PLATINUM GARDEN

     -Guardian of the ‟蒼穹”-

 

◆ ピーピング・トリニティ

 

 

―――まこち町 東風商店街

 

 

「おーい、桜! これもよろしく頼むー」

 

梅宮一が倉庫から荷物を出してきて、通りかかった桜遥に声を掛ける。桜はというと……既に、両手で大きなダンボールを抱えていた。

 

今日は、東風商店街の一角にある雑貨屋の倉庫整理の手伝いに、防風鈴の多聞衆の面々は駆り出されていた。雑貨と言っても、大きな看板から、小さな花瓶まで多種多様だ。だが、どれも丁寧に保管されていて、大切にされていたのが分かる。

梅宮は、柊登馬と一緒に、倉庫の中身を出していた。その荷物を桜や蘇枋隼飛、楡井秋彦達が虫干しの為に、運んでいる――という訳だ。

 

楡井がせっせと、虫干しの為シートに雑貨を並べていると、ふと影が落ちた。楡井が不思議に思い、顔を上げると――。

 

「あ……」

 

「こんにちは」

 

さらりと流れるような長い漆黒の髪。印象的な深緋色の瞳。そして、鈴のような声――。

楡井が慌てて立ち上がると、ばっと頭を下げた。

 

「こ、ここんにちは! 飛鳥さん!!」

 

そこには、防風鈴の“華姫”を務める蘭飛鳥が立っていた。飛鳥は、カチコチになっている楡井を見て、くすくすと笑いながら、

 

「楡井君、そんなに畏まらないで? 今日は一さん達がここで手伝ってるって聞いたから、差し入れを持ってきただけなの」

 

そう言って、持っていたビニール袋からペットボトルを取り出すと、楡井に1本差し出した。

 

「はい、どうぞ」

 

それを見た楡井は感動した様に、じーんと涙ぐみながら、

 

「あ、ありがとうございますー!」

 

そう言いながら、何度も頭を下げた。すると、飛鳥はやはり笑って、

 

「いいのよ、私はこれぐらいしか出来ないから。少しでも、役に立てて嬉しいわ。他の皆は奥かしら? 私は、これを持って行って――」

 

飛鳥がそう言い掛けた時だった。楡井は慌てて立ち上がると、

 

「あ! す、すみません、気付かなくて!! 重いですよね!? オレ、持ちま―――」

 

 

 

「――おい!」

 

 

 

楡井が「持つ」と言いかけた時だった。突然、その言葉を遮るように声が響いた。はっとして、楡井が声のした方を見ると――。

 

「か、梶さん!」

 

そこには、2年の級長の梶連が立ってた。相変わらず、ヘッドフォンから何かに音楽が流れているが、梶は気にした様子はなく、持っていた箱を楡井の傍に置くと、

 

「お前は、ここでこいつらを並べる役目あんだろうが」

 

「それは……そうですけど……」

 

こいつらとは雑貨の事で、楡井には日干しを並べる役目があるだろうという事だった。だが、楡井としては、差し入れのペットボトルの入った袋を、飛鳥に持たせっぱなしというのも気が引けた。それを察したのか、梶は一度だけ飛鳥の方を見ると、そのまま彼女の持っていた袋に手を伸ばし、奪った。

 

「梶君?」

 

飛鳥が首を傾げるが、梶は気にした様子もなく、

 

「お前はそこで作業続けろ。……これはオレが持つ。行くぞ」

 

それだけ言うと、梶は飛鳥を連れたって皆のいる奥の方へと戻っていった。去り際に飛鳥が一度振り返り、楡井に向かって手を振っていく。そんな飛鳥の心遣いに、楡井がじーんと感動していたのは、言うまでもない。

 

 

 

 

*** ***

 

 

 

 

奥へ向かいながら、通りすがりにすれ違う多聞衆の面々1人1人に、差し入れを渡していく。皆、「ありがとうございます!!」と元気よくお礼を言ってきた。飛鳥はそんな彼らに、声を掛けては、手を振った。

そして、そのまま奥の倉庫へ近づいた頃だった。

 

 

 

「そんなに、一気に持てるか――――!!!」

 

 

 

キーンと耳に響く程の甲高い声が、辺り一帯に響いていた。桜だ。流石に、ヘッドフォンを付けていた梶にも微かに聞こえたらしく、訝し気に眉を寄せ、軽くヘッドフォンを外した。

 

「なんだ?」

 

「さぁ? 桜君みたいだけれど……」

 

