CRYSTAL GATE

  -The Goddess of Light-

 

 

 第四夜 霧の団 14

 

 

 

 

「――モルさん!!」

 

 

 

アルジャリス邸の屋根の上から、アラジンの声が響いた。その声を聞いた瞬間、覆面の男が大きくその瞳を見開く。それを見た瞬間、エリスティアは気付いてしまった。気付かされてしまった。

 

ま、さか……。

 

脳裏の過ぎる、明るい金の髪と瞳――。屈託のない笑顔を見せるのに、時折どこか辛そうな表情を見せる、あの少年を……。

 

まさか、あの覆面の男は―――。

 

そうだ。どうして気付かなかったのか。宿のメイドも、アブマドも言っていた・・・・・ではないか……っ。

 

いや、違う。頭の何処かでは気付いていた・・・・・・。最近、民衆の間で噂になってた義賊と呼ばれる“霧の団”の新しいトップ。そして、バルバッドでの騒動。“王政打破”と書かれた、壁の文字。それら全てが示す者は――たった、1人しかいない……!

 

この国の先王・ラシッド・サルージャ王の3人・・の息子の1人。先の王后ではなく、王宮に仕えていた下女・アニスの子であり、先王の実の息子でもある――。

 

「アリ……」

 

その名を口にしようとした時だった。視界にカシムの黒縛霧刀の霧に押されて、その場に沈みそうになっているモルジアナが入った。横のジャーファルも、目の前のモルジアナも、そして、エリスティア自身も、アラジン以外が動けないこの状況が――。

 

「……っ」

 

今は、彼の正体よりも、先にこの黒い霧を消さなければ、このまま“霧の団”に突破されてしまう……っ。

エリスティアが、すぅ……と息を吸った。7型の力系と5型の風系の魔法効果を同時に相殺する属性――それは……。

 

 

 

 

「――流れる音の波ハディール・マージャ

 

 

 

 

エリスティアが、小さな声でそう唱えた瞬間――それは起きた。不思議な“音”が辺り一帯に響いたかと思うと、地面が波の様に揺れたのだ。

 

「なんだ……っ!?」

 

突然起きた“それ”に、カシムが声を荒げる。刹那、傍にいたハッサンやザイナブ、そしてカシムが連れて来た仲間達が、耳を押さえて蹲る。それを見たカシムが、慌ててハッサンやザイナブの方へと駆け寄った。

 

「おい、しっかりしろ!!」

 

そう声を掛けるも、ハッサンもザイナブも、耳を押さえて身体を震わせていた。立っていられないのだ。その時だった。黒縛霧刀の霧で動けない筈のモルジアナが、突然カシムめがけてその足を振り上げたのだ。

 

「カシ、ム……っ!!」

 

それに気付いた、ハッサンが叫ぶ。その声に はっとして、カシムが舌打ちをすると、慌てて黒縛霧刀を振り上げた。が――。

 

「な……っ」

 

発生した筈の黒い霧が、かき消えたのだ。「くそ……っ!」と、カシムが再び黒い霧を発生させようとする。しかし――やはり何度やっても、霧が消えるのである。カシムには訳が分からなかった。

 

一体、何が起きてやがる……っ!?

 

そう思った刹那、はっとしたが遅かった。モルジアナの放った蹴りが、カシムの横腹に直撃したのだ。めりめり……っ! という、骨が軋む音と同時に、カシムの顔が歪む。

 

「ぐぁ……っ!!」

 

 

 

「――カシム!!!」

 

 

 

ハッサンの声が木霊した。カシムはなんとかガードしたつもりだった。しかし、ファナリスであるモルジアナの蹴りを防げる筈もなく、そのままカシムは、アルジャリス邸の周りに張ってある、エリスティアの結界の壁の端まで吹き飛んだのだ。

 

「――げほっ、げほっ!」

 

咽ると同時に、口から血を吐き出してしまう。

 

「は、はは……」

 

これが、ガキの女の蹴り……だ、と……?

