華ノ嘔戀 外界ノ章
       ~紅姫竜胆編~

 

◆ 小竜景光

「秘めた想いと、行動の先にあるもの」

(「華ノ嘔戀 外界ノ章 藍姫譚」より)

 

 

時々、ふと考えてしまう。最初は気のせいかもと思っていた。

けれど……。

ふとした瞬間、顔を上げるといつも紫水晶の瞳がこちらを見ていた。綺麗で透き通るような、ずっと見ていたくなるような……瞳。目が合うと、こちらに気付いて嬉しそうに笑ってくれるその瞳に私は――。

 

「……こ……」

 

「あるじ~~~? 聞いてる?」

 

「え? あ、は、はい!」

 

思わず零れた言葉を慌てて飲み込み振り返ると、加州清光がそこにはいた。

 

「あ、加州様……、ごめんなさい。なんでしょうか?」

 

「いや、あ、ああ~はぁ~~~いいんだけどさ」

 

と、何やら審神者の視線の先に気付き加州が溜息を洩らした。それから、少し間を開けたかと思うと、

 

「まぁいいや、主、これ。ちょっと頼まれてくれる?」

 

そう言って、加州が何かを乗せた盆を審神者に差し出した。差し出されたものを見ると、それは最近万屋で人気という“菊花茶”と“琥珀”という水菓子だった。

 

 

…………

………………

……………………

 

「あの……、これをどうすれば?」

 

加州の意図が分からず首を傾げると、彼は少し呆れたかのように。

 

「あれで、無自覚かよ……」

 

と、ぼやいた。それから、がしがしと頭をかきながらぐいっと背中を押してきて、

 

「いいから、ほら! あそこで、短刀達の相手して疲れ切ってる小竜に渡してあげて! あ、短刀達のはこっちにあるから、こっち来るように呼んでね」

 

そう言って、そのままぐいぐいと審神者の背中を押していくと、あっという間に小竜達の前に連れていかれた。

 

「あ、あの……っ」

 

審神者が困って思わず声を上げてしまうと、いつの間にか近くまで来た短刀達に群がられている小竜が訝しげにこちらを見ていた。

 

「主と加州? ……何してるのさ」

 

「え、あ、えっと……その――」

 

なんと切り出したらいいのだろうか……。審神者が、そんな事を考えていると、小竜に群がっていた短刀達が、自分が持っている水菓子に気付き、

 

「主さま!! それ、もしかして“琥珀”ですか!?」

 

「ええ~~~いいなぁ~~~」

 

と、小竜に群がっていた短刀達が、わっとこちらにやってきた。すると加州がすかさず、短刀達に呼びかける様に大きめの声で、

 

「はいはーい。お前らのはあっちに用意してあるからな! 手洗ってから大広間に来いよ。いいな? 手を洗ってから、だからな!」

 

加州の言葉に、短刀達が「はーい」と答えながら、ばたばたと走って行く。そんな様子を審神者がぽかん……と見ていたら、加州が呆れたように溜息を洩らして、こそっと耳打ちするように、

 

「ま、後は自分で上手くやれよ、主」

 

「え……?」

 

それだけ言うと、加州はひらひらっと手を振って短刀達の向かったほうへ行ってしまった。

加州の意図が分からず、唖然としていると……後ろで小竜がぽつりと、

 

「何? あれ」

 

と、ぼやいていた。だか、こちらとしても状況が呑み込めず、思わず首を傾げてしまう。

 

「え、えっと、その……私にもよく……」

 

解らないのだけれど……。と、思いつつも、自分の手の中に残った盆を見る。よくよく見るとそこにはご丁寧に二人分の“菊花茶”と“琥珀”があった。しかも、手を拭くものまでちゃんとある。

なんだか、とっても用意周到に見えてしまうが――とりあえず、

 

「あ、あの、小竜様。こちら、宜しかったら頂きませんか?」

 

そう言って盆を見せる。すると小竜は首を傾げながら、

 

「何? これ、用意したの? キミが?」

 

