、昴が何かに反応する。五条は女性向けのクリスマスの特集の雑誌を見ているという事だ。それはつまり……クリスマスのプレゼントとデートプランを考えている……という事に他ならない。

しかし、果たして五条にそんな相手がいただろうか? と、昴が首を捻るが、特に思い浮かばない。

 

「って、誰なんだ? 相手は……」

 

と、ぽろりと言葉を洩らした時だった。夏油がけろっとした顔で、

 

「……もしかして凛花ちゃん、とか?」

 

 

 

 

「なっにいいいいいいいいいい!!? くおら、悟!!!」

 

 

 

 

昴がそう叫ぶなり、瞬間移動のように五条に駆け寄る。驚いたのは五条だ。突然、現れた昴にぎょっとして、慌てて雑誌を隠そうとするが、ばんっ!と、昴がその雑誌の上に手を置いた。

 

「悟~? 誰と行くのかなぁ。まさかとは思うが――凛花、とか言わないよな?」

 

と、満面の笑みで言うが……声が笑ってない。昴のその言葉に、五条が顔をぎくりと顔を引き攣らせた後、ぱっと赤らめた。そして、口をぱくぱくさせながら、

 

「な……っ。なん――。お、俺は……」

 

「さ~と~る~~~~?」

 

昴の笑顔が怖い。五条が慌てて逃げようと立ち上がり掛けるが、がしぃ!と、肩を掴まれて、椅子に座らせられた。そして、きらきらの菩薩の様な顔をした昴が詰め寄ってくる。……背後に、仁王像を抱えて。

五条は身の危険を感じならが、たじたじになりつつ、

 

「ち、ちげーよ! な、なな、なんで凛花が……っ」

 

「ほほぅ? じゃぁ、凛花じゃ絶対、間違いなく、120%違うんだな?」

 

「そ、それ、は……」

 

「それは?」

 

と、その時だった。がらっと教室の扉が開き家入硝子が入ってくる。そして――。

 

「五条、神妻の妹から連絡来てたぞ。24日の件、大丈夫だって――あ」

 

と、そこまで言いかけた家入が、五条と昴の様子を見て察したのか、思わず口を手で押さえる。

 

「ば、馬鹿! 硝子! 今言ったら――っ」

 

「あー、ごめーん」

 

悪びれた様子もなく、家入が謝る。

最悪のタイミングであった。しかし、時すでに遅く……。

 

「24日……?」

 

昴が、耳をダンボにしてぴくぴくと顔を引き攣らせた。と、呪霊でも背後に飼っているのか、というぐらいの勢いで、昴の背後におどろおどろしい気配が立ち込める。

 

「す、昴……?」

 

五条が、恐る恐る昴の名を呼ぶと、昴の顔が般若の様な形相で、

 

「悟……24日がなんだって? 俺の凛花と、クリスマスデートとは……覚悟はいいんだろうなぁ?」

 

「ば……っ、そ、そんなんじゃねーよ! 俺は、ただ凛花と――」

 

「“凛花と?”、なんだって?」

 

「いや、だから……、俺が話したら、凛花が気になるつーから、その、一緒に……行くかって、言っただけで……っ!」

 

「ほほーう。詳しく話して貰おうか」

 

最早、尋問状態である。困った五条が、後ろの夏油に助けを求めるかのように視線を送って来た。それに気付いた夏油は、小さく息を吐くと、ぽんっと昴の肩に手を置いた。

 

「はい、昴。そこまでにしておきなよ。悟が脅えてるだろう?」

 

「お、脅えてなんてねーよ!」

 

「悟は脅えてないそうだ。問題ないな」

 

「……悟。少し黙っててくれるかい?」

 

折角、夏油が助け舟を出そうとしているのに、台無しである。夏油は、ごほんっと、咳払いをすると、昴の肩をぽんぽんっと叩きながら、

 

「まあ、いいじゃないか。悟にも遅めの春が来てるって事だよ。応援してあげよう」

 

「悟に春が来ようが、冬が来ようがどうでもいいが、相手がいかん! なんで、うちの凛花なんだ!? まだ、お兄ちゃんは許さないからな!!」

 

「……それ、本気で言ってる?」

 

あれだけ毎日、凛花の写真を持ち歩き、いかに可愛いかを猛アピールし、あまつさえ彼女の写真を見せびらかして自慢していたのだ。逆に、あれで悟に気にするな、という方が無理である。ある意味、凛花の売り込みであったのに、その事実に、昴自身が気付いてないのが、また面いなと、夏油は思っていた。

