◆ 「大切な時間」
(薄桜鬼:「櫻姫抄乱 ~散りゆく華の如く~」より)
「――――え?」
ある日の午後
さくらが、夕食の下準備をしていると
「――――ああ、だから今日の夕餉は二人分でいいからな」
「は、はい・・・・・・」
そう言って、土方が厨を去っていく
さくらはそれを見送った後・・・・・・再び下準備をし始めたが
「え?」
今一度、土方の言葉を思い出す
『今日の夕餉は二人分でいいからな』
二人って・・・・・・
私と、土方さん・・・・・・?
「・・・・・・・・・・・・」
・・・・・・え!?
思わず、洗っていた野菜を落としそうになる
二人ってどういう、こと・・・・・・?
いつもならば、幹部は全員集まって食事をするのだが
皆いないという事だろうか・・・・・・?
確かに、原田や永倉達は島原に行くと言っていた
では、近藤は? 斎藤や、沖田はどうしたのだろうか・・・・・・?
そういえば、今日は心なしか屯所内が静かな気がするのは
もしかして、誰もいないから・・・・・・?
この広い屯所の中で
二人っきり・・・・・・
「・・・・・・・・・・・・っ」
改めて考えると、知らずほのかに顔が赤くなるのを感じた
それから、はっと我に返り頭を振る
べ、別に土方が深い意味で言ってきたわけではない
そうだ
単に、作り始めてしまう前に報告してくれただけに、違いないのだ
そう自分に言い聞かせて、なんとか正常心に戻ろうとする
とりあえず、人数分出しかけていた材料を二人分以外片付けると、残っていた下準備を終わらせてしまった
どうしよう
急に時間が空いてしまったわ・・・・・・
いつもなら大量になる為、下準備に時間がかかるのだが・・・・・・
二人分だけだとわかると、あっさり終わってしまったのだ
「・・・・・・お茶でも持っていこうかしら」
そう思ってとりあえず、湯呑と急須の用意をすると、付け合わせに梅干しとたくあんを乗せて、土方の部屋へと向かった
**** ****
「え? 皆様、島原へ行かれたのですか?」
土方に茶を持っていったときに、他の皆の事を聞くと―――――
「ああ・・・・。 先日、原田が捕まえた不定浪士がどうやら幕府が探してた長州の間者だったらしくてな、その報奨金が出たんだ。 それで皆で、島原へ行ったんだ。 まぁ、祝いみたいなもんだな」
そう言って、さくらの持ってきた茶を飲みながら土方は仕事をしていた
「・・・・・・そう、なんですね」
それで、誰もいないのかと納得する
ただ、ひとつ疑問に残る事があった
「あの・・・・・・差し出がましくて申し訳ないのですが、土方さんは行かれなかったのですか?」
普通に考えて、副長である土方が参加しないのはおかしいのでは、と思ったのだ
だが、土方は特に気にした様子もなく
「ん? ああ、屯所をがら空きにする訳にはいかないからな」
「それは――――そうです、けど・・・・・・」
土方の言い分も分かる
誰一人いない屯所に奇襲でもかけられたら一巻の終わりだ
それに、さくらは千鶴の様に男装している訳ではないので、島原には行き辛い
だからと言って、土方が残る理由にはならないと思った
すると、土方は小さく息を吐くと
「こういう機会じゃないと、参加出来ない奴らもいるだろ? 俺は――――別に、酒を好んで飲むわけじゃねぇし、たまには、留守番側でもいいと思ってよ」
そう言って、筆をおく
そして、さくらの方を見ると、そっとその手を伸ばしてきて
「それとも――――他の奴が良かったか?」
そう言って、そっとさくらの頬に触れた
「・・・・・・え・・・?」
さらっと、顔に掛かっていた髪を避けられる
「あ、の・・・・・・」
どくん・・・・・・と、静かにさくらの心臓が跳ねた
すると、土方の手がそっとさくらの唇に触れる
「――――だから、俺以外の奴に残って欲しかったのかって、聞いてるんだ」
――――どきん・・・・・・
「そ、それ、は・・・・・・」
どきん・・・・・・
どきん・・・・・・
心臓、が・・・・・・
「さくら――――・・・・・・」
そっと、土方の顔か近づいていくる
そして、囁くように
「・・・・・・どうなんだ? 俺はお前となら悪くないと思ったんだが・・・・・・?」