2人で顔を見合わせると、声のした方へと向かう。すると、そこは雑貨を運び出している倉庫の前だった。見ると、入口の所で梅宮と桜が話していた。否、正確には、桜の持っているダンボールの上に、梅宮が更にダンボールを置いていた。

どうやら、それに対して桜が抗議している様である。だが、梅宮は相変わらず笑顔で「大丈夫だって」と言っていた。

 

「これは片手で持てるぐらい軽い物だぞ? それに桜なら楽勝だって」

 

そう名指しされた事で、桜が「頼られている」という事実に、ぶわっと照れた様に顔を赤らめた。

 

「こ、これぐらい、大したことねーよ!」

 

そう言いながら、ドスドスと大股で飛鳥達の横を通り過ぎようとする。飛鳥はそれを横目で見ながら、くすっと笑って、

 

「桜君」

 

そう声を掛けたかと思うと、ペットボトルを持って――。

 

「―――ぎゃあ!」

 

そのまま、桜の頬にぴたっと後ろからくっ付けた。いきなり、冷たいペットボトルを頬に当てられて、桜が悲鳴を上げる。瞬間――持っていたダンボールを落としそうになるが、横にいた、蘇枋が素早くキャッチした。

 

「おっと、桜君。落としたら駄目だよ」

 

そう言って、蘇枋が飛鳥の方を見て、にっこり笑う。だが、桜はそれ所では無かった。口をぱくぱくさせながら、

 

「い、い、今! なんか、つめてえものが―――!!」

 

「あーそれ? それは、飛鳥さんからの差し入れだよ?」

 

「へ?」

 

蘇枋にそう言われて、桜が慌てて振り返る。すると、それに気付いた飛鳥が手を振った。よく見ると、横に梶もいる。

飛鳥は、にっこり微笑むと、

 

「驚かせてごめんなさい、桜君。作業続きで喉が渇いたでしょう? だから、差し入れ」

 

そう言って、先程 桜の頬に当てたペットボトルを見せる。それを見た桜が、自分が驚いたものがペットボトルだと知り、恥かしそうに顔を赤らめた。

 

「お、お、お前な―――!!! 普通に渡せよ!!」

 

そう叫ぶが、飛鳥には通用しないのか、くすくすと笑っていた。そのまま飛鳥は、桜の隣にいた蘇枋に2本のペットボトルを預ける。

 

「これ、桜君と、蘇枋君の分ね」

 

「ありがとうございます」

 

そう言って、蘇枋が笑う。すると、それに気付いた梅宮が、ぱぁっと嬉しそうに顔を綻ばせながら、

 

「飛鳥! わざわざ、ありがとなー! 皆の分まで!! 重かっただろ?」

 

「一さん。平気よ、梶君が手伝ってくれたから」

 

「そうか! 梶も、ありがとな!!」

 

梅宮が、にかっと笑ってそう梶に言うと、梶が「いえ……」とだけ答え、ヘッドフォンを付け直した。そして、自分の分のペットボトルを取ると、残りを梅宮に渡し、

 

「なら、オレは戻る」

 

それだけ言うと、そのまま梶は傍にあったダンボールを抱えて去っていった。蘇枋も、飛鳥に一度だけ頭を下げると、未だうだうだ言っている桜を連れて行ってしまった。

残された飛鳥は、梶から渡された袋から、最後のペットボトルを2本取り出して、柊に渡している梅宮を見た。柊が、汗を拭いながら、ペットボトルの蓋を開けて、余程喉が渇いていたのか、一気に飲み干していた。

 

「1本じゃ、足りなかったかしら?」

 

それを見て思わずそう口にしてしまう。すると柊が「ああ、いや、問題ない」とだけ答えて、空になったペットボトルをビニール袋に戻すと、片手でダンボールを抱えた。

 

「とりあえず、オレはこれ運んでくるから、梅宮は少し休憩して――」

 

「ああ、悪いな、柊」

 

それだけ言うと、柊が気を遣ったのか、飛鳥に軽く頭を下げて行ってしまう。結局残ったのは、梅宮と飛鳥だけだった。ペットボトルから水分補給していた梅宮と目が合う。それが何だか、恥かしくなって、飛鳥はぱっと、視線を逸らした。すると、梅宮の翠色の瞳が細められる。

 

「飛鳥」

 

そう名を呼ばれ、飛鳥が顔を上げると、梅宮は優し気に微笑みながら飛鳥の頭を撫でた。

 

「色々、ありがとな」

 

何だかそれがくすぐったくて、飛鳥は頬が熱くなるのを誤魔化すかのように、

 

