PLATINUM GARDEN

    -Guardian of the Wind-

 

  第1話 風の守護者3

 

 

―――喫茶・ポトス

 

 

突然、ポトスの扉がカランカランと、音を立てながら激しく開いたかと思うと――。

 

 

 

「ことはさん、襲われたって聞いたけれど大丈夫?!」

 

 

 

腰まである漆黒の髪を、長めの蒼いリボンで高く結い上げた、ことはとは違う雰囲気を纏った深緋色の瞳の少女が入って来たのだ。それを見たことはが驚いたかのように、その目を瞬かせる。

 

「え……飛鳥?」

 

飛鳥と呼ばれた少女は、桜の事など目に入っていないのか、そのまま一直線にことはの方にやって来た。そして、カウンターに手を置いて身を乗り出すと、

 

「襲ってきたのは、“spaltipsスポイルティップ”でしょう? 怪我とかしなかった? やっぱり、1人で買い出しに行かせるべきじゃなかっ――」

 

「ちょ、ちょっとちょっと、落ち着いて!!」

 

捲し立てる様に、言葉を連ねてくる飛鳥を落ち着かせるように、ことはが慌てて手で止める。そして、ちらっと飛鳥の隣でオムライスの乗ったスプーンを持って、唖然としている桜を見て、

 

「ほ、ほら、飛鳥! お客さん! お客さん、いるから――」

 

ことはのその言葉に、飛鳥がはたっと我に返ると、自身の隣を見た。そこには見慣れた風鈴高校の制服を着た、見覚えのない不思議な髪と目をした少年・桜遥がぽかーんとしていた。

 

「……」

 

飛鳥が一瞬無言になる。が、次の瞬間、にっこりと微笑んで、

 

「初めて見る顔だけれど……この街・・・の人じゃないわ、よね? ――ああ、もしかして、外から来るっていう今年の1年生かしら」

 

飛鳥のその言葉に、桜がぴくっと眉間に眉を寄せた。それから、飛鳥の方を睨み付けると、

 

「……あ? 外から来ちゃ悪いってのか?」

 

脳裏に浮かぶ。何度も言われてきた、周りからの心無い言葉。偏見。態度。そして――。

と、そこまで考えた時だった、一瞬飛鳥がその深緋色の瞳を瞬かせたかと思うと、くすっと笑った。そして、桜の横のカウンターに座ると、

 

「別に、悪くなんて無いわよ。ようこそ――歓迎するわ。えっと……」

 

そこまで言いかけて、飛鳥が言葉を詰まらせた。それで、ことはが何かに気付いたのか、飛鳥の前にコーヒーを置きながら、

 

「桜よ。桜遥」

 

「――桜君ね。改めて宜しく。私は、羽風学院高等部3年の蘭飛鳥というの。一応、今は風鈴高校の“華姫ひめ”をさせていただいてるわ」

 

「は? ひ、ひめ……??」

 

初めて聞く単語の羅列に、桜が首を傾げる。すると見かねたことはが、お皿を拭きながら、

 

「“華姫”よ。この界隈で1人だけ存在する――まあ、そのチームの顔みたいなもんよ。“華姫”がいるチームはね、それだけで、この界隈の“最強”と認識されんの」

 

「……どういうことだ?」

 

「簡単よ。“華姫”がいる所には、迂闊に手が出せないって事。つまり、それだけ周りでの争いごとが最小限・・・に抑えられんのよ。――飛鳥と、後、アイツがいるだけで、ここの街はかなり、静かになった方なの。まぁ、少し前に比べたらだけどね」

 

「へ、へえ……?」

 

いまいち、ピンとこないのか……桜が首を傾げた。この女が、そんなに強いヤツなのだろうか? 「チームの顔」というぐらいだから、中心にいるのだろうという事は、容易に想像付いた。

ちらりと、隣に座ってコーヒーを飲んでいる飛鳥を見る。すると、飛鳥がそれに気付いたのか、桜の方を見てにっこりと微笑んだ。

 

「……っ」

 

飛鳥の綺麗な顔に微笑まれた瞬間、桜がばっと顔を真っ赤にして視線を思いっきり逸らした。そして、それを誤魔化すかのように、何故かオムライスを口にかき込みだしたのだ。

 

「ちょ、ちょっと桜。そんなに慌てて食べたら喉に――」

 

「うぐっ……!」

 

ことはの言葉が言い終わる前に、桜がオムライスを喉に詰まらせた。それを見たことはが、言わんこっちゃないという風に「はぁ~」と溜息を洩らしながら、

 

「ほら、水飲んで、水」

 