 

実際、悟は途中から逢った事もない凛花の事を気にしだしていたし、こっそり昴が配って回っていた凛花の写真も持ち歩いているのを夏油は知っている。しかも、少し前に初めて逢ってから、その想いは一層強くなっているのか、それ以降、彼女と「偶然」逢っているという話だ。

 

なので、別段クリスマスの約束をしていても、おかしくはないのでは――と、夏油は思った。が……昴には、それは受け入れ難い事実なのだろう。なにせ、昴は超が付く妹溺愛の、いわゆるシスコンである。凛花の一番は兄である自分!! と、言い張るほどだ。勿論、写真を持ち歩いていたのも、話をしていたのも、溺愛する妹・凛花を皆に見て欲しい。自慢したいが為だ。

間違っても、男を作る為ではない!!! というのが、彼の言い分に違いない。

 

まあ、実際は昴の思惑とは裏腹に、五条は凛花にご執心の様だし、夏油も正直、凛花は可愛いと思っていた。……口には出来ないが。

 

「とりあえず、昴。凛花ちゃんの事は、約束してないんだろう? 今回は、悟に任せようじゃないか」

 

「い、い、今から俺とクリスマスの約束を―――」

 

「先約あるからって断られて、落ち込んだ昴をまた慰めなきゃいけないのかい? 嫌だよ、私は」

 

そう言って、夏油が昴の首根っこを掴む。

 

「こらぁ~~!! 話せ、傑!! このままでは凛花の貞操が―――!!!!」

 

「はいはい、あっちに行こうか? あ、悟。私は、その右下のなんて、プレゼントにいいと思うよ」

 

「アドバイスするなぁああああ!!!」

 

と、叫ぶ昴を引きずる様に、夏油が連行していく。その様子を見ながら、五条はちらっと夏油の言った雑誌の右下の部分を見た。それを見た瞬間、何か思いついたのか――。

 

「傑! 助かる!!」

 

そう言うなり、脱兎の如くその場から逃げたのは言うまでもない。

 

 

 

 

 

*** ***

 

 

 

 

―――12月24日 クリスマス・イブ

 

 

その日は、五条は朝からそわそわしていた。今年の24日は平日だが、冬休み期間という事もあり、街の中は人で溢れかえっていた。

基本、呪術師に長期休暇という概念はない。故に、呪術高専においても、冬休み期間だろうと、登校している学生がほとんどだ。勿論、五条も任務があったが、午前中の内に全部速攻で片付けたのだ。そして、午後1時――。

 

「……」

 

五条は、渋谷駅の近くで、待ち人を今か今かと待っていた。全身を黒で統一したコーディである。インナーにシャツをチョイスして大人っぽく見せている仕様だ。シューズはあえて、そこだけ白をベースにしたものを履いてきた。上半身にボリュームがある着こなしをして、ブラックスリムパンツでメリハリを出してスマートに見せているのである。

一応、五条的にこだわって選んだのだろうというのが、普段を見ていると良く解かる。

 

腕時計をちらちら見ながら、髪を気にしたりしているのが何とも、初々しく見える。凛花は――まだの様で、余計に落ち着きのない五条が、そわそわして見えた。

周りを歩く女子たちが、ちらちらと五条を見ては声を掛けたがっているが、五条はそんなのに気付きもせず、いっぱいいっぱいの様であった。

のを、実はこっそりつけてきた、夏油と昴が影から覗き見していた。

 

「悟にしては随分と、お洒落をしているね」

 

「当たり前だろう!! 凛花に会うんだぞ!? あれぐらい当然の礼儀だ!」

 

「昴、声大きいよ」

 

などと突っ込んでみたものの、肝心の凛花の姿が無かった。13時が待ち合わせではなかったのだろうか? ちなみに、五条は13時よりも10分ぐらい早く前からあそこで待っている。あの五条が! だ。時間にルーズの見本のようなあの五条が、10分前行動!! それだけでも、凄い事実である。が……やはり、凛花が現れないのだ。準備に時間が掛かっているのだろうか?

