深紅の冠 ~無幻碧環~ 幕間

 

◆ 嫉悋の行方

 

 

どうしてこんな事になっているのか……。凛花は気が付けば、五条に何故か壁際に追いやられていた。がっちりと腕と腰を掴まれていて、動く事すら叶わない。身体を捩って逃れようと試みるが、凛花の力で五条に敵う筈もなく――結局、成す術がなかった。

 

「あ、あの……悟さん……? 離していただけると――」

 

駄目元でそう言ってみるが、五条は聞く耳を持たないといった感じで、じっとそのアイマスクの下から覗く碧色の瞳で凛花を見つめて来ていた。

 

「じゃあ、もう一度聞くよ? 凛花ちゃん、恵にバレンタインのチョコ渡したりしてないよね?」

 

笑顔で言っているが、声が笑ってない。凛花は、ごくりと息を吞みながら、

 

「わ、渡しましたよ? いつもの事じゃないですか……」

 

そう――いつもの事。毎年、五条から伏黒を紹介された時から渡している。それは、五条も知っている事なのに……。どうして今更そんなに追及してくるのか。

正直、五条が何を考えているのか、理解出来なかった。だが、五条はというと、それが不満なのか、更に凛花に迫ってくると、

 

「何で!?」

 

「いや、何がですか……?」

 

何が「何で」なのか。意味が分からない。すると、五条はぐいっと凛花の顎を持ち上げると、そのまま顔を近付けてきたかと思うと、無理矢理口付けてきた。

 

「ん……っ!」

 

突然の口付けに、凛花がぴくんっと肩を震わす。しかも、何故かそのまま腰を更に掻き抱かれて、何度も角度を変えて深く口付けられる。

 

「さと……っ、ぁ……」

 

息苦しくて、凛花が堪らず口を開けると、その隙間をぬって五条の舌が入り込んできた。そして、凛花の口内を蹂躙するかのように、動き始める。歯列を撫でられ、上顎を舌先で愛撫されると、ぞくっとしたものが凛花の背中を這い上がり、身体に熱が籠る。

 

「ンン……っ、ふ、ぁ……っ、待っ……」

 

「待って」と言おうとするが、それすらも許されない。

そうして気が付けば、腰に回っていた筈の五条の手が凛花の後頭部に回り、逃げられなくなっていた。そのまま更に口付けは深くなり、舌を絡め取られると、強く吸われれば、もう凛花には、抵抗する気力すら失われていた。

 

そして――ようやく唇が離された時には、凛花は息も絶え絶えになっていた。そんな凛花を見下ろしながら、五条はどこか怒りを孕んだ口調で、

 

「何で、いつもいつもいつも、僕より先に恵に渡すの!? てか、僕まだ貰ってないんだけど!?」

 

 

「………………え?」

 

 

一瞬、何を言われたのか、凛花は理解出来なかった。今、彼は何と言っただろうか? 自分より先に伏黒にチョコレートをなんで渡したのか。と問うてきたのだろうか。

 

「あ、あの……」

 

順番がそんなに大事なのか……。今までだって、一度もそんな事言ってこなかったのに……? 確かに、伏黒どころか、虎杖や七海、伊地知や夜蛾にももう渡したが――五条にはまだ渡していない。

それは五条が凛花にとって、特別で大事だから、どうしてもチョコレートひとつ渡すのにも、勇気がいるからで――。などと、口が裂けても言えず、凛花は誤魔化す様に、

 

「えっと……、その、お会いした順番にその場で渡している様なもので……」

 

「凛花ちゃん……、僕達、朝一で逢ってるよね?」

 

「そ、それは……っ」

 

そこを突っ込まれると、言い訳が立たない。確かに、朝一で逢った。というか、昨夜から一緒にいるのだから、朝一で逢って当然だ。でも……。

 

「あ、その……あ、朝は……」

 

「朝は?」

 

「その……は、恥かしくて……」

 

そう言った凛花の顔は、今までにない位真っ赤に染まっていた。そんな凛花を見て何かに気付いたのか、五条が一度だけその瞳を瞬かせる。そして、その口元に微かに笑みを浮かべると、

 

「それってさ――僕が本命だから恥ずかしいって事?」

 

「……っ」

 

五条のその言葉に、凛花がますます顔を赤くする。

恥ずかし過ぎる……っ。穴があったら入りたい気分だ。そんな凛花の気持ちなど露とも知らない五条は、先程とは打って変わった様に嬉しそうに顔を綻ばせると、

 

「そっかそっかー。凛花ちゃんの“本命”はやっぱり僕なんだね!」

 

「く、口にしないで下さい……っ」

 

声に出されると、余計に恥ずかし過ぎる。すると五条は、突然また ちゅっ……とキスをしてきた。

 

「悟さ……」

 

「凛花の“本命”が僕で安心した。ね、今頂戴」

 

「え……。で、でも……」

 

「勿論、凛花の事も一緒にね!」

 

 

「………………え……?!」

 

 

 そう言って、五条が凛花の手を取ったかと思うと、そのままベッドへと連れて行かれて、押し倒されたのは言うまでもなく。そのまま、凛花の持ってきた“本命チョコレート”と一緒に、凛花自身も食べられてしまったのは、当然の結果であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2025.02.18