と、追加の水をグラスに注いで桜に差し出す。桜はそのグラスを受け取ると、一気に飲み干した。そして、だんっ! と、思いっきりカウンターに置くと、

 

「お、おお、オレは別に……っ。て、てて、照れてねぇ――――!!!」

 

「……何、自己申告してんの? 飛鳥は何も言ってねーだろうが」

 

と、ことはの突っ込みが素早く入る。すると、そんな2人のやり取りを見ていた飛鳥が、その深緋色の瞳を瞬かせた後、くすくすと笑い出したのだ。そして、カウンターに肘を立てると、その手に少しだけ顔を乗せる。さらりと、飛鳥の長くて艶やかな漆黒の髪と、その髪を結んでいる長めの蒼いリボンが揺れた。

 

「ふふ……桜君って、面白い人なのね」

 

そう言って、真横で桜を見つめるとにっこりと微笑んだ。瞬間――。

 

 

しゅぱっ!!

 

 

何故か顔を真っ赤にした桜が、後方に忍者の如く下がる。そして、照れ隠しの様に腕を構えると、慌てた様に、

 

「……っ、あ‟!! や、やんのか!?」

 

「誰も、メンチ切った訳じゃねーよ……」

 

再び、ことはの突っ込みが入った。そんな桜の様子に、やはり飛鳥は笑ってしまった。不意に椅子から立ち上がると、飛鳥はそのまま桜に近づいた。それに対して、まるで警戒心むき出しの猫の様に、桜が背中を逆立てる。だが、飛鳥は気にした様子もなく、そのまま桜の傍まで近づくと、

 

「桜君は、やっぱり面白いわ。その、……気に障ったならごめんなさいね? それって先天性かしら、片方だけ色が違うの」

 

飛鳥のその言葉に、桜の表情が一気に鋭くなった。今までにない位、怒気の混じった目で飛鳥を睨み付けると、

 

「……あ? 何か文句でもあんの――」

 

だが、飛鳥はまったく気にした様子もなく、

 

「カラーコンタクトでも、染めている訳でもないのでしょう? 不思議……こんな色になるのね、綺麗」

 

そう言って、じっと桜の瞳を覗き込んだ。瞬間、桜の顔が一気に茹でタコよりも真っ赤になると、ガタガタガタッ! と、後ろのソファ席の方に飛び退いた。

 

「えっと……桜君? 大丈夫……?」

 

「な、なな、なん……っ」

 

飛鳥が心配そうにそう声を掛けてくるが、桜はそれどころではなかった。顔を真っ赤にして口をぱくぱくさせる。すると、飛鳥が少しだけ苦笑いにも似た溜息を零すと、すっと桜に向かって手を差し出した。

 

「お礼、まだだったわね。ことはさんを“spaltips”から助けてくれたの、桜君なのでしょう? ありがとう、ことはさんを助けてくれて」

 

「……」

 

この時、桜はきっと変な顔をしていただろう。さっきもそうだ。ことはも、何の迷いもなく桜に「ありがとう」と礼を言ってきた。今まで疑われたり、犯人扱いされたりはしても、そんな事一度も――。

 

「……っ」

 

知らず、顔が熱くなっていくのが分かった。飛鳥やことはを直視出来ず、視線を逸らしてしまう。

 

「別に、オレは……なに、も……」

 

当たり前の事をしただけで――いや、違う。

 

「……オレは……ただ、弱いヤツが強いフリをしているのが、気に入らなかっただけだ。何か意図があって助けた訳じゃない」

 

そうだ、そうに決まっている。だから、礼を言われる様な事は何も――。

そう思った時だった。ふわりと飛鳥が桜の前にスカートを折ってしゃがみ込む。そして、にっこりと笑みを浮かべると、

 

「そうだとしても、ことはさんを助けた事に変わりはないわ。だから、ありがとう――桜遥君」

 

そう言って、笑ったのだった。飛鳥のその言葉に、桜が少し照れながら視線を逸らし、「お、おう……」とだけ答えた。

 

 

 

***

 

 

 

「お前ら、変わってるな……。大体は、気色悪がるか、頭ごなしに否定してくる……」

 

そう言いながら、桜がカウンターの席に戻る。すると、飛鳥もそれに続くように元の席に座った。すると、ことはがしゅっしゅっと手で前髪を作る様に動かしながら、

 

「まあ、もっと凄いのいつも見てるしね。こんなのとか!」

 

「どんなだよ……」

 

ことはのその手の動きに、桜が呆れにも似た溜息を洩らしながらグラスの水を飲む。すると、飛鳥が否定もせず、肯定もせず、くすくすと笑い出した。

 

「あながち、間違いでもないわよ? それにしても――本当に綺麗な瞳の色ね」

 

「…………は?」

 

「あ、私はビー玉みたいだと思った!」

 

「はあ!?」

 

「ビー玉も綺麗よね」

 

「はああ!?」

 

何言ってんだ、こいつら……この目が綺麗とかありねーだろ!?