 

ありえない と、カシムは思った。それなりに、場数も、経験も踏んできた。そこらの大人にも負けない自信はある。それなのに――。

キッと、自分を蹴り飛ばしたモルジアナを睨み付ける。モルジアナの赤い目が、カシムを冷たく見下ろしていた。

 

「やべぇ……、カシムが……やられた?」

 

「嘘だろ……」

 

ざわざわと、カシムが連れて来た“霧の団”のメンバー達がざわめきだす。一歩一歩、その足を後退し始めたのだ。それを見たエリスティアが はっとして、

 

「アラジン……! 逃がしては駄目よっ!!」

 

そう叫んだ瞬間、アルジャリス邸の屋根にいたアラジンが、慌ててその胸に下げている金の笛を吹いた。刹那、巨大な青い巨人が姿を現す――ウーゴくんだ。

 

「ここは、通らせないよ!!」

 

アラジンが両手を広げると、ウーゴくんも同じように行く手を防ぐように両手を広げる。ぎょっとしたのは、“霧の団”のメンバーだ。突然現れた青い巨人に、顔を真っ青にさせる。

 

「だ、駄目だ……っ!」

 

「あんなの、相手じゃぁ――」

 

狼狽える仲間達を見て、カシムが舌打ちをする。このままでは、“霧の団”はここで壊滅させられてしまう。それだけは、何としても防がなければならなかった。カシムが、動かない身体をなんとか動かそうとした時――。

 

「カシム」

 

不意に、カシムと一緒に来た覆面の男が、カシムの肩に手を掛けた。

 

「相棒……?」

 

「……。任せてくれ」

 

そう言って、カシムを後ろに下がらせると、男は一歩前へと出た。そして、エリスティアやアラジン達の前へと躍り出る。

 

「……?」

 

な、に……?

 

その違和感にエリスティアが、眉を寄せた。どくん……と、いやに心臓の音が大きく聞こえてくる。エリスティアの推測が間違っていなければ、彼の正体は――。

 

「ま、さか……」

 

ここで、あの覆面を取る気なの……っ!?

 

そんな事をされたら――それを見たアラジンやモルジアナはどうなるのだ。彼らは、を探してバルバッドまで来たというのに。そして、シンドバッドやエリスティア達に協力しているのも、を見つける為だ。

アラジンは言っていた。“大切な友だち”だと――。一緒にチーシャンの第七迷宮 「アモン」を攻略した後、別の所へ飛ばされ、そこから彼に会う為だけに北天山高原から、中央砂漠を超えてここまでやってきたというのに。

 

それなのに、その彼がもしここにいるあの男だと知ったら……?

その彼が、今バルバッドを騒がせている“霧の団”のトップだと知ったら――。

 

「――ジャーファル!!」

 

知らず、エリスティアは叫んでいた。

 

「すぐに、あの男を捕らえて! でないと――っ」

 

 

 

あ……。

 

 

 

それは、僅かな“期待”だったのかもしれない。今ならまだ間に合うと――そう、思いたかっただけの、単なる自分のエゴだったのかもしれない。

けれど――。

 

 

 

―――ばさぁ……!

 

 

 

「……」

 

そこにいたのは――。

アラジンが、大きくその瞳を見開く。そして、小さな身体を震わせながら、消えそうな声で、

 

 

「アリババ……くん……?」

 

 

そう――そこにいたのは、かつてアラジンと一緒にアモンの迷宮に入った、アリババだったのだ。アラジンが信じられないものを見た様に、声を震わせている。そして、モルジアナも口元を押さえて、その身体を震わせていた。

 

ああ……なんて事なの……。最悪な形で、知ってしまうなんて――。

本当だったら、覆面をしたまま捕らえて、理由を聞きだしてから会わせてあげたかった。でも……。

 

するりと、エリスティアの手が下がった。それを見たジャーファルが心配そうに声を掛けてくれる。

 

「エリス? 一体どうし――」

 

「……」

 

ジャーファルが、覆面を取ったアリババの方を見る。そして、アラジンやモルジアナを見た。彼らは「人を探している」と言っていた。そこまで考えて、はっとする。

 

「エリス、まさか――っ」

 

ジャーファルも気付いたのだろう。彼らの探し人が、今、目の前にいる“霧の団”のトップの男だと。思わず、ジャーファルがエリスティアの方を見る。だが、エリスティアは、小さく首を横に振るだけだった。

 

ふと、カシムが目の前に立っているアリババに声を掛けた。

 

「アリババ、知り合いか?」

 

そう尋ねると、アリババは一瞬だけカシムの方を見た。そして、小さな声で「ああ」とだけ答える。その目は、どことなく死んだような目だと、エリスティアは思った。アモンで見た、きらきらした様な目ではなく――何かを押し殺している様な、そんな感覚を覚えた。

そして、アリババはアラジンの方を見ると、

 

「アラジン、久し振りだな。ウーゴくんをしまってくれないか。俺の仲間がビビってる」

 

「……」

 

アラジンの瞳が、戸惑った色へと変わっていく。

 

「アラジン! 駄目です!! いう事を聞いては――」

 

