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◆ Sweet & Bitter
その日、五条悟は上機嫌だった。五条の受け持つ1年の3人が、不審そうに見ているのにも関わらず、本人はにやにやしながら、笑っているのだ。
「なにあれ……」
堪らず、釘崎野薔薇がそうぼやく。すると、虎杖悠仁も少し考えた後、
「さぁ……なんか、すっげえ機嫌いいよな? 五条先生」
「気持ち悪い位にね。伏黒、アンタ何か知らないの?」
急に話を振られた伏黒恵が、訝し気に眉を寄せる。
「しらねーよ。どうで、凛花さん絡みだろ」
と言ってはいるが、その顔は不機嫌そうだった。五条の機嫌がいい事なんて、十中八九 凛花が関わっているのは間違いなかった。だが、伏黒には余計にそれが腹ただしくて仕方ななかったのだ。
1年の3人があれこれ言っていると、突然後ろから五条がにゅっと現れた。そして、何故か3人の肩をがしいっと掴むと……。
「何? 僕の話聞きたいの? ふふふ、教えてあげようか?」
と、得意気に言ってきたものだから、虎杖以外の2人は余計にイラっとして、
「はあ? 別に、どうでもいいんだけど」
「聞きたくありません」
と、釘崎と伏黒がばっさり切るのだが、空気読めない虎杖は五条の言葉に嬉しそうに、
「えー教えてくれるの? 先生! なになに~~?!」
と、興味津々で、五条の話に食いついた。虎杖の言葉に、釘崎と伏黒が呆れたのは言うまでもなく……。
「アンタね……」
「ばか、余計な事を――」
そう言いながら、慌てて伏黒が虎杖の口を手で塞ぐ。だが、時すでに遅し……。五条が、超得意気に笑って、わざとらしく懐に手を添えた。
「知りたい? 知りたいよねえ? 正直な、悠仁君の為に、このグレートティーチャー五条が教えてしんぜよう!!!」
「え? いや別に……」
「これを見よ!!!!」
釘崎の言葉を否定する様に、五条が懐から出したのは、2枚のブラックチケットだった。虎杖はそのチケットは何か解らなかったらしく「なんっすか? それ」などと返していたが、それを見た瞬間、釘崎の目の色が変わった。
「そ、それはまさか……! 新宿にあるあの某世界的有名ホテルの、1日100名様限定で、招待でしか手に入らないスウィーツビュフェの招待チケット!!? しかも、エグゼクティブ ペストリーシェフによる華やかなスイーツをラグジュアリーな空間で楽しめるという……っ!」
「ふふふふ」
釘崎がショックを受けた様に固まる。そんな釘崎を他所に、良く分かってない虎杖は、
「なあなあ、伏黒。釘崎が言ってるの日本語?」
「……日本語だよ。あれは、世界各地に展開してるホテルの限定チケット」
「エグゼなんとかってのは?」
「エグゼクティブ ペストリーシェフ。製菓部門の責任者で、デザートやフードプロモーションの企画とか、ペストリーキッチンやベーカリーの改善計画の立案などを行う人の事だよ」
「へぇ……? よくわかんねえけど、つまり偉い人ってっ事?」
「そうだよ。ちなみに、あのチケット――価値として1枚10万は下らないぞ」
「ええええええ!!? 高くね!? デザートだろ!!?」
「知るか」
そんな会話をする2人をよそ目に、釘崎は目をきらきらさせると、
「先生。私行きたい!!!」
「だ~め、これは凛花ちゃんを誘う事にしてるの」
「え~可愛い生徒がこんなにお願いしてるのに!」
「可愛い生徒の頼みでも、駄目でーす」
と、果てしない攻防が繰り広げられていた。伏黒は半分呆れた様な目で見ていたが、虎杖は何を思ったのか、突然とんでもない事を言い出した。
「せんせー質問でーす」
「何かな?」
「先生はどうやってそのチケット手に入れたんですか?」
言われてみればその通りだった。招待でしか手に入らない超プレミアムチケット。いくら五条家の権力を使ったとしても、コネがないと難しいだろう。そう思っていると、五条はけろっとして、
「ん? ああ、この間片付けた仕事先がこのホテルだったんだよね。で、お礼にそこのオーナーがくれたって訳」
さらっと言うが3人は思った。絶対、スウィーツビュッフェのチケット強請ったんだ……! と。だが、それなら話は別だ。五条が個人的に家の力で手に入れたならまだしも、恩がある相手から貰ったのだとしたら……。