 

「昴、凛花ちゃんは時間には結構その……ゆとりを持つ方なのかい?」

 

そっと、遠回しに聞いてみる。すると、昴はあり得ないという風に、

 

「いや? 凛花は時間にはきっちりしている方だぞ? 遅刻なんで珍しい……」

 

「そう、なのかい?」

 

その割には、10分経てども、15分経てども凛花は現れない。はて? どういうことだろうか? 夏油がそう思っている時だった。何十組目か分からない女子が五条に声を掛けている。

まあ、かれこれあそこに20分以上立っているのだ。ナンパ待ちと思われても仕方ないのかもしれない。

余談、夏油と昴も声を掛けられていたが、昴が「取り込み中だ!!」と全て追っ払っていた。

 

と、その時だった。

 

「五条さん……?」

 

はっと、声のした方を見ると――凛花だ。白のインナーにハイウエストのダークグレーのスカートとブラックのブーツ。そして、ライトグレーのシアリングトリムショートジャケットを羽織っていた。

 

「凛花……っ」

 

思わず、凛花を見た五条が、周りの女子をかき分け、嬉しそうに駆け寄る。その女子たちの視線が一斉に凛花に向けられた。一瞬、凛花がびくっと肩を震わす。

 

「あ、あの……待ち合わせは13時半では――」

 

凛花が戸惑ったようにそう声を掛けると、五条は何でもない事にように、

 

「べ、別に……っ。す、少し早く着いただけだし」

 

「そう……ですか?」

 

そう言って、凛花がちらっと五条の周りにいた女子たちを見る。皆、なんだか凛花を見て不快そうな顔をしていた。

 

「あ、その……あちらの方々は……」

 

凛花が、そう言い掛けた時だった。不意に伸びてきた五条の手が凛花の手をぎゅっと握った。そして、そのまま指を絡めてくる。

 

「いいんだよ。行こうぜ」

 

「え、で、でも……っ」

 

凛花が何か言おうとするが、そのまま五条は彼女の手を引っ張って歩き始めた。

残された女子達が、「え~」と声を上げているが――その更に後ろで、

 

「今、凛花ちゃん13時半待ち合わせって言ってたけど、悟……12時50分にはあそこにいたよね?」

 

「そんな事はどうでもいい!! 悟のやつ~~~!! 凛花の手を握るとは!!! しかも、恋人繋ぎだと!? 許さん!!!」

 

と、夏油と昴が突っ込んでいた。

 

 

 

*** ***

 

 

 

その後、五条と凛花は一緒にウィンドウショッピングをしていたり、クレープを食べていたり、公園を歩いていたりとても健全だった。正直、昴の心配するような事は起きないのでは? と、思うも……昴は、「相手は悟だぞ!?」と言い、まったく信用していない。

ここまで来ると、少し五条が哀れにも思えてきた。しかし……そんな夏油とは裏腹に、五条も凛花も、楽しそうだった。

 

「……」

 

なんだか、こうしてデートの後をつけている、自分達が悲しくなってくる。夏油は少し考えた後、

 

「昴、もういいだろう? 後は2人きりにさせてあげようじゃないか」

 

「いやだああああ~~~~!! 俺は最後まで凛花を守るんだあああ~~~!!」

 

「はいはい、行こうか」

 

と、嫌がっている昴を夏油がずるずると引っ張っていく。昴は最後まで抵抗しようとしていたが、結局夏油に引きずられていくのだった。

 

ふと、五条が何かに気付いたかのように後ろを振り返った。その様子に凛花が首を傾げる。五条は、小さく息を吐くと「やっと行きやがった……」とぼやいた。

 

「五条さん?」

 

「ん? ああ、いや……なんでもねぇ。行こうぜ」

 

そう言うと、五条は凛花の肩をぐいっと抱き寄せた。

 

「……あ……」

 

突然、五条に肩を抱き寄せられ、凛花がかぁっと、頬を赤く染める。瞬間、はっと我に返った五条が慌て手を離した。

 

「あ、わ、悪い……っ、その、つい……。い、嫌……だったか?」

 

知らず、五条の頬も朱に染まる。すると、凛花が少し恥ずかしそうに俯きながら、

 

「あ……い、いえ……。その……少し、驚いただけで……嫌、では……」

 

「ない、です」と、小さな声で凛花が答えるのが聞こえてきた。その言葉に、五条がほっとすると、もう一度、そっと凛花の肩に手を置くと、ぐっと抱き寄せた。

 

「ひ、人多いし、あ、危ないからな。このまま行こうぜ」

 