正直、そう言われると返答に困る。実際に用意したのは加州であって自分ではない。それを、あたかも自分が用意したかのように言うのは、憚られた。

 

「あ、それは加州様が、小竜様にと――」

 

「へえ? なんだ、そうなんだ……」

 

と、なんだか意味深に言われて、思わず審神者は首を傾げた。迷惑、だったのだろうか……?思わず、そんな不安がどっと押し寄せてきた。知らず、盆を持つ手に力が籠もる。

もしかしたら、彼は自分とはお茶を飲みたくないのかもしれない。そう思った瞬間、あの紫水晶の瞳を見るのが怖くなった。

 

そっと気づかれない様に視線を逸らし、下を向く。じわりと、目じりに冷たいものが浮かんでくるのが自分でも分かった。

 

「あ、その……ご迷惑でしたら審神者はこちらを置いて去りますので――」

 

審神者は、今にも零れそうな涙を堪えてそう言った。顔が上げられない。声が震える。

その時だった、頭上から溜息を洩らす音が聞こえてきた。小竜だ。

ああ、やっぱり……。そう思った瞬間、審神者はもう早くこの場を去りたかった。顔を見られない様にさっと、傍にあった台の上に盆を置くと、

 

「あの……、私は失礼しますね」

 

それだけ言って踵を返した。そして、そのままその場から逃げる様に走りだした。審神者のその後ろ姿を、小竜がどんな目で見ていたのかすら、気づかすに――。

 

 

 

 

 

早くあの場所から、小竜の傍から離れたかった。きっとあれ以上あの場にいたら、堪えきれなかったから――。

 

「……っ」

 

涙がぽろぽろと零れ落ちる。審神者は、ぐっと手で涙を拭くと誰にも会わない様に、本丸内の裏道を通って部屋に戻る事にした。今誰かに会っても、何も言えない。だって、勝手に勘違いして、勝手に泣いているのだ。誰にも言える筈がなかった。

 

とにかく、早く部屋に戻りたかった。早く。早く一人になりたい――。そう思って最後の角を曲がった時だった。

 

「――はい、そこまで」

 

そんな声が聞こえたかと思った瞬間――突然後ろから伸びてきた手に絡め取られた。

 

「――きゃっ!」

 

突然の事に、審神者は思わず声を上げてしまった。するとすっと伸びてきた長い指が口元を抑える様に、添えられた。

 

「しっ、そんな大声出されたら、俺が何かしたみたいに聞こえるじゃないか」

 

「えっ、あ……」

 

それは小竜だった。

いつの間に追いつかれてしまったのか……。確かに、自分の方があの場を去ったのは先なのに――。そう――何故か小竜は審神者の部屋の前で待っていたのだ。

すると、小竜がくすっと笑みを浮かべて、

 

「キミ、本丸の裏道通っただろ? そっちよりも近道があるんだよね」

 

そう言って、少し悪戯っぽく言うと、

 

「じゃ、ここで頂こっか?」

 

「え?」

 

何を? と、一瞬審神者がその瞳を瞬かせる。すると、小竜はさも当然そうに、

 

「”え?”じゃないでしょ。これ、要らないの?」

 

小竜のその手には置いてきたはずの盆があった。しかも、“琥珀”の他に“翡翠”の水菓子もいつの間にか追加されている。

 

「あ、あの……? こ、りゅう、様……?」

 

きょとん としていると、小竜の手がすっと肩に回された。

「え? あ、あの……」

 

審神者が戸惑った様な反応を見せると、小竜はなんでも無い事の様に、表情ひとつ変えなかった。そして、そのまま、まるで審神者をエスコートするかのように、部屋の中に入っていったのだった。

 

部屋に中に入ると、小竜はぐるっと審神者の部屋を見渡した後、部屋の中央にある机に盆を置いた。そして、機嫌良さそうに盆の中から皿を取り出し始めた。

 

「…………」

 