ジャーファルが慌てて止めようと声を上げるが、アラジンは少しだけ目を伏せた後、ウーゴくんを仕舞ってしまった。そして、アリババの前に降り立つ。それから、視線を泳がせた後、きゅっと唇を噛み締めた。

 

「あ、あのね、アリババくん。僕、アリババくんに会いにきたんだよ! 話したい事が、たくさんあるんだ。あの時の事――覚えているだろう?」

 

 

『一緒に、世界を見に行こう!』

 

 

「約束――したもんね!」

 

「……」

 

アラジンの言葉に、アリババは何も答えなかった。ただ静かに、その死人の様な目でアラジンをじっと見ていた。眉ひとつ動かさず、瞬き一つせず、ただただ、じっとアラジンを見ていた。

反応のないアリババに、アラジンの表情がどんどん沈んでいく。視線が下がり、微かに震える手をぎゅっと握りしめた。

 

その2人の様子に、エリスティアが思わず、視線を逸らす。見て――いられなかった。少し前まで、あんなに2人ともきらきらした瞳をしていて、楽しそうに笑って話していたのに。今は、その影すらない。

まるで、2人の間に見えない壁でもあるかのように、遠く遠く感じてしまう。

 

一体、あの少しの間にアリババの身に何があったのか。それを知る術すら、今のエリスティアには無かった。声を掛ける事も出来ず、ただ見ているだけしか出来ない自分が、酷くもどかしい。

 

「――アラジン……」

 

つと、アリババが押し殺したような小さな声でアラジンの名を呼んだ。アラジンが、はっとして顔を上げる。すると、アリババがゆっくりと手をアラジンの方へと伸ばした。そして――。

 

「ごめん……」

 

そう言って、アラジンの方へと静かに歩き始めた。アラジンが思わずその手を取ろうと、手を伸ばす。が……。

 

 

 

 

「約束は、守れなくなったんだ」

 

 

 

 

アラジンのその手を、するっと通り過ぎると、そのまま肩に一度だけ手を置いた後、通り過ぎていった。

 

「……」

 

アラジンは――動けなかった。横を“霧の団”のメンバー達が通り過ぎても、動くことが出来なかった。

その時だった。突然、後方が俄かに騒がしくなった。ばたばたと駆ける足音と、声。それに気付いたザイナブが叫んだ。

 

「国軍が来たぞ!!」

 

それを聞いたカシムは、ハッサンの手を借りながら立ち上がると、「ちっ」と舌打ちをして、

 

「おい、アリババ! ずらかるぞ!!」

 

「……ああ、任せろ」

 

そう言って、アリババが腰の短剣を抜く。それを見た瞬間、エリスティアは はっとした。

 

「あれは……まさか……っ!」

 

その短剣には、アモンの紋様が刻まれていたのだ。だが、アリババは振り向く事ともなく、その短剣を構えると――

 

「厳格と礼節の精霊よ、汝と汝の眷属に命ず、我が魔力マゴイを糧として――我が意思に大いなる力を与えよ――」

 

「駄目!! アリババ君!!!」

 

 

 

「―――出でよ、アモン」

 

 

 

瞬間、それは起きた。アモンの紋様が赤く光ると、辺り一帯を埋め尽くすほどの、真っ赤の炎の形をした、影が現れたのだ。

 

「―――っ」

 

どう、して――。

エリスティアは、その場に力なく崩れ落ちた。それを見たジャーファルが、慌てて駆け寄ってくる。

 

 

声が、届かない――。

 

 

だが、辺りは騒然としていた。国軍が炎のアモンの影を見て、動揺する。

 

「ほ、炎の、魔人だ……っ」

 

「怯むなぁ、捕らえろっ!! “怪傑アリババ”だ!!!」

 

一気に、国軍がアリババ達の方めがけて襲ってくる。だが、アリババは冷静だった。静かに一度だけその目を伏せると、

 

「行くぞ――アモン」

 

小さく、そう呟いたかと思うと、その短剣を一気に地に突き刺した。刹那、そこから真っ赤の炎が壁となって、国軍の方へと向かっていく。それは、あっという間の出来事だった。その炎の壁は、そこにいた国軍を瞬く間に呑み込んだのだ。

 

「ぎゃああああああ!!」

 

「おい、また盗賊が逃げるぞ――っ! 追え! 誰か追え―――っ!!!」

 

国軍の声だけが響く。エリスティアは、ただ静かに揺れるアモンの炎を見ている事しか、出来なかったのだった―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さてと、余り中身進んでませんけどw

 

2024.09.15