「……っ、は、はい……」

 

ただ肩を抱かれただけなのに、凄く恥ずかしく感じ、凛花は顔を真っ赤にして俯いてしまった。そんな凛花が余りにも可愛く見えて、思わず手を出したくなるのを、ぐっと五条が堪えるのだった。

 

 

そうしているうちに、時間も17時を回り、外の街並みがライトアップされる頃には、目的のカフェに辿り着いた。

 

そこはケーキが美味しいと評判の人気のカフェだった。店内に入ると、洗礼されたインテリアに、綺麗なショーウィンドウに飾られたケーキたちが目に入った。時期も時期なだけにカップルも多く、店内は人が沢山で賑わっていた。

スタッフに案内されて、個室になっている、2階席に行く。そこは、外のライトアップされた街並が綺麗に見える、場所だった。

 

「……綺麗、ですね……」

 

その風景を見た瞬間、凛花が思わず声を上げて微笑む。その様子が可愛すぎて、思わず五条はくすっと笑みを零した。

 

「いいから、ほら、座れよ」

 

そう言って、いつもの五条なら絶対にしないのに、凛花の席を引いた。椅子を引かれて、凛花が「あ……ありがとうございます」と、お礼を言って躊躇いがちに座る。それから、五条も隣に席に座ると、メニューを開いた。

メニューには目移りしそうな程の美味しそうなケーキが、ずらっと写真と説明付きで掲載されていた。

 

「凛花、どれが食べたいんだ?」

 

「え、私ですか? そう、ですね……どれも美味しそうで、目移りしてしまって……」

 

と、考え込んでしまう。そんな仕草も可愛いと思ってしまう時点で、既に末期なのかもしれない。それから、注文すると程なくして、目の前に美味しそうなケーキが運ばれてきた。

凛花は、抹茶風味のミルフィーユ、五条はストロベリーのタルトと、パフェだった。

それを見た、凛花が紅茶に砂糖を入れながら、ぽつりと呟いた。

 

「その、五条さんは、甘いものがお好きなんですか?」

 

凛花のその言葉に、五条がははっと笑った。それから、とんとんっと頭を指で叩きながら、

 

「俺の能力な、すげー疲れんの。で、どうしても効率化図るために、糖分が必要になるんだよな。で、糖分取ろうと思って甘いものばっかり食ってたら、甘党になった感じ?」

 

「そう、なんですね。……良かった」

 

そう答えながら、凛花がほっとする。一瞬、五条が「ん?」と思うが、それ以上何故か聞けなかった。ふと、凛花を見ると、ナイフとフォークを使って、綺麗にミルフィーユを切り分けて食べていた。よく見かける倒れたりも、崩れたりもせず、とても綺麗な食べ方だった。

じっと見過ぎた所為だろうか。ふと、顔を上げた凛花と目が合った。

 

「五条さん?」

 

凛花が不思議そうに首を傾げる。瞬間、五条は はっとして、慌てて口を開いた。

 

「あ、あ~いや、う、美味そうだなって思ってさ」

 

「え? あ、ミルフィーユですか?」

 

そう言った後、凛花がじっとミルフィーユと五条を見た。そして、少し躊躇いつつ、

 

「あの……食べます、か? あ、勿論、取り分けますので――」

 

そこまで言って、慌てて凛花が傍にあった皿に手を伸ばし掛けた時だった。不意に五条が凛花のフォークを持っている手を握った。一瞬、凛花が「え?」と、その動きを止める。が、五条は気にした様子もなく、そのままフォークに乗っていたミルフィーユをぱくっと自身の口に運んで食べた。

 

「うまっ! これ、美味くね!?」

 

「~~~~っ、ご、ご、五条さ……」

 

五条のまさかの行動に、凛花が顔を真っ赤にする。だが、五条は気にする様子もなく、ぺろっと舌で唇を舐めると、

 

「ほら、オマエも食えよ」

 

そう言って、自分の注文したストロベリータルトを切ると、そのまま凛花の口の前に運んだ。

 

「え、あ、あの……」

 

凛花が目の前に出されたタルトに、動揺していると、五条はやはり気にした様子もなく、

 

「ほら、口開けろって」

 

「あ、あの……えっと……じ、自分で食べられま――」

 

「だーめ。俺が凛花に食わせたい。口、開けろよ」

 