審神者は、イマイチ自体が呑み込めないのか……、どうしていいのか解からず、ぼんやりとその様子を見ていると、ふとあの紫水晶の瞳と目が合った。すると、小竜は少しだけ首を傾げ、

 

「何?」

 

「あ、いえ……」

 

えっと……。ここは私の部屋で……。確かにあの場から小竜様より先に離れたのよね……? それなのに、部屋に来たら小竜様がいて……。

一体何が起きているのだろうか。頭の整理が付いていかない。驚き過ぎて涙が引っ込んだぐらいだ。審神者が放心したまま立っていると、準備を終えた小竜がこちらを見た。

 

「主、何突っ立ってるの? 早く、こっちに来なよ」

 

そう言って、手招きされる。その言葉に、一瞬どきりとする。

 

「あ、その……よ、宜しいのですか?」

 

一緒にいてもいいのだろうか……? 小竜様は不快じゃないのだろうか……?

審神者の中で、そんな思いがひしめき合う。すると、小竜は面白いものでも見た様に、ぷはっと吹き出しながら、

 

「何言ってんの? ここ、キミの部屋でしょ。むしろ俺の方がお邪魔してるんだけど?」

 

「え!? あ、そ、そうです、けど……」

 

それでも、どうしていいのか分からず、固まっていると、小竜が自分の隣をぽんぽんと叩いて、

 

「ほら、キミの座る場所はここ」

 

そう言って、小竜がにっこりと微笑む。正面ではなく、あえて隣という所が少し躊躇いを覚えるが……。

 

「……」

 

もう一度、小竜を見る。彼は肘を机についてこちらを見ていた。

 

「あ……、えっと、その……で、では、失礼します」

 

そう言って、おずおずと審神者は小竜の隣に座った。すると小竜がにっこりと微笑み、

 

「よくできました」

 

そう言って、審神者の頭を撫でてくる。それがなんだか気恥ずかしくて、顔が次第に熱を帯びてくるのが分かった。すると、ふと小竜が何かに気付いたかのように、そっと瞼に手を伸ばしてきた。

 

「涙の跡がある……泣いてた?」

 

ぎくりと身体が強張るのが自分でもわかった。でもそれ以前に触れられたところがどんどん熱くなっていく。心の蔵が早鐘の様に、小竜に聞こえてしまうのではないかと鳴り響く。

 

「……あ、あのっ」

 

たまらず、声を発しようとした時だった。不意に伸びてきた手が、腰に回されそのまま引き寄せられる。

 

「あっ……」

 

気が付けば、いつの間にか小竜の腕の中にいた。どくん、どくん と心の臓の音がどんどん大きくなる。

 

「ねぇ、主。どうして泣いてたの?」

 

「……っ、そ、れは――」

 

どう、し、たら……。

本当ならばこの腕を振り払えばいいだけなのかもしれない。でも、今の審神者にはそんな力すら入らなかった。まるで、触れている所から力を吸い取られていくような――そんな感覚に捕らわれる。

 

「ねぇ、教えてよ。何で泣いてたの? 誰かに嫌な事された?」

 

「……、そ、ういう訳、で、は……」

 

「じゃぁ、どうしてだい?」

 

「……それは……、小竜様、が――」

 

そこまで言い掛けて、慌てて口を塞ぐ。――が、遅かった。小竜が一瞬、その紫水晶の瞳を瞬かせたかともうと、「ふぅん」と意味深に笑った。

 

「キミの涙の原因は“俺”なんだ?」

 

「あ……、あの、それは――」

 

慌てて言い繕おうとするが、既に遅かった。はっとして小竜を見ると、その紫水晶の瞳が怪しく光っている様に見えた――気がした。

 

「あ……」

 

すっと伸びてきた長い指が、審神者を捕らえるのに時間は掛からなかった。小竜の指が審神者の髪をまるで梳く様に絡まってくる。さらさらとその指から髪が零れ落ちるのが自分でも分かった。

 

「あ、の……」

 

審神者がどうしていいのか分からず困惑していると、小竜はくすっと笑みを浮かべて、

 