女2人の会話に付いていけず、少し頬を赤らめながら桜はグラスの水を飲み干していた。その時だった。

 

「……私、好きなの」

 

「あ? 何が……」

 

「金色の瞳。昔から凄く好きなのよ」

 

 

 

ぶ―――――!!!

 

 

 

突如、桜が水を吐いた。ぎょっとしたのは、ことはだ。

 

「ちょっ……! 桜、汚い!!!」

 

そうことはが言うが、桜はそれ所ではなかった。顔をどんどん真っ赤にさせて、口をまたぱくぱくさせると、

 

 

「す、す、好きぃ!?」

 

 

「いや、飛鳥は桜に言ったんじゃないから」

 

と、さり気なくことはが突っ込んだが、桜の耳には届いていなかった。今この飛鳥という女は何と言ったか……。「好き」と言わなかっただろうか。この目が、今まで気持ち悪いと罵られてきたこの目が「好き」だと……。 ※言ってません

 

だが、飛鳥の言葉に、ことはが何かにはっとした様に、

 

「飛鳥……、まさかまだ・・――」

 

そう言い掛けたが、それ以上言えなかったのか、言葉を噤んだ。すると、飛鳥が少しだけ哀しそうにその深緋色の瞳を細める。それから、しっと人差指を唇の前で立てると、

 

「一さんには、内緒にして。お願いね」

 

そう言って、寂しそうに笑った。だから、それ以上ことはは何も言えなかった。

飛鳥が「一さん」と呼ぶ人物――それは、1人しかない。風鈴高校の総代・梅宮一。そして、梅宮は、ことはも良く知る人物だった。

 

「……」

 

言える訳がなかった。梅宮の飛鳥に対する気持ちを、昔から知っていて、かつ飛鳥の気持ちも知っていることはが、その事実を梅宮に言える筈が無かった。否、梅宮は言わなくても知っている筈だ。飛鳥の本当の気持ちを――。飛鳥は今も変わらず、アイツ・・・の事を……。

 

「あ、あの、さ、飛鳥。その事だけど――」

 

ことはが、言い辛そうにお皿を拭きながら口を開いた時だった。ふと、飛鳥が桜を見て、

 

「桜君、もしかして、この街に来たのって……」

 

「!」

 

ことはが、はっとする。すると、桜が持っていたグラスをカウンターに置いた。

 

「……ケンカにナリは関係ねぇ。だから、オレは風鈴に来た」

 

偏差値は最底辺。喧嘩は最強。

“落ちこぼれ”の吹き溜まり。

毎日が派閥争いに下剋上。

盆も正月もケンカが無い日はない―――それが「風鈴高校」

 

「オレは――」

 

ガンッと、スプーンが音を立てて下ろされる。

 

 

 

 

  「――そこで、“てっぺん”をとる」

 

 

 

 

「……」

 

桜のその言葉に、飛鳥は何も言わなかった。だが、桜のその瞳には確かに“闘志”が宿っていた。

 

「ケンカしか、取り柄がないド底辺の嫌われ者が、一番かけてケンカするなんて、最高じゃねーか。まさに、クズの中のクズを決める戦い。――オレには、ぴったりだ」

 

そう言いながら、桜が何でもない事の様にオムライスを食べる。と、その時だった。突然、何も言わずコーヒーを飲んでいた飛鳥が、カップをソーサーの上に置いた。

 

「……随分と、期待値が高いのね」

 

今までにない位低い声でそう言って、ゆっくりと桜の方を見る。その瞳を見た瞬間、桜はぎくりと顔を強張らせた。

 

な、なんだ……?

 

何かは解らない。解らないが、飛鳥から只ならぬ気配を感じた。今までケンカしてきても感じた事の無い位の、気迫を――。ごくりと、桜が息を吞む。飛鳥の血のように赤い深緋色の瞳から目が離せない……。まるで、虎か龍を相手にしている様な、そんな気持ちになる。

 

と、その時だった。

 

「ああ、そういう事……」

 

突然、ことはがぽつりと呟いたかと思うと――にやっと笑って、

 

「だから、学校明日からなのに、制服着てんだ! わくわくしちゃった?」

 

「んなっ!! ちっ、ちげーし! これは……あれだっ! 引っ越して来たばっかで、服がねーんだ!」

 

「そーすか、そーすか。楽しみっすよねー学校生活」

 