「うう……」

 

最早、拒否権は無かった。凛花が恥ずかしそうに顔を真っ赤に染めて、口をおずおずと開ける。すると、タルトが口の中に入ってきた。それは、甘さと酸味がいい感じに交わって絶妙な美味しさをかもしだしていたが……。

 

「どうだ?」

 

「……お、美味しい、です」

 

最早、味など殆ど分からなかった。凛花が真っ赤な顔で俯いて口をもごもごさせていると、五条が嬉しそうに笑った。

 

「もう一口、いるか?」

 

そう言って、五条が面白そうにもう一切差し出してくる。が、凛花は慌てて首を横に振りながら、

 

「い、いえ、大丈夫です……っ」

 

その様子が余りにも可愛くて、五条がまた笑ってしまった。それで、揶揄われている事に気付いたのか、凛花が顔を赤くして、

 

「も、もう! 五条さん……っ」

 

「わりぃ……、凛花があんまりにも可愛い反応するから、つい、な」

 

「か、かわ……っ」

 

瞬間、かぁぁぁ……っと、凛花が今までにない位、顔を真っ赤に染め上げた。そんな風に反応する、凛花が余りにも可愛くて、愛おしくて――五条は、そっと、持っていたフォークを皿に置くと、

 

「凛花」

 

「は、はい……」

 

五条に呼ばれ、はっと顔を上げる。瞬間、五条の碧い目がそっと細められて、優しい声音で囁かれた。

 

「オマエさ……もう俺にしろよ」

 

「え……?」

 

その言葉が理解出来なくて、思わずきょとんとする。だが、次の瞬間にはそれが告白だと気付いてしまい――凛花の顔が一気に紅潮する。そして、慌てて俯いてしまった。そんな凛花を見て、五条も自分の言った言葉の意味を、はたっと気付いたようで、そのまま固まると――顔を赤らめて思わず視線を逸らしてしまった。

 

し――――ん……と、室内が静まり返る。

 

どのくらい、そうしていただろうか。ほんの数秒だったかもしれない。でも、五条には、酷く長く感じた。

 

そして、その沈黙に耐えかねて、最初に口を開いたのは五条だった。

 

「あ、あ~えっと、今のは……その……」

 

そこまで言いかけて、ちらっと凛花の方を見る。すると、凛花が顔を赤くさせたまま、ゆっくりとこちらを見た。その深紅の瞳は微かに潤んでいて、思わず五条は息を吞んだ。

 

「……凛花……」

 

知らず、彼女の方に手が伸びる。そしてそのままそっと、彼女の髪に触れた。瞬間、ぴくっと凛花の肩が震える。だが、彼女は逃げなかった。そのまま、ゆっくりと五条の手が彼女の髪を優しく撫でると、そっと耳に掛けた。

 

その瞬間だった。凛花がぎゅっと目を瞑る。

 

それがまるで合図のように――五条の唇が、凛花の唇に重なった。

 

「――凛花」

 

甘く名を呼ばれ、凛花がぴくんっと反応する。でも彼女はやはり逃げなかった。そして、ゆっくりと唇が離れた。その瞬間、はっと我に返ったかのように、凛花の顔が真っ赤に染まる。それを見た五条の口元が、思わず緩んでしまう。

そして、ぎゅっと彼女を抱き締めると、凛花がおずおずと五条の背に手を回してくれたのだ。それが堪らなく嬉しくて、五条の胸が高鳴った。

 

そっと彼女の頬を撫でて、もう一度顔を近づける。と、凛花が少し恥ずかしそうに俯くのが見えた。そんな彼女に、愛しさが込み上げてくる。だから、もう一度キスをしてしまいたくて、五条は、そっと彼女に語り掛けた。

 

「なぁ、もう一回。してもいいか?」

 

「……っ」

 

それが何を意味するのか――分からない程凛花も子供ではなかった。顔を、ますます真っ赤にして、視線を泳がせた後、小さくこくりと頷いた。そして、そのままゆっくりと五条の唇が凛花の唇に触れる。

 

「……ん……」

 

先程よりも長く深い口付けに、凛花は頭がぼぅ……っとしてきた。そのままそっと五条の手が腰に回され、ぐっと抱き寄せられる。思わずぴくっと体が震えたが、それでも凛花は逃げなかった。それどころか――きゅっと五条の背に腕を回してきたのが分かった。

 