「・・・・・・・っ、そ、の・・・・・・」
そのまま、ゆっくりとした動作で――――土方の唇が、さくらのそれに触れた
「・・・・・・ぁ・・・」
そのまま髪を撫でられる
ほんの一瞬触れただけの口付け
それでも、さくらが顔を赤らめるのには十分だった
「・・・・・・わた、し、は・・・・・・」
「私は?」
再び、唇が重なる
土方の美しい菫色の瞳と目が合った
「・・・っあ、の・・・・・・ン・・・・・・」
二度、三度と重ねていく内の、その口付けがどんどん深いものへと変わっていった
舌と舌が絡み合う度に、身体中に甘い痺れが広がる
「ふ、ぁ・・・・・・ンン、ぁ・・・・ひじ、か・・・・・・さ・・・・・・」
たまらず、さくらが土方の着物をぎゅっと握りしめた
それで気分をよくしたのか、土方の手がさくらの頭をぐいと寄せる様に動く
「さくら――――口開けろ」
「え・・・・・・?」
言われた意味が分からず、さくらが上を向いた瞬間――――土方の口付けが一層深くなった
再び重なる舌と舌が絡み合い、甘噛みされ、吸われ、また絡む
「ンン・・・・・・ぁ・・・は、ぁ・・・・・・っ」
どんどん、頭がぼぅっとしてきて、何も考えられなくなる
「ひ、じか、た、さ・・・・・・ンンっ、ぁ・・・・・・」
そして、ようやく離れたときにはさくらはすっかり息が上がりきっていた
二人の口を繋いでいた銀糸を土方が指で拭うと、ふっと微かに笑みを浮かべ
そっと耳元で囁くように
「――――で? 答えはでたのか?」
「・・・・・・・・・・・・っ」
びくんっとさくらが、思わず肩を震わせた
「あ・・・・・・あ、の・・・・・・」
「ん?」
顔が熱い
未だに残る土方の感触に、身体が過敏に反応してしまう
「さ・・・・・・察して、くださ、い・・・・・・」
そう答えるのが、精一杯だった
そんなさくらを見た土方が、くすっと笑みを浮かべ
「――――今日の夕飯、楽しみにしてる」
そう言って、優しく頭を撫でられた
さくらは、恥ずかしさのあまり顔が上げられなかったのだった
――――夕餉の時刻
さくらは、膳を運ぶ土方の後ろを盆に茶を乗せてついて歩いていた
今日は、二人だけなので広間で取る必要がないだろうと、土方が言い出した為だ
膳も、さくらが運ぼうとした瞬間取られてしまった
仕方なく、さくらは茶と湯呑を持て彼の後を付いていくことになった
一体どこへいくのだろうか・・・・・・?
そう思いながら土方について行く
何回か角を曲がった後だった
ひゅおっ・・・・・・と突然風が舞い込んできた
さくらが、思わず目を瞑る
「さくら――――目ぇ、開けてみろ」
「え?」
言われるがままにゆっくりと瞳を開くと――――・・・・・・
ざああああああああ
「あ・・・・・・」
風が吹き、桃色の花びらが舞う
さくらがその真紅の瞳を大きく見開いた
そこには――――大きな桜の樹があった
「・・・・・・綺麗・・・」
思わず、見惚れてしまいそうなほど美しいその桜の樹の下に土方は立っていた
「絶景・・・・・・だろ? 今の時期ならきっと満開だと思ったんだ」
そう言って、桜の樹の傍の縁側に膳を置く
もしかして――――・・・・・・
「ここで、頂くのですか?」
「ん? ああ、他に誰も邪魔するやつはいないしな」
そう言って土方が縁側に座ると、こいこいっと手招きした
さくらは少し戸惑ったが、そのまま土方の横にちょこんと座った
「なんだか、お花見みたいですね」
さくらがそう言うと、土方はふっと笑みを浮かべ
「“みたい”じゃなくて、“花見”だよ。 ――――俺とお前、二人だけの、な」
“二人だけの”
そう言われると、少し恥ずかしい気もしたが
なんだか、心の中がほっと暖かくなった
一緒に食事をして、他愛のない話をして、桜を見ながら一緒にお茶を楽しむ
素朴かもしれないけれど、そのひとときはとても忘れられないぐらい幸せな時間だった
こんなにゆっくりするのはいつぶりだろう・・・・・・
と、思った
風間に拒絶され、彼の元を去り、新選組でお世話になった数日間
あの日、もし土方が止めてくれなかったら、きっと今の自分はいなかった
あてもなくさまよい、死んでいたかもしれない
そう思うと、今が凄く大切な時間に思えて仕方なかった