「ならさ! 五条先生が頼めば後3枚ぐらい何とかしてくれんじゃね?」
「3枚?」
虎杖の言葉に、五条、伏黒、釘崎の声が重なる。しかし、虎杖はけろっとしたまま、指を折りながら、
「俺と、伏黒と、釘崎の分で3枚!! 俺もその高級スウィーツビュッフェ? 気になるし!ね! 先生!!」
と、有無を言わさない純粋無垢な笑顔で言った。瞬間、釘崎が「アンタ、たまには良い事言うわね!!」とばしっと虎杖の背を叩く。が、伏黒は、しかめ面で、頭を抱えていた。
「俺は別に行きたくは……」
何が悲しくて、五条と凛花がいちゃついている所を見なくてはいけないのか。考えただけで、不快だった。だが、そんな伏黒の意思は、虎杖には通じていないらしく……、虎杖は満面の笑みで、
「いいじゃん! 伏黒も行こうぜ!!」
そう言いながら、がしっと伏黒の肩に手を掛ける。すると、釘崎もにやにやしながら、伏黒の肩に肘を乗せ、耳打ちする様に
「何、遠慮してんのよ。この機に、凛花さんにアピールすればいいじゃない」
と、謎の誘惑を言ってくる。虎杖も、話に乗ってくるように、
「いいじゃん! 伏黒のカッコいいとこ見せてやれば」
「お、俺は……」
伏黒が抗議しようとした時だった。
「待った! なんで、もう3人とも付いてくる気満々なの!? このビュッフェは凛花ちゃんと僕のデートなんだよ!?」
そう言ったのは言うまでもない。
そして―――。
―――スウィーツビュフェ当日
「すごーい! 素敵!!」
「うわ~うまそー」
釘崎は、目をきらきらさせて、並べられている目の前のスウィーツを見て歓喜の声を洩らした。虎杖は、ごくりと唾を飲むと、早く取りに行きたいとばかりにそわそわしている。そして、伏黒はというと……半分呆れた目で2人を見ながら「静かにしろよ」とぼやいていた。
すると、騒がしい3人の後ろから、くすくすと笑う声が聞こえてくる。振り返ると、蒼いドレスに身を包んだ凛花が、五条にエスコートされて出てきた。五条も、いつもとは違う黒いスーツに白いネクタイをしている。所謂、ドレスコードというやつであった。
「あー君達? 一つ言っておくけど、一応可愛い生徒の頼みだから連れて来たけど、僕と凛花ちゃんの“デート”は、邪魔しないように!! あ、凛花ちゃん見て見て、あのモンブランケーキ美味しそうじゃない?! あそこの、タルトフリュイも美味しそうだねえ~。どれから食べるか悩んじゃうなー」
と、極上スウィーツを前に、うきうきしている五条を見て「一番はしゃいでいるのは先生では……」と、生徒たちが思ったのは言うまでもない。
だが、凛花は気にした様子もなく、今にもスウィーツに突撃そうな五条の腕を手で引っ張ると、
「悟さんも落ち着いて。スウィーツは逃げませんよ。とりあえず、座りませんか? ほら、恵君達も」
そう促して、近くにいたウエイターに話しかける。そうして、案内された席は6人掛けの大きなテーブルだった。ウエイターではなく五条が、凛花の椅子を引いてくれる。
「ありがとうございます」
凛花がお礼を言って座ると、それを見ていた釘崎がちらりと、横にいる虎杖と伏黒を見た。だが、虎杖と伏黒はさっさと席に座っており、釘崎の椅子を引く仕草など、微塵もなかった。
「うちの男どもは、マナーがなってないわね」
ぼそっと、思わず本音が出る。すると、五条の椅子を引いていたウエイターが、釘崎の所にもやって来て椅子を引いてくれた。それで少し機嫌がよくなったのか、釘崎が笑うと、それを見た、伏黒が「現金なヤツ」とぼやいた。
「あ‟あ!? なんか言った!?」
「なんでもねーよ」
そんなやり取りを見ていて、凛花がくすくすと笑った。
「仲が良いのね」
凛花の言葉に、釘崎と伏黒が口をそろえて「よくありません!」と答えるが、息がぴったり過ぎて、凛花はまた笑ってしまった。すると、虎杖がすくっと立ち上がって、
「よっしゃ! 俺はさっそく取りに行ってくる!!」
と、皿を持って颯爽とスウィーツや軽食の並ぶエリアと行ってしまった。それを見た釘崎がぽかーんとして、
「アイツ、バイキングと間違えてんじゃないの?」
「そもそも、虎杖がビュッフェとバイキングの違い知ってるとは思えないけどな」
などと、釘崎と伏黒がぼやいていたが、凛花は笑いながら、
「ここは、オーダーとセルフ両方兼ね備えているみたいだから、好みでどちら選んでも良いと思うわ」