その仕草だけで嬉しくて堪らないのを何とか堪えつつ、何度も何度もキスを交わす。そのうちに段々と深いものに変わっていって……ようやく二人が離れた時には、お互い息が上がっていた。

 

そっと五条を見上げる凛花の目は、熱に浮かされたかのように潤んでいて――思わずまた口付けてしまいそうになって、ぐっと堪える。そしてそのまま彼女をぎゅっと抱き締めた。

 

「あ、の……五条さ、ん……」

 

「凛花」

 

不意に、名を呼ばれて凛花が顔を上げる。と、五条は ちゅっと軽くキスを落とした。そして、そっと耳元に唇を寄せると、甘い吐息交じりの声音で囁くように、

 

「俺は、オマエが欲しいよ……凛花」

 

「……っ」

 

五条のその言葉に、凛花が顔を真っ赤にさせた。

 

――そんな、の……ずるい。

 

そんな言葉を言われたら、嫌でも期待してしまう。もしかしたら、五条は自分を想ってくれているのではないか、と。けれども、その気持ちをどう言葉にしていいのか分からなくて、凛花が困惑したように視線を伏せてしまった時だった。

 

不意に五条の携帯が、ピリリリリと鳴った。その音にぴくっと反応し、五条と凛花は互いに顔を見合わせる。

五条が小さく溜息を付き、携帯の画面を見ると、「神妻昴」と名前が書かれていた。

 

「げ、昴かよ」

 

「……お兄様、ですか?」

 

狙ったようなタイミングに、またどこかで覗いてたんじゃないかと思ってしまう。五条は、「はぁ~~」と、溜息を付くと、ピッと携帯の電源を切った。

 

「……あ、あの?」

 

出なくてよかったのだろうか? と、凛花が不安に思っていると、五条はけろっとして、

 

「いいんだよ。ったく、邪魔すんなっての」

 

そう言って、ポケットに携帯を仕舞ってしまった。

 

「それより、もう出るか?」

 

「あ……はい。そう、ですね……」

 

時計を見ると、時刻は19時半を回っていた。あっという間に1時間半が過ぎてしまったことに驚きつつも、凛花は頷くと席から立ち上がる。五条も立ち上がると、レジに向かったのだった。

 

 

カフェを出ると、雪がちらちらと舞っていた。

冷たい風が吹き付ける中、五条と並んで歩きながら、凛花はちらりと隣を見上げた。すると、視線に気付いたのか、碧い瞳がこちらに向けられる。思わずどきっとして視線を逸らすと、くすっと五条の笑い声が聞こえてきて……そのままそっと手を握られたのだ。

 

驚いて見上げると、優しく微笑まれた。それだけで胸が高鳴り始めるのを止められない。

 

そして、そのまま暫く無言で歩いていると――不意に五条が少し照れ臭そうにしながら、

 

「あー、……あのさ、俺」

 

「……?」

 

首を傾げると、五条がはーっと大きく息を吐き出して。そして、意を決したように口を開くと、

 

「オマエの……凛花のこと、さ」

 

「……はい」

 

「その……だから……」

 

そんな五条の様子に凛花がきょとんとする。だが、彼は何か言いたげにしながらも、それ以上言葉を続けなかった。そんな様子に少し不安になった凛花は、そっと五条の手をぎゅっと握った。すると、彼が驚いたように目を見開いたのが分かった。

それから、五条は今一度、はーっと大きく息を吐くと、意を決したように凛花の方を見て、

 

「その……さ。俺、オマエの事、もっと知りたい」

 

「え……?」

 

そう言った瞬間だった。ぎゅっと手を握り締められたかと思うと、そのままぐいっと引き寄せられた。そして次の瞬間には抱き締められていたのだ。突然の事に凛花が動揺していると、五条に囁かれる。

 

「あのさ、さっき告白したろ? あれって本気だから――」

 

「……っ」

 

「頼むから無視しないでくれ」

 

切なげな声音で言われてしまう。それが酷く擽ったくて思わず肩を竦めた。

 

「わ、私……」

 

「うん」

 

緊張と不安で震える声で凛花が言うと、優しく促すように相槌を打たれる。それがまた恥ずかしくて堪らなかったが、それでも何とか言葉を紡ぎ出した。

 

「……私も、その……五条さんの事、もっと知りたいと思っています。でも、あの……」

 