「も、もう……髪が乱れるわ」

 

「はは! 悪い、悪い」

 

そう謝りながらも、わしわしと頭を撫でてくる梅宮に、飛鳥がむぅっと頬を膨らませる。すると、梅宮がくすっと笑って、

 

「飛鳥のそんな顔も可愛いけどな、まあ、これで機嫌直してくれ」

 

そう言ったかと思うと、突然飛鳥を抱き寄せると、そのままその柔らかな唇に口付けを落としてきた。まさかの口付けに、飛鳥がぴくっと思わず肩を震わす。

 

「は、はじめ、さ……っ」

 

「飛鳥――」

 

甘く名を呼ばれ、二度三度と交わす度に、どんどん口付けが深くなっていく。堪らず、きゅっと梅宮の服を掴むと、それを合図かの様に、梅宮が飛鳥の唇を割って舌を侵入させてきた。そのまま、舌を絡めとられて、思わず甘い声が零れてしまう。その声すら飲み込む様に、更に深く口付けをされた。

 

「はじ、め、さ……っ、ぁ……んん……ふ、ぁ……っ」

 

徐々に零れる飛鳥の甘い声が、梅宮のそれを更に加速させていく。それは、いつもと同じく長く、濃厚で……。漸く解放された時には、飛鳥の頬は羞恥と快楽からか真っ赤に紅潮し、肩が上下するほど呼吸も乱れていた。その様子を見ながら、梅宮が満足気に笑う。そしてそのまま、額に口付けを落とした。

 

その後、何とか呼吸を整えると、飛鳥はキッと梅宮を睨んできた。だがその顔はまだ赤く、潤んだ瞳では迫力など無いに等しい。梅宮がそんな飛鳥を見て、またくすっと笑うと、

 

「悪かったって。けど、飛鳥が可愛いから仕方がないかな」

 

「だ、だから……っ! そんな笑顔で言われても……」

 

まだ頬を膨らませている飛鳥の頬を両手で包むと、梅宮はそのまま飛鳥を正面から見つめた。そして、

 

「オレはさ、本当にお前が傍にいてくれて良かったと思ってるんだ」

 

「一さん……?」

 

突然の言葉に驚いたのか、きょとんとした表情で見返してくる飛鳥に、梅宮は優しく微笑んだまま続ける。

 

「飛鳥はさ、俺の大事な家族だ。だから、お前が傍にいてくれるだけでオレは幸せだし、生きてて良かったって思うんだ」

 

梅宮の言葉に、飛鳥がきゅっと唇を噛む。すると、そのままぽすっと梅宮に寄り掛かった。

 

「飛鳥?」

 

まるで、甘える様に抱き付いてきた飛鳥を見て、一瞬驚いたような顔を梅宮がするが、直ぐに、ふっと優し気な顔になる。そして、飛鳥を優しく抱きしめながら、梅宮は愛おしげに微笑んだのだった。

 

 

 

 

余談。

そんな梅宮と飛鳥の様子を、見守る様に見ていた(出歯亀ともいう)影が3つ……。

 

「あいつら、時と場所を考えろといつもいつも……うっ、胃が……」

 

そう言いながら、柊が懐から常備している胃薬「ガスクン10」の箱を取り出すと、1プレート分ぷちぷちっと開けて、一気飲みした。

 

「まあ、いつもの事なんで。あ、柊さん。胃薬は容量守った方がいいですよ?」

 

と、隣で見ていた蘇枋だが、そう言いつつも、止めはしなかった。すると、蘇枋の後ろで何も見えない位置にいた桜が、イライラしながら、

 

「おい、いつまでサボって――何見てるんだよ? オレには何も見えねぇんだけど――」

 

と言って、身を乗り出そうとした時だった。ささっと、蘇枋と柊が、桜の視界を遮るかのように動く。その2人の動きに、桜が訝し気に眉を寄せた。

 

「おい、なんだよ。邪魔すんじゃ――」

 

「桜! お前には、まだ早い!!」

 

「桜君には、ちょっと刺激が強すぎると思うよ?」

 

「はぁ?」

 

意味の分からない桜は、ますます眉を寄せた。すると、柊が がしっと桜の両肩を掴み、

 

「頼む! オレの胃の為にも、今回は諦めてくれ!!」

 

柊が、必死にそう訴えていたのは、言うまでもない。

その後、桜は柊の涙ながらの訴えに渋々納得して、その場を去って行った。そして、飛鳥と梅宮が戻ってきた時には、何故か柊も蘇枋もいなくなっていたのだった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2024.11.26