と、その時だった
不意に、「さくら」と名を呼ばれ、そちらを見ると――――
土方の手がゆっくりと伸びてきて、さくらの肩を抱き寄せた
「あ・・・・・・」
ほのかに感じる、桜の香りがひどく心地よい
「・・・・・・島原に行かなくて正解だったな。 こうして――――お前と一緒にいられる」
「・・・・・・そう、なんです、か?」
もし、そう思ってくれるならば 嬉しいと
さくらの反応に、土方がくすっと笑った
「なんだ? 俺とじゃ不満か?」
土方のその言葉に、さくらは小さくかぶりを振り
「いいえ、むしろ・・・・・・逆です。 ――――もし、他の方だったら、普通に部屋で一人で頂いていたかと思いまして・・・・・・」
さくらがそう答えると、土方が「そうか・・・・・・」と嬉しそうに微笑んだ
「・・・・・・・・・・・・っ」
余りにもその姿が綺麗すぎて、さくらがかぁっと頬を染めるのに時間はかからなかった
そんな様子のさくらを見て、土方がすっともう肩の方手で彼女に頬に触れた
「・・・・・・あ、あの・・・・・・」
突然触れられた手に、戸惑いつつさくらが口を開くと
そのままゆっくりと引き寄せられ
土方の唇と重なった
「ん・・・・・・」
一度目は優しく触れる様に
「ひ、ひじか・・・・・・」
「・・・・・・いいから、黙ってろ」
そう言って、再び唇が重なる
「ンン・・・・・・っ、ぁ・・・・・・」
二度目は深く
そして――――
三度重ねられた時には、既にさくらの頬は朱に染まり、その口付けが熱を帯びたものに変わるのに時間は掛からなかった
「・・・・・・っ、ぁ・・・ひじ、か、さ・・・・・・」
「さくら――――・・・・・・」
甘く名を呼ばれ、さくらの鼓動が徐々に早くなる
知らず、舌が絡まり合う
身体の奥底が、疼く様な感覚に襲われ
気がつけば、さくらはその腕を土方の背へと回していた
それに気づいた土方が、更にさくらを強く抱きしめる
互いの息遣いと、絡み合う水音だけが、静寂な空間を支配していく―――――
どれくらい時間が経っただろうか――――
ようやく二人の唇が離れたときには、すっかり力が抜けきっていたさくらの身体は、土方の胸に抱かれるように倒れこんでいた
荒い呼吸を繰り返しながら、それでもなんとか意識を保っていたさくらは、そっとその顔を上げた
すると――――
その真紅の瞳には、目の前にいる土方の姿しか映っていなかった
それはまるで、お互い以外何も見えていないかのように―――
その視線に、土方がふっと笑みを浮かべた
さくらの顎に手をかけ、軽く持ち上げると そのまま自分の方を向ける
「あ、待っ・・・・・・」
「・・・・・・わるい、待てない」
そう言って、今度は噛みつくような激しい口付けが降って来た
何度も角度を変え、繰り返される甘い口づけ
「ン・・・・・・は、ぁ・・・・・・ンン、・・・・・・っ・・」
次第に激しさを増していくそれに、もはやさくらはただされるがままになっていた
どの位、そうされていたのだろうか
漸く解放された時には、さくらはすっかり力尽きていた
そのまま土方に抱き留められる形で、彼の胸の中にいる
その温もりに、さくらの心は穏やかに満たされていった
「さくら、平気か?」
土方の言葉に、さくらが小さく頷く
「・・・・・・大、丈夫です。 あの・・・でも・・・・・・」
「でも?」
「・・・・・・・・・・・・」
言っていいのか迷う
もしかしたら、これは自分の我儘かもしれない
そう思うと、言葉にするのが躊躇われた
けれど――――・・・・・・
「もう、少しだけ・・・・・・このままで・・・」
そう言って、ゆっくりとさくらが目を閉じる
すると、土方がくすっと笑みを浮かべ
「こんなことでいいなら、いくらでもしてやるよ」
そう言って、優しく頭を撫でられる
心地の良い風
舞い散る桜の花びら
ほのかに香る、優しい香り
そして、自分に触れてくれる優しい手――――
こんなに幸せでいいのか、と思うほどに
さくらの心は満たされていくのだった
願わくば
この時間が、いつまでも
続きます様に―――――と
テーマ「食」のでした(過去形)
食べるの1行でオワッタwwww
2023.03.22