そこまで言って口籠もってしまう。すると、ぎゅっと抱き締められた腕に力が篭ったのが分かった。そしてそのままゆっくりと体を離されると――こつんと額同士が合わさった。至近距離で碧い目が見つめてくる。その瞳に射抜かれたように動けなくなった凛花の唇を、五条の親指が優しくなぞった。

 

「凛花――好きなんだ」

 

そのままゆっくりと唇が重なる。最初は触れるだけの優しいキスだったが、次第に深いものへと変わっていった。

 

「……ん……っ、ご、じょ……さ……っ、ひと、が……」

 

見てる……のに……っ。

 

そう言いたいのに、言葉にならない。何度も角度を変えつつ繰り返されるそれに、息苦しくなって思わず口を開けると、ぬるりと生暖かいものが入り込んできたのが分かった。それが彼の舌だと分かった瞬間、ぞくりとした感覚が背筋を走る。

歯列をなぞられ上顎を舐められると、ぞくぞくとした甘い疼きが身体の奥から沸き起こる。飲み込みきれない唾液が唇の端からこぼれ落ちた頃、ようやく唇が離れた。

 

はぁ……っと熱い吐息と共に潤んだ瞳で五条を見上げると、五条の碧い瞳がすっと細められるのが見えた。それから、もう一度深く口付けられた。今度は先程よりも激しく貪るような口付けだった。頭がくらくらする。舌先を吸われ甘噛みされると、びくんと身体が震えたのが分かった。そのまま何度も繰り返されるうちに、段々と身体に力が入らなくなってくる。

立っているのがやっとの状態まで蕩けさせられた凛花が、とうとう五条に寄りかかると、彼はそのままぎゅっと抱き留めてくれた。

 

そうして暫くの間、口付けを交わしていたのだが、やがてゆっくりと離れていくのが分かった。ぼんやりとした頭で名残惜しげに見上げると、五条の碧い瞳とかち合う。途端恥ずかしくなって、凛花は俯いてしまった。

だが、不意にぐいっと引き寄せられたかと思うと、いきなり横抱きにされてしまったものだから、堪らない。

 

「――ご、五条さ……っ」

 

凛花が、慌てたように声を上げた。だが、五条は構わず歩き始める。そんな五条の首に落ちない様に腕を回しながら、凛花は戸惑いつつ、

 

「あ、あの……っ、ど、何処へ――」

 

「行くのですか」と言う前に、彼は少し困ったような顔をした後で、小さく苦笑を漏らすと、そっと耳元に唇を寄せてきた。そして、

 

「……オマエが可愛すぎて止まらなくなったって言わせんな……バカ」

 

「……っ」

 

その言葉に凛花がますます頬を染める。

と、その時だった。突然、ぐわしっ!と五条の肩を掴む謎の手があった。はっとして、五条がそちらを見ると――。

 

 

 

「さ~と~るうううううう!! 貴様アアアアア!!!」

 

 

 

背後から、おどろおどろしい声と共に、般若像を背後に据えた昴が笑みを捨てて怒りの形相で、こちらを見ていた。

 

「あ……、お兄さ……」

 

「げっ! 昴!!」

 

その後ろで「やれやれ」という風な夏油もいる。

 

「なんで、オマエらまたいるんだよ!!」

 

「なんで? 今、オマエ“なんで”言った? ふ、ふふふ……電話に出ないから、まさかとは思ったが、悟……凛花を“お持ち帰り”しようとしてたんじゃないだろうなぁ!!!」

 

「ち、ちげーよ! 変な勘違いすんじゃ――」

 

「噓を吐けえええ! オマエさっき凛花にキスしてただろうがあああ!!!」

 

びりびりと空気が震える。それだけで、昴が激怒状態なのかが、よく分かる。だがしかし、凛花を抱きしめたままの状態で、五条はむっとして、

 

「……んだよ、わりぃかよ。邪魔すんじゃねーよ、このシスコン!」

 

その一言は言ってはならない最強の一言であった。

そう――それは、まさに“火に油”である。五条の言葉に、昴がキレた。そして次の瞬間には、五条の体が宙を舞っていたのだった。

 

その後どうなったのかは、語るまでもないだろう。

 

 

 

余談。

夏油が一言。

 

「いいかい悟? 場所はもう少し考えような(流石に、道端は昴にバレる)」

 

と、言っていたとかなんとか……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2024.12.31