「な、なん……っ、こ、こいつだって制服着てんじゃねーか!!!」

 

と、何故かびしぃぃ! と、飛鳥を指さした。が、飛鳥はしれっとしたまま、

 

「私は、講習会で、学院に行っていたから。着ていて当然でしょう?」

 

「うぐっ!!」

 

完全にからかわれている事に気付き、桜が「てめぇ! おもてに出ろっ!!」と吠えた。と、その時だった。桜の後ろをいつの間にか来ていた年配の老人が歩きながら、

 

「ことはちゃん、ごちそうーさま。お金、机の上に置いてあるよ」

 

と、言いながらポトスの入り口の方へと杖を突きながら歩いて行く。それを見たことはが、見送る為に入口の方へと歩いて行った。

 

「はーい。山じい、いつもありがとねー」

 

そう言いながら、入り口の戸を開ける。

 

「気を付けてね」

 

「はいはい、また来るね」

 

「うん」

 

そんなやり取りをして、ことはが老人を見送ろうとした時だった。

 

「おい、じいさん。荷物、忘れてんぞ」

 

そう声が聞こえて来て、振り返ると桜が何か可愛らしいリボンの付いた紙袋を差し出していた。それを見た、ことはと飛鳥が、一瞬何か言いたげな顔をする。が、老人は「おや」と声を洩らすと、

 

「これは大変だ。いやいや、最近物忘れがひどくて」

 

そう言って、荷物を受け取ると、そのままことはの見送りで老人はポトスから帰って行った。桜は元の席に戻ると、再び無言でオムライスを口に運んでいた。隣の飛鳥がじっと桜を見ていた事にも気づかずに。

 

 

 

***

 

 

 

「はいこれ」

 

老人を見送っていたことはが、ポトスの店内に戻ってくると、桜の横に何かを置いた。「ん?」と、桜が徐にそちらを見ると、そこには飴が4つ置かれていた。ことはは、くすっと笑みを零しながら、

 

「さっきの、お孫さんへのプレゼントなんだって。『助かりました。ありがとう』って」

 

「……っ」

 

瞬間、桜の顔がぶわっと一気に赤くなる。それを見たことはが、きょとんとしながら、

 

「なんで、赤くなってんのよ」

 

「ああ……っ!? うっ……うるせ――!!」

 

と、また猫のようにシャーっと、桜が吠えた。

 

「つ、つーか! この街のヤツはお前ら含めておかしいだろ!!」

 

そう叫びながら、桜がことはと、何故か飛鳥まで指さした。ことははというと、心外そうに「ええ?」と声を洩らしている。それでも、桜は止まらなかった。

 

「こ、こんなナリのヤツに……っ。それに!! この辺で有名な不良校の制服だぞ!? そんなヤツに、あり……れ、礼なんて……っ」

 

「……」

 

「普通はもっと警戒したり……、疑ったり……。ま、前に財布拾った時『お前がスッたんだろ』って、言われたんだぞ!? な、中身確認するとか、もっと用心しなきゃダメだろ!?」

 

「信用されたいのか、されたくないのか、どっちなのよ……」

 

その時だった。堪えきれなかったのか、飛鳥がくつくつと笑い出した。そんな飛鳥をみて、桜が「笑うなあああ!!」と言ったのは言うまでもない。

ことはは、ふっと微かに笑みを零すと、

 

「桜、あんた風鈴選んで正解だったよ。でもね……」

 

コツリ……と、足音が店内に響く。ことはは、そのまま入り口の前まで行くと、ゆっくりとした動作で、桜の方を見た。そして、一度だけ飛鳥の方を見た後―――。

 

 

 

 

 

 「あんたに、風鈴の“てっぺん”はとれない――絶対にね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   ****    ****

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――まこち町 東風商店街

 

 

「ひゃっは―――!!」

 

ガシャ――――ン!!

 

景気の良い音と共に、洋服屋のショーウィンドウの窓ガラスが金属バットでたたき割られる。それだけではなかった。看板も、荷物を運ぶカートも、何もかもそいつらは破壊していった。

そう――まるで“見世物”の様に。

 

「おい! もっと暴れとけぇ!! そうすりゃぁ、フーリンは、出てくる!!」

 

「はは! こんな事なら、お安い御用だぜ!!!」

 

ガシャン!! バキッ!! ドゴォ!!

 

次々と街の中を、暴れまわる様に壊して破壊していく彼らは、獲物が引っ掛かるのを今か今かと待っていた。

 

 

 

「オレ達に、ケンカ売ったこと、後悔するんだなぁ! フーリン小僧ぉ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

予定より、進んでませんww

 

 

2024.08.27