「さぁ? どうして欲しい……キミは」

 

そう言って、さらりと審神者の髪をゆっくりとした手つきで弄んだ。瞬間、からかわれているのだと分かり、審神者はふいっと視線を逸らすと、

 

「……そういう冗談は、他の方にしてください。私は……」

 

「そんなこと言ってるけど、顔、鏡見た方がいいよ。真っ赤だから」

 

「……っ!?」

 

図星を突かれて、かぁっと審神者がますます顔を赤くさせると、小竜はくすっと笑みを浮かべて、

 

「何なら、俺の目に映ってる自分の姿でも見るかい?」

 

そう言ってじっとこちらを見つめてきた。その小竜の美しい紫水晶の瞳には、頬を真っ赤に染めた自分の姿があって……。

 

「――っ」

 

無意識に顔が熱を帯びていく。審神者はそれを見る事に耐えられなくて、慌てて視線を逸らした。

 

「あ、あの……っ、何度も申し上げている通り、からかう相手をお探しなら、他を当たってください!」

 

そう言って、小竜から距離を取ろうと離れようとするが――腰をがっちり掴まれているせいでびくともしない。

 

「あ、あの、放して頂けませんか?」

 

審神者が、恥ずかしさのあまりそう声を荒げると、小竜が一瞬きょとんっとした後、声を上げて笑い出した。

 

「~~~~っ! 小竜様っ!」

 

たまらず審神者が叫ぶと、小竜はくつくつ笑いながら、

 

「ごめんごめん、だってキミが余りにも可愛い反応するからさ。ちょっと意地悪したくなっちゃったんだよね」

 

「え……? あの、それはどういう――」

 

「意味」と聞こうとした瞬間だった、突然小竜は机に置いていた“琥珀”を漆器の和菓子切でひと口サイズに切ると、それをすっと審神者の口元に差し出した。

 

「はい、口開けて」

 

「え……、なに、を――むぐっ」

 

何故か問答無用で口の中に“琥珀”を押し込まれた。口の中に何とも言えないあっさりした甘さと、口当たりの良さが広がっていく。

 

「ど? 美味しい?」

 

正直この時、審神者は何が起きたのか理解出来なかった。ただ事実として、小竜の手ずから食べさせられたという事が恥ずかしくて、顔がますます熱を帯びていくのが分かった。

このまま、認めてしまうのは何だか癪……なのだが……。

 

「……、美味しい、です」

 

それ以上に“琥珀”は美味しかった。審神者がそう返事をすると、小竜はにっこりと笑って、自身の口にもさっきの和菓子切を使って“琥珀”を運ぶ。

あ……。一瞬、「それ」に気付いたが、口にする事は恥ずかしくてできなかった。すると小竜は知って知らでか“琥珀”を食べながら、

 

「うん、万屋で人気ってのも頷けるね。これは癖になりそうだな」

 

そう言ってもうひと口、和菓子切で切って口に運ぶ。その様子をじっと審神者は迂闊にも見つめてしまった。……あまりにも綺麗だったから。

すると、その視線に気づいたのか小竜が和菓子切を銜えたままこちらを向いた。それから、にやりと意味深な笑みを浮かべた後、

 

「ああ、ごめんごめん。キミも食べたいよね」

 

そう言って、和菓子切を皿の上に置くと、何故かぐいっと腰を更に引き寄せられたかと思うと、顔を近づけてきた。その小竜行為に、審神者は思わずぎくりと身体を強張ったのが自分でも分かった。この後に来るであろう行為に、思わず審神者は慌てて口を開いた。

 

「あ、あの、小竜様……っ、私はよいので、全部食べて下さっても――んんっ」

 

「構わない」という言葉は、音に乗らなかった。言葉を発する前に、彼の唇によってそれを塞がれたからだ。突然の口付け――。思わず、審神者がぴくんっと肩を揺らして身体を固くすると、小竜は何でもない事の様に、そのまま口移しで“琥珀”の欠片を審神者の口の中に押し込んできた。