そう言いながら、ウエイターの持ってきたメニューを受け取ると、紅茶と一緒に軽食などを頼む。どうやら、オーダーの方にする様だ。五条は、軽食無しの最初からドリンクと甘いスウィーツを頼んでいる。
釘崎が悩んでいると、伏黒が「俺は自分で選んでくる」と言って席を立ったものだから、釘崎が慌てて「ちょっと、置いて行くんじゃないわよ!!」と、伏黒を追いかけて行った。
すると、五条が突然 がしっと凛花の手を握り、
「凛花ちゃん、やっと2人きりに――「お待たせ致しました」
と、五条が言い終わる前に、ウエイターがオーダーしていた料理を運んできた。凛花がさっと、五条の手から逃れると、「ありがとうございます」と言って、ウエイターに微笑みかける。五条はというと、何か言いたそうな顔をしていたが、目の前に置かれた色とりどりのスウィーツに目を輝かせていた。
凛花の前には、簡単なケーキスタンドが立てられ、そこにスコーンや一口サイズのサンドウィッチ、そして、ケーキも置かれている。
凛花は紅茶を一口飲むと、思わず顔を綻ばせた。ダージリンの春摘みと言われるファーストフラッシュ。その中でも最高峰のシルバーティップスは、とても繊細で柔らかい味わいがした。フローラルな香りが、余計に気持ちを落ち着かせてくれる。
「美味しい……」
思わず出た言葉に、五条が嬉しそうに微笑む。それに気付いた凛花が少し頬を赤らめて、
「な、なんですか?」
と、誤魔化す様に言うと、五条がまた嬉しそうに笑って、
「ん? いや。凛花ちゃんが可愛いなって思って」
そう言って、凛花の髪に触れると、そのまま引き寄せそっと凛花の唇に口付けた。ぎょっとしたのは凛花で、慌てて五条から離れようとすると――。
「あ、あの悟さ……、ひ、人が見てます……っ」
顔を真っ赤にさせて、視線を逸らす。だが、五条がそれで諦める訳もなく……、そのまま凛花の髪や瞼にも口付けを落としていった。流石の凛花も、それには慌てて、
「さ、悟さん……っ!」
「ん? 嫌?」
「あ、の……その、嫌とかではなく、その……は、恥かしいです」
そう言って、なんとか五条から離れようとするが、肝心の五条が離してくれない。一応、パーテーションが立っているとはいえ、ここは店の中。人目が気になり過ぎた。
すると、五条が自分の前にあるタルトタタンを、一口フォークで自分の口に運ぶと、
「この美味しさを、凛花ちゃんにも分けてあげよう」
と言って、凛花の唇に再び口付けた。驚く凛花に構わず、口移しでタルトタタンを食べさせる。
「さと――んっ……」
恥ずかしさのあまり、ギュッと目を瞑る凛花だったが……。五条から口移しされたタルトタタンは、とても美味しかった。パイ生地がサクッとしてて香ばしく、キャラメリゼしたリンゴのサクサク感が絶妙なバランスだった。
思わず夢中になってしまいそうな美味しさに酔いしれていると、五条が唇についたパイのカケラを舌でペロリと舐めた。
それで凛花がはっと我に返ると……目の前には不敵に笑う五条の姿があったのだ。そこでようやく凛花は、自分が今とんでもない事をされてしまっていると気付き、顔を真っ赤にさせた。
「悟さん……っ」
堪らず、凛花が真っ赤な顔で抗議する。だが、五条は嬉しそうに笑うだけで、全く悪びれた様子はなかった。それどころか、更に凛花に顔を寄せると、そっと耳打ちする様に、
「後で、楽しみにしてて」
「え?」
何を? と凛花が聞き返す前に、五条はちゅっと凛花の頬に口付けを落とすと、
「生徒達が帰ったら、部屋、取ってあるから、上に行こう」
それが何を意味するのか――流石の凛花にも解ったらしく、顔を一気に紅潮させて、口をぱくぱくさせた。そんな凛花の様子に、五条がまた嬉しそうに笑うのだった。
そして―――。
その頃、パーテーションの裏では、スウィーツを取って戻って来ていた、釘崎、虎杖、伏黒の3人が、微妙な顔持ちで立っていた。
「なんか、入りずれえな」
そうぼやく虎杖に、釘崎がはぁ……と盛大な溜息を付き、
「絶対、わざとよ! もー早く食べたいのにぃ!!」
と、お皿に取って来たミルフィーユやクレームダンジュなどを、恨めしそうに見ていた。そして、伏黒はというと――とても、不機嫌そうな顔で、ばきっと今にも持っていたグラスを割りそうな勢いだったという。
2024.11.26