 

「ンン……っ、こりゅ、さ……」

 

一体、今、自分は何をされているのだろうか? そんな事を冷静に考える己と、小竜の行動に戸惑いと、羞恥心が全身を駆け巡る自分がいた。

 

「ほら、もっと口開けて」

 

「え……? あ……ンンっ……ぁ、はぁ……」

 

ぐっとさらに腰をかき抱く小竜の腕が強くなる。それと同時に口付けがどんどん激しくなっていく。何度も何度も、角度を変えて繰り返される口付けに、審神者の頭が真っ白になっていくのが分かった。思考が追い付かない。まるで、お酒を飲まされた時の様に、頭がぼんやりしてくる。

 

「こりゅ、さ……っぁ、……んっ」

 

たまらず、小竜の外套を握りしめる。すると、気分をよくしたのか、小竜がくすっと微かにその口もとに笑みを浮かべ、

 

「ねぇ――、今どんな気分? 教えてよ――」

 

そう言って、更に深く口付けてきた。舌と舌が重なり合い、甘噛みされ、吸われる。そのまま歯背をひとつひとつ丁寧になぞっていく。

 

「ふ、ぁ……っ、待っ……ン」

 

「待たないって言ったらどうする?」

 

「待って」というなけなしの努力の言葉は、あっさり却下されてしまった。それでも、なお口付けをやめてくれない小竜に、身体の力が抜けていく感覚に捕らわれる。

ああ、私……。

小竜の外套を更に強く握りしめ、意識が飛びそうなのを必死になって耐えたのだった。

 

 

 

それから、どのくらいそうしていただろうか……、気づいた時には、審神者は小竜の肩に寄り掛かる様にぐったりと身体を預けていた。どうやら、小竜からの口付けだけで意識を飛ばしてしまった様だった。

 

「……こ、りゅう、さま……?」

 

小さな声でそう呟くと、小竜がそれに気づいたかのように、背中をぽんぽんと撫でてきた。

 

「ああ、気が付いたかい? 気分はどう?」

 

気分……?

 

…………

………………

……………………

 

「力が、入りま、せ、ん……」

 

何故か、霊力を吸われた訳でもないのに、身体に力が入らなかった。すると小竜は少しだけ申し訳なさそうに、

 

「ごめん、キミがあんまりにも可愛い反応するから、抑えが利かなかった」

 

「え……?」

 

まだ思考が働かないのか、何を言われているのか理解出来なかった。すると小竜がさっと少しだけ視線を逸らして、

 

「キミはまだ分からなくていいよ。そのままで」

 

そう言って、優しく頭を撫でてくれる。それが酷く心地よくてまた、意識が遠のくような感じがした。

 

 

 

 

***  ***

 

 

 

 

「はぁ……、ひとの気も知らないで……。うちの主は警戒心がないね」

 

自分の肩に寄り掛かったまま、すやすやと眠る審神者を見て、小竜が小さく溜息を洩らした。その顔は微かに朱に染まっていて、今この部屋に審神者と自分しかいない事に心底助かったと思った。冗談でも、他の奴らにこんな主の無防備な姿も、自分の今の顔も見せる訳にはいかない。

小竜は、片手で彼女の髪をくるくると長い指に絡めながら、

 

「キミは、俺の事どう想ってるのかな……? 嫌い? それとも、好き? 俺は――」

 

それ以上先は、言の葉には乗らなかった。ただ、さぁ……と、心地の良い風が窓から部屋の中に入ってきていた。

もし、彼女が同じ気持ちなら、俺は……キミを――。

 

「……」

 

そこまで考えて、小竜は「はぁ……」と息を洩らした。そして、そっと自分に寄り掛かって眠る彼女に自身の外套を掛けると、その上からぎゅっと抱きしめた。

 

 

 

「……好きだよ、主……」

 

 

 

聞こえない彼女に向かって、そう呟く。

いつか、この想いが届くといいと願いながら、

 

 

     ――静かにその瞳を閉じたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